カルネヴァーレ・ディ・ポモドーロ




「一応聞いてあげますが、これは何です?」
「え? 骸トマト知らないの?」
「あ、あのねぇっ! そうじゃなくて、このエベレスト級のトマトの山を何に使うのかと聞いてるんです!」
「ふふ〜、よくぞ聞いてくれました! これはだなぁ――って、そこぉ! その山はクワルテ通りに搬入! えーと、ごめんごめん、だからこのトマトは――って、そんな荒々しく運ばない!! 今から潰したら楽しみ減っちゃうだろ! ごめんごめん、えっと…なんだっけ?」
「……だからっ、そのトマトの山を何に――」
「だぁもうっ、違ぁぁう!! そっちの山はセッティモ通りの十字路! でもってそっちはレンネさんちの屋上! さらにあの山はイェマーレ公園の入口! まったく、晴の部下は基本的に人の話を聞かないんだから――って、骸?」
「………」
「む、骸〜? おーい……?」
「これが――」
「ん?」
「これが今の僕の気持ちですよっ!!」

 ばきぃっ!!
「ぼぐぇっ!!?」



















 そんなこんなで、大量という言葉では物足りないくらいの数のトマトが屋敷に運ばれて来たのは、ある日の昼下がりのことだった。屋敷のどこへ行っても視界は健康的な赤色に満たされて満たされて満たされて…、緑が恋しくなるくらいにいっぱいになって、骸は正直うんざりしていた。別に無類のトマト好きでもなんでもないのだ。ついでに言うなら、ジョットも特別トマトに執着はなかった気がする。
(一体なんなんでしょうか……)
 ジョットを感情のままにぶっ飛ばして自室に帰って来てしまった骸は、結局それが何に使われるのか知らないままだった。
 ため息をつきつつ窓の外を見れば、自室の窓の外はぷりぷりと輝くトマトに占領され、綺麗に整えられていたはずの庭木の枝一本すら見えなかった。あんなに高く積み上げたら、下の方にあるトマトは重みと摩擦でとっくにピューレ化していそうだ。その場合、トマトをどかした後もしばらくは赤いままになる気がする。さすがの骸もうんざりだ。
(どうせまた何か馬鹿なことをするんでしょうけど。今度は何ですかねぇ。トマトソースのパスタでも配り歩く気か)
 まあ寿司よりは無難だろうが、それにしてはトマトの割合が異常な気がする。
 とにもかくにも、

「……ものすごく嫌な予感がします……」
 




 そして、大抵そういう予感は当たるもので――





 それは次の日のことだった。


「骸〜!!」

 がちゃっ

 いつものように鍵をものともせず、当然のようにノックもないままジョットは潔くドアを開け放った。一体どんな仕組みになっているのやら。
 そして踏み込み一番に――

「嫌です」

 何かを言おうとして、骸の心の底からの拒否に遮られた。
「〜〜〜まだ何も言ってないだろ!」
 不服そうにジョットは口を尖らせたが、骸の方はそれに輪をかけて不満げで。
「言わずともわかります。わからないけどなんとなくわかります」
 一刀両断な感じで切り捨てて、骸はジョットに背を向けた。ジョットの顔を見ているとどうも流されてしまいがちなことは、よ〜くわかっていた。認めたくはないけれど。
「何だよそれ! 理不尽!!」
「あれだけ不吉な光景を見せられて、どうしてハイと言えますか!」
「ハイって言うのは話を聞いてからでいいから!」
「肯定は決定事項ですか!?」
「ファミリー全体の決定事項なの! ふん、いいよ、聞いてくれなくても。おーい、ちょっと手伝って〜!」
「っ!?」
 背後の誰かに向けて声をかけるジョットに、骸は悪い予感を募らせて振り返る。
 そういう予感が当たるのは、もはや当たり前ですらあるわけで。

「極限頼まれたぞー!!」

「……!!!」
(よ、よりにもよって……!)
 突如駆け込んで来たのは、全身から炎でも放っているのではないかと疑いたくなる熱血漢、晴の守護者だった。両手を意味もなく天井へ掲げて吠えるその様は、骸には野獣そのものに見えた。
 仕方なく骸は自身の姿を守護者としてのものに変えて、やんわりと身構えた。飛びかかられでもしたらたまったものではない。しかし晴はさすがにそこまでする気はないらしく、まずは説得とばかりに腰に手をあてた。
「骸! 行事は家族皆で楽しむものだ! わがままはいかんぞ!! そもそもお前には協調性というものが欠けておるのだ! まずはファミリーとともに太陽の下で汗を流し、友情と信頼と親愛とを育もうではないか!!」
 背景に『ガオー!!』だとか書かれていそうな剣幕だった。なぜこんなに無駄に熱いのだろう。
(み、見てるだけで疲れる……)
 骸はどうにも晴が苦手だった。反りが合わないとかそういう問題以前に、同じヒト科の生き物とすら思えなかった。何を言っても話が通じないし、時と場所を考えず勝負を挑むし、それでいて妙に冴えていることがあったりするしで、どうにもやりづらいのだ。
 ちなみに、骸は晴の部下も苦手だった。二つのことを同時にこなせず、一度決めたら猪突猛進、血の気が多いくせに正々堂々の勝負にこだわり、いわゆる体育会系で上司そっくり。骸とは正反対過ぎた。気が合うはずもない。
(頭痛が……)
 はぁ、と大きくため息をついて、骸は無駄だと思いつつも口を開く。
「ひとつ、僕の家族はジョットだけです。ふたつ、それゆえにあなたの言う行事とやらに参加する必要がない。みっつ、そもそも僕は参加したくない。よっつ、無理に連れていこうと言うなら、それなりに抵抗します」
 低音混じりの不機嫌な声音に、晴は困ったように眉をしかめた。
「……ボス。なんだかよくわからんが、骸は嫌がっているようだぞ」
 できるだけ簡単な言葉を選んだつもりだが、晴には雰囲気しか伝わらなかったらしい。そしてジョットはと言えば、少し悲しそうに首を傾げる。
「……そんなに嫌?」
 子供っぽいその仕種に、骸はまた頭を痛ませた。それでも当然答えは変わらない。

「い・や・で・す」

「…………………………………………そっか」
「…………うぅむ。ならば仕方ないな、ボス」

(やけに物わかりがいいな)
 妙な胸騒ぎに骸は訝し気に眉をひそめた。
 こういう予感は〜以下同文。

「うん……。じゃっ、みんな〜手伝ってくれ〜!」

(……は?)

 ジョットの求めに応じて、どたどたと荒い足音が続く。1人や2人どころではなく、3人、4人、5人、6人、7人、8人と熱源があっという間に増えて、骸の狭くはないはずの自室が急激に息苦しい空間に様変わりしてしまった。部屋に入りきらない分は廊下に待機しているらしく、荒い鼻息が聞こえてくる。おかげ様で不快指数はうなぎ上りだ。

(……はぁ!?)

 ずぅぅぅぅん、なんて音を従えながら立ち並んだむさい男達を背景に、ジョットはにっこりと微笑んだ。


「なあ骸。俺にここで素直に捕まるのと、晴と晴の部下にどこまでも追われるのと、どっちがいい?」

























「……で。結局これは何です」

 開き直りつつある骸がそれはもう穏便に連れて来られたのは、とある建物の屋上だった。4階建てなのでそれなりに空が近く、街の構造がよく見える。そしてそこには既にこんもりとトマトの山が築かれていた。当然数え切れるレベルではないから正確な数はわからないが、おそらく4桁は確実だろう。
 街を見下ろせば至る所に同じような赤い山が点々とあって、さらにその周りには街の住人やボンゴレファミリーの構成員が待機しているのが確認できる。そこには嵐の前の静けさとも言うべき不自然な静寂が満ちていて、なぜか無駄に緊張感が漂っていて、骸には全くもってわけがわからないとしか言いようがなかった。

「え? 骸トマト知らな――」

「…………」

「ごめん、冗談だからその目やめて」
 怖い光を宿した瞳に耐え切れず、目を背ける。背けた先には全く違う種類の赤がどっさりと積み上がっていた。
「で? この馬鹿みたいな数のふざけたトマトどもをどんな戯けた行事に使う気ですか?」
 ざくざく突き刺さる言葉の節々に呻きつつ、ジョットはぎこちない笑みを浮かべる。
「え、えーとだな、スペインのトマト祭を晴が体験して、いたく感銘を受けたんだって。あれぞ男の中の男の祭だ〜とかなんとか」
「……で?」
「だ、だからこう、やってみたくてさっ。いっ、いやほらっ、イタリアだってトマトに縁が深いし! 負けてられないな〜、とか……思ったり、したり……」
「ふぅん。ほぉ。そうですか。はいはいそれは良かったですね〜。――で? だから? それがどうしたと?」
「い、いや、えとぉ……」
「だ・か・ら?」
「ごめん、冗談でもないけどその目はやめて!」
 骸の絶対零度の視線に耐え切れず、思わずジョットは手にしたトマト(山から零れて無造作に足下に転がっていた)で骸の目を隠した。2つのトマトで、それぞれひとつずつ。

「…………」
「…………」

 気まずい沈黙がおりる。

「……いい度胸じゃないですか」

 その明らかに滑稽な図に、骸の言葉の端が僅かに震えた。もう目が据わっている。それに伴ってぐんぐん骸の不機嫌度が上昇しているのがわかったけれど、ここまで来たら引き下がるわけにはいかない。
「ま、まあまあまあまあ! ほら、ハイこれ」
 適当に誤魔化して、ジョットは骸の方へ何かを放る。反射的にそれを受け取った骸は、不機嫌な顔を不審げなものに変えて、それをしげしげと眺めた。

「眼鏡……?」

 それは度が入っていないようだったが、見た感じは眼鏡に近い。しかし単なる伊達眼鏡というわけではなく、なぜかレンズが片方だけで7枚も使ってあって、それらを組み合わせて小さな六角柱のような形をしていた。こんなものをつけたら、目がすっぽりと覆われて視界が悪くなるだけだろうに。
「これ、何です?」
「眼を護るための防護眼鏡だよ。さすがに眼に当たったらまずいし」
「は? 当たる? 何が?」
 益々わけがわからなくなって、骸は眼鏡を持ったまま疑問符を頭の上に3つ4つ浮かべた。
「お、物知りな骸にしては珍しいな。スペインのトマト祭、知らない?」
「知りませんよ。何をする祭なんですか?」
 てっきり倒れるまでトマトを食べまくるとか、ひたすらトマトを叩き潰すとかそんなようなものだと思っていたのだが。
「トマト祭りはだなぁ、まずは眼鏡を装着して――」
 ごそごそとジョットは自分の分の眼鏡をシャツのポケットから取り出してかけた。かなり馬鹿っぽい。
「ほら、骸も」
「はあ? 嫌に決まってるでしょう」
「駄目駄目、これかけないと話が始まらないから。ほら!」
 ジョットが骸の持っていた眼鏡を奪い、強引に骸にかけさせる。
「ちょ、ちょっと――!」
 抗議の声も綺麗に無視して、骸の2色の瞳を不格好なガラスが隠した。とは言っても、その上からいつもの幻覚が覆っているので見た目は変わらないのだが。
「はい、準備完了! で、次に――」
 先程骸の眼を隠したトマトの片方を骸に渡す。
「このトマトを――」
 そしてジョットは自身の手に残ったトマトを軽く振りかぶり、

「投げる!」

 ぶちゃっ


「……………………………………………………………………………………は?」


 その結果、予想外かつ至近距離だったので避けることもできず、骸の左頬から首にかけてべっちょりぐっちょりトマトの残骸が貼り付くことになった。
「……ジョット……?」
 底冷えのする声とはこういう声のことを言うのだろうか。骸の手にしたトマトは握力で簡単に潰れ、それでも飽き足りないのかその手はふるふると震え出した。

「なぁにを――するんですかぁっ!!」

 どべちゃっ

 怒り心頭の骸がトマトでぐちゃぐちゃの手の平でもってジョットの顔面に全力で張り手をかました。眼鏡が手のひらに当たって痛かったけれど、そんなものを気にしていられるほど冷静ではない。
「ぶべっ!! ……そ、そんなわけでぇっ――」
 悲鳴をあげつつも、ジョットはトマトを持った手を晴れた空に高く掲げた。

 すると、




「「「「「ボンゴレ式トマト祭っ、開催ぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいい!!」」」」」




 そこかしこから熱い声が返って来た。合唱隊のような揃ったハーモニーではなく、老若男女混じりに混じったあげくにずれまくったひどい合声。とにかく熱い。そうとしか言いようがない。
「はぁ!?」
 脳内大混乱中の骸を放置して、かけ声を景気に爆発的に街が騒がしくなっていく。悲鳴とも歓声ともつかない大音声と、べちゃどちゃぐちょにちょどぱんっみたいな水物系の効果音が入り交じって、それはもう大変なことが始まったようだ。
「はぁ? はぁあ??」
「だから、これはトマトを互いにぶつけ合うお祭なんだよ。今日ばかりは無礼講! 好きなやつにぶつけるも良し! 嫌いなやつにぶつけるも良し! どうでもいいやつにぶつけるも良し! トマトをぶつけ合うことで生まれる愛もあるかもね〜な熱い祭なのだよ!」
 そんな熱く語られても。
「……晴が好むわけですね」
 遠くの方から『極限!!』だの『やるな!』だのこれまた熱い台詞の数々が聞こえてくるあたり、間違いないだろう。
「でも僕は――」

 べちゃっっ

「ぶっ!」
「ボンゴレファミリーは強制参加! せっかくだから楽しもうよ、骸」
 両手に次なるトマトを持って、ジョットはからからと笑った。
「ほらほら、どんどん行くぞ!」

 びゅっ

「ちょっ……!」
 さすがに3度目ともなれば避けようという意思が働いて、身体は勝手に動き出す。
「ほい次!」

 びゅびゅっ

「だ、だから僕はっ――」
 連投を軽やかにかわしつつ、地上へ続く階段の方へ転がる。反撃したいところだが、いかんせん手元にトマトがない。なんとも卑怯なことに、トマトの山はジョットのすぐ側にそびえ立っているのだ。
 トマトで反撃しようと考えている時点で既に参加しているようなものなのだが、骸本人は気付かないようだ。やはりジョット限定で流されやすいらしい。

「僕はやらないって言ってるでしょう!!」

 そう叫んで、骸は階段を駆け降りた。
「骸ー!! 姿変えるのはつまんなくなるからナシなー!!」
 届いたかどうかわからないが、律義な骸のことだ、なんだかんだで守ってくれるだろう。それはもう満面の笑みを浮かべて、ジョットはトマトを抱えて準備を整える。
「さぁ、俺も移動するか――」

 どぐちゃっ

「げっ!?」
 背中に冷たい衝撃が走って、思わず振り返る。

 べべちゃぁっ

 途端、2連続で視界がトマト色に染まった。
「ぶほっ、おい……!?」
 トマト汁の隙間から見える僅かな景色の中では、いつもはおどおどしている雷が隣の建物の屋上で楽しそうにはしゃいでいた。
「やったぁ! ボスに当てた!!」
「こ、こんの〜!」
 負けじとトマトを投げ返すが、雷はひょいっと身を屈めて簡単に避け、トマトはそのもじゃもじゃの髪をかすめて地上へ落下した。下の方から『のわぁっ』なんて悲鳴が聞こえた。
「ふっふ〜、当たりませんよ〜!」
 そうしてケラケラ笑いながら、雷は屋上から屋上へ飛び移って逃げて行った。ちなみに、屋上と言うくらいだから、それなりに高い。高所恐怖症なら確実に震えるであろう高さなのだが。
「あ、あいつ普段は臆病なくせに……!」
 そう言えば幼少時はやんちゃ坊主だったっけ。
「と、とにかく、待てこらぁぁぁぁぁ!!」
 完全に子供に戻って、ジョットもやんちゃ坊主そのものの表情で駆け出した。

















 どべちょっ

「やったなー!」

 ぐちゃっ

「きゃー!」

 べべっ

「げっ、このヤロー!!」

 ぼちょっ べちゃっ

 べちょっ んべっ

 びちゃっ ぼべちょっ

 どべべべっ

 街はいつの間にか大変なことになっていた。どこもかしこもトマトと元トマトだらけ。真っ白だった壁はもれなく真っ赤に彩られ、時々緑がかったゲル状の汁が貼り付いていたりして、なかなかショッキングな光景だ。
(これ、ちょっと大量虐殺現場に似てるんですけど)
 そんなことを思いながら、骸は大通りを全速力で駆け抜けていた。
 というのも、

「ていやっ!!」

 ひゅぉっ

「っ!!」
「惜しい! 次行くぜっ!!」

 ひゅぼっ

「くっ!!」
「お前避けるのうまいなー! んじゃとっておき!」

 びゅびゅびゅびゅおっ

「…!!」

 べべちゃっ

「よっしゃぁ!!」
 ガッツポーズを作って即座に小道に逃げたのは、雨だった。何かスポーツでもやっていたらしい雨は投球(投トマト)速度からして段違いで、さしもの骸も2発当てられてしまった。それでいて動体視力も常人離れしているため、こちらの球(いや、トマト)には当たらないという理不尽ぶり。しかも雨は当てるだけ当てて逃げる腹らしい。

(お、大人気ない!!)

 どうもこういう馬鹿な行事となるとボンゴレの連中は簡単に羽目を外すらしい。実際さっき頭上を飛び越えて行った雷に下から数発当ててやったら、当たり所が悪かったらしく変な声を上げて落ちていき、そこをやたら正確無比な嵐によって狙撃(トマトだけど)されまくっていた。きちんと数えてはいないが、少なくとも5・6発は当てられていた気がする。
 更に今さっき、雨が駆け込んだ先から『料理長!?』なんて叫びと小さな悲鳴が聞こえたあたり、ノリノリなのは守護者だけではないらしい。

 料理長が食物で遊んでいいのか。

 なんて至極常識的な考え事に耽っていたら、パカッとすぐ側の民家の窓が開いて、にゅっとトマトを持った腕が飛び出した。
「んなっ!?」

 びちょっ

 まさかそう来るとは思わず、トマトは骸の肩のあたりを掠めた。
 次いでひょっこり顔を出したのは、頭からトマト塗れの見知った人物。
「油断大敵ぃ!」

 ぱたん

 そして閉まる窓。

(お、大人気なさ過ぎる……!!)

 呆れつつもとりあえず追おうとして窓の横の扉を開ければ、びんっ、と何かを引っ張るような感触があった。
(しまっ――)

 どどどどどべちゃぁっ

「〜〜〜〜っ!!」
 真横から来襲した強烈な5連撃は、明らかに人の投球速度を超えていた気がする。
「ぶっ、ぶはっはっは!! げほっ、ぶははっはっごほっごほっぶふぅっ!」
 爆笑という単語を見事に体言して裏口から逃げていったのは、やはりと言うか何と言うか、ジョットその人だった。
 呆れを超えて怒りが沸々と湧いて来た骸はとにかく追おうとして、おかしなものを視界に入れた。いつの間に作ったのか、それは木製の単純な機械。調度トマトが乗るくらいの大きさの台が5つあって、そこから伸びたゴム紐が先程骸が開けた扉のノブに繋がっていた。
(普通、罠まで仕掛けます!?)
 どこまでガキなんだ!
 ムキになりつつジョットを追って裏口を飛び出す。と同時に横っ跳びで扉から離れれば、すぐ後ろでどぼぼぼっとトマトが弾けた音がした。
「げっ」
「そう何度も同じ手は食いませんよ!」
 唖然とするジョットに向かって、道に転がっていたトマトを投げようと振りかぶり、

 どべべべちゃっ
 どぼぼぼちゃっ

「「んなっ!?」」

 背後から(ジョットからすれば正面から)トマトの一斉攻撃にあい、二人の前面と後面にはそれぞれ立派な赤い花が乱れ咲いた。
 二人同時に視線を向ければ、街の住民数十人がそれぞれトマトをいっぱいに抱え、投擲準備万端の構えで突進してくるところだった。
「嘘ぉっ!?」
「ちょ、ちょっと!?」
 慌てて駆け出す二人の足並みはぴったり揃った。そしてそれを追う住民達もまたびっくりするくらいのチームワークを見せる。なんかもう、どこの軍隊だと疑いたくなるほどの統率で、前衛・中衛・後衛に分かれて切らすことなくトマトの乱れ打ちで追いつめにかかる。

「あっ! あいつっ!!」

 不思議に思って辺りを探れば、屋根の上から声をとばす見慣れた青年がひとり。
「あ、嵐……!」
「うわー…そりゃ統率取れてるわけだよ」
 妙に生き生きと『B班、C班と交代だ!』だの『E班は足を狙いつつトマトの補充を!』だの『黒髪の方は腹より下を狙え!』だの、無駄に的確な指示を出している。
「雨! お前は骸を! 晴! ボスを狙え! 雷! なんでもいいから突っ込め!」
「りょーかい!」
「極限!」
「は、はいぃ!」
 今度は左右の脇道から雨と晴が、屋根から雷が合流し、一団となって追い始める。
「あいつらまで!?」
「そんなのアリですか!?」
 何十、何百というトマトが乱れ飛んで、広くはない通りではそもそも避ける余地がない。

 べべしゃっ

 ぼしゃっ

 ぼすばすっ

 ばちゃっ

 ばぼぼちゃっ

 二人はもう全身トマト塗れになりながら必死で走り、せめて追ってくる人数を減らそうと細い階段を上って屋根に上がった。ちなみに分かれて逃げるという選択肢はなぜか頭の中から消えていた。
「甘いですよボス!」
 しかし屋根の上には嵐と料理長、そして給仕係達の一団が待ち構えていた。トマトがやたら似合っている。
「やれ!!」
 そして嵐の号令で彼らは一斉に大量のトマトを投げ放った。

「「っ!!!」」

 心の中で悲鳴をあげて、ジョットと骸はトマトの弾丸から逃れようと屋根から飛び降りた。

「「え、えぇぇぇぇええ!!??」」

 しかし着地点には――

 ずぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼちゃぁぁぁぁぁ!!

 台車に積まれた山盛りトマトが、あった。
 そうして二人はものの見事にすっぽりとトマトの群れに仲間入りを果たしたのだった。
「ぶぇっ、ぶほっ、ごほげほっ、ひ、ひっでー!」
 ぷはっ、とジョットはなんとか頭を出したものの、骸の姿は見えない。
「え、嘘っ、骸? どこ!?」
「〜っ〜〜っっ〜!!」
 もぞもぞとトマトが揺れるのに気付き、慌てて手を突っ込めば、ふさっとしたものに当たった。
「でぃっ!!」
 それを掴んで力一杯引き上げてみる。

 ずぼっ

「ぶはっ!! ごほっ、い、イっタ……!!」
 それは案の定、骸の髪の房のような部分だった。骸はごほごほ噎せて、次いで頭皮の痛みに顔をしかめる。
「こ、こんの……ジョット!! 他にやりようがあるでしょう!?」
「しっ、仕方ないだろっ? 埋まっちゃってたんだから!」
「だからって髪を掴まなくたっていいでしょうが!!」
「手に当たったのがたまたま髪だったんだよっ!」
「ハゲたらどうすんですか!」
 ぐいっと骸は苛立ち紛れにジョットの髪を引っ張る。
「いだっ!! こっちは人命救助だったのに!!」
 ジョットも仕返しとばかりに骸の髪を掴み返す。

「いたいいたいいたいっ」
「いだだだだだっ」


 りーん ごーん……


「「あ」」

 祭の終了を告げる鐘が鳴り響く。
 その直後に、街の各所から歓声が沸き起こった。


「「………………」」


 しばし二人は見つめ合って、次の瞬間、盛大に噴き出した。

「ぷっ」
「ク、フフっ」

「あはははははっ! お前ひっどい顔!!」
「クハっクハハハっ、お互い様でしょう? クフっクフフフっ!」
「はははははっ、げほっ、ぷははは!!」
「クフックフフッハハハハ!」
「はははははっ、ははっ、なあ、骸。生きてて良かった〜って実感するだろ?」
「フフっ、見た感じだと盛大に殺された気がしますが……クっ、クハハっ、駄目だ、止まらない……!」

 お互いの姿を見れば、それはもうぐっちゃぐちゃのどろっどろ。元々何色の服を着ていたのかもわからない有様で、トマト特有の酸味臭がつんと鼻をついた。しかしトマトの形が全てなくなっているかと言えばそうでもなく、ジョットのつんつん暴れた頭にはちょこんと半分潰れたトマトがかわいらしく乗っかっていたし、骸の場合は房のように跳ねた髪がトマトのヘタのシルエットを作り、全身が巨大なトマトのようだった。幻覚のはずの骸までそんな姿なあたり、妙なところで律儀な性格が窺える。

 そんなお互いがとにかくおかしくて、二人はただただ笑い合った。

 そのとても珍しい光景に、屋根の上から覗き込んだ守護者達も零れるような笑顔を浮かべて、楽しそうに笑い合う二人を祝福していた。

























 後日。


「……馬鹿じゃないの」

 ごっしごっしごっし

「えー!? 何か言いましたかー!?」

 ごっしごっしごっし

「何でもないよ」

 ごっしごっしごっし

「雲ー?」

 ごっしごっしごっし

「な・ん・で・も・な・い」

 ごっしごっしごっし

「そうですかー? あ、嵐ぃー! 5・6人連れてベネットさんちに回ってー!」
「了解しましたー!」

 ごっしごっし……
 ごし……

「こら骸ー!! サボるなー!!」

 ……がららんっ
 
「おい、骸!」
 ブラシを放り投げた骸を叱り付けるが、骸は昨日の今日で疲れきっているのか反論する体力も残っていないらしい。じとーっとした視線だけがかろうじて反抗を表す。
「……今日は大雨になるって言ったの、誰でしたっけ