散水塔の季節




 僕の手は、塞がっています。
 温かい手によって、塞がれています。

「ほら、早く早く!」

 子供のように無邪気にはしゃぐ金色の彼は、あるかんかん照りの暑い日の朝にやって来て、有無を言わせず僕の手を取り屋敷から連れ出しました。
 残念ながら、こういうことはそう珍しいことでもありません。だから僕は驚いたりしません。情けないですが、もう慣れました。でも、何故だか僕の心拍数は上がっています。嫌な予感はないのに、どうしてでしょう。
 ……そう、嫌な予感がしないのです。
 いつも彼に――ジョットに無理矢理連れ出されると、収穫祭だのトマト祭だの妙なことに付き合わされたり、寿司だのなんだのマフィアらしからぬ馬鹿騒ぎに巻き込まれたりと散々なのですが、今日はどこか違いました。

「そんなに急いでどこへ行くんです?」

 だから僕はそう尋ねます。拒絶を口にすることもなく、手を振り払おうだとか幻覚を使って逃げようだとかも考えませんでした。
 なんと言えばいいのか、とにかくジョットがとても嬉しそうなのです。目に見えて浮かれているし、ただそれだけじゃなくて、そう…父親らしい?
 うまく言葉にできません。
 無理矢理伝えるなら、何か自分だけが知っている素晴らしいものを子に伝えようとしているような、そんな感じでしょうか。

「着いてからのお楽しみだよ」

 ほらね。隠しているのとはまた違う、期待させるような言葉が返って来ました。
 ここで普通の子供なら、早く教えてくれとせがむものでしょうか。

「勿体振らずに教えて下さいよっ」

 せがんでみました。
 深い意味はないけれど、僕もつられて浮かれてしまっているようです。らしくないですね。
 ちなみに、語尾が跳ねてしまったのは単に走っているからです。屋敷を飛び出して(嵐の制止も振り切りました)街に出て、セピア調のレンガや石畳の上を駆け抜けて、急な坂を駆け登り、緩い坂を駆け降り、崖みたいな階段をよじ登り、ただの崖から飛び降りて、小さな草原を突っ切って、こんもりした林に分け入って、もう随分と遠くまで来たものです。
さすがに子供の身体では体力だけはどうにもなりません。容赦なく照り付ける太陽もあいまって、正直息が上がってきました。弱音を吐くのが悔しいので何も言いませんが、

「もうちょっとだから頑張れな」

 ジョットにはバレていたようです。
 あくまで休もうとしないあたり、急がなければならないものらしい。苦労した分だけ期待が増していきます。
 そうして腰くらいまで茂った草を掻き分けていくうちに、こげ茶色の古びた塔が見えて来ました。

「おっ、見えた見えた!」

 ジョットが嬉しそうに歓声をあげます。どうやら目当ての物はあの塔のようです。
 しかし僕にはあれが何なのかわかりませんでした。近付くにつれて細部が明らかになっても、やたらゴツゴツと機械的な部品や管が飛び出ていてまとまりがなく、『でかいガラクタ』という称号がしっくり来る気がします。
 肉体的には子供と言える僕ですが、内面は誰よりも年上です。なので、ガラクタにときめくはずもなく、少々がっかりだと言わざるを得ません。
 しかしジョットは嬉々として速度を上げ、そのガラクタに駆け寄ります。もちろん手を繋がれたままの僕も足を速めることになりました。少し不本意です。

「ジョット……!」

 抗議の意を込めて名前を呼んでも、彼は止まりません。しかも何かに気付いたらしく、更に速度を上げます。ほとんど全力疾走です。
 あ、あの、子供の身体には本当に酷なんですけど。

「急げ骸! あとちょっとだから!」

 急かされて急かされて、声をあげる余裕もありません。
 そしてぜぃぜぃ息を吐き出しながらやっと止まったのは、塔のふもとでした。近くで見るとかなり大きい。家3軒分くらいの高さがあります。それから音がします。ごぅんごぅん、と地響きみたいな低い音。塔の中で何か動いているようです。
 ジョットはサビついた塔に耳を押し付けて、にこにこしています。…汚いと思うのは、僕だけでしょうか。

「何がっ、したいん、ですかっ……!」

 僕はもう体力的に限界で、膝に手をついて息を整えるのに必死でした。たどり着いた先がこんなモノで、疲労も倍増です。
 そんな時――

 ごご……

 ごごごごっ

「来たっ!!」

 ごごごごごごご

「な、なんですっ?」

 突然塔が振動し始めて、轟音が響きました。警戒する僕とは対照的にジョットはもうスキップでもしそうなほどはしゃいで、僕の隣に駆け寄って来ます。何が何だか。

 ごごごごごごっ

 そして――

 ぷしゃぁぁぁ……

「あ……っ」

 今までの轟音からは考えられない爽やかな音を立てて、僕らの頭上に冷たい水が降り注ぎました。
 容赦なく照らす太陽の熱と疲労で蓄積された熱とが途端に冷やされて、気持ちがいい。

「ははっ、気持ちいいなぁ!」

 ジョットは自ら水を浴びに行くように手を伸ばして、頭からばしゃばしゃと水を被っていました。そして両手を横に広げてくるくる回りだします。金色の髪が水よりきらきらして、僕の目をさしました。思わず目を細める僕を見て、ジョットは僕を指差して言いました。

「濡れネズミ!」

 何が言いたいのかわかりませんが、ジョットはからから笑っています。何が楽しいのでしょう。理解できません。
 できませんが――

「……クフフっ」

 いつの間にか僕は声を上げて笑っていました。
 ジョットのように回ったりなんかしないけれど、天に両手を掲げて全身に水を浴びました。
 どうやらこの水は、塔のてっぺん、ちょこんと飛び出た3本の角のような部分から撒かれているようです。

「散水塔?」

「そう。壊れてるから、たまにしか動かないけど」

 ジョットは回るのをやめて(身体は少しふらついています)僕のそばに来ました。

「そこはほら、超直感って便利なものがあるからさ。今日は動く気がしてたんだよね」

 それに、とジョットは続けて、僕に上を見るように促しました。
 言われるままに見上げてみます。

「……あ!」

 まるで空に架かる橋のような、七色のアーチ。しずくの間を通る、くっきりと浮かんだ虹。

「うん、今日は見れる気がしてたんだ」

 僕は虹なんて見慣れていました。長い年月の中では、あんな曲線珍しくもなんともありませんから。
 でも、どうしてでしょう。
 こんなに美しく見えるのは。

 さぁぁぁぁ…………

 水が徐々に少なくなり、ぴちゃん、と最後に弾けて止まってしまいました。すると当然虹も消えてしまいました。
 どうしてでしょう。
 とても淋しく思えるのは。

「あー、気持ち良かった!」

 ジョットはそうでもないみたいで、バサバサと髪をかき上げます。

「はは、気に入ってくれたみたいだな」

 僕の視線に込められた思いに気付いて、ジョットは嬉しそうに笑いました。
 そして腰を屈めて僕の髪を搾ってくれました。なんとなく気恥ずかしかったけれど、ジョットの顔がすぐそばにあって何故か動けませんでした。

「ここのことは俺とお前だけの秘密な」

 しぃー、と唇に人差し指をあてたジョットは、いたずらが成功した子供のようでした。

「俺とお前だけの、秘密基地」

 僕とジョットだけの、秘密基地。

 不思議と胸が高鳴りました。秘密基地、だなんて。なんてときめく言葉でしょう。
 そんなことを思う僕は、やはり子供の身体に引きずられているのかもしれない。
 でも――

「約束な」

 ジョットが右手を差し出して、ピンと小指を立てました。
 これはいわゆる『指切り』でしょうか。日本文化が好きなあなたらしいです。
 仕方ないから、僕も小指を差し出してジョットの小指に絡めてあげました。だって、僕がするまでジョットは動きそうになかったから。理由なんてそれだけですよ。

「ゆーびきーりげーんまーん……?」

 そうしたら、ジョットは絡めた小指を揺らして歌い出しました。でも、どうやら歌に関しては曖昧らしいです。

「うーそつーいたーら……えっと……」

 ついには止まってしまいました。
 本当に仕方のない人です。

「針千本飲ーます、指切った」

 続きを歌ってあげました。
 ジョットは少し驚いたようですが、すぐににこにこ幸せそうな笑顔になりました。


 僕の頬は、また少し熱くなりました。




 熱い季節が、やって来ました。

 散水塔の、季節――。























今回珍しく元ネタがあります。わかる方もいらっしゃるかと思いますが、サガフロ2の散水塔ですね。
実際には『散水塔』という正式名称はないみたいで、噴水と似たような扱いをされているようです。でもサガフロ2好きからすると、散水塔はロマン…!
とか言いつつマップも会話もほとんど覚えてないのですが。でもサガフロ2のアルティマニアに載っていた小説がくれた感動は忘れていません。
実はゲーム自体よりあの小説の方が好きでした。アルティマニアは友達からの借り物だったし、道徳的にもコピーはしちゃいけないよな〜なんて思って手打ちでパソコンに全文打ち込んだのはいい想い出(笑)
あれは確か中1の頃でした。若かったなぁ、自分…。 とりあえずそれのおかげでタイピングが鍛えられました。

2008.7.28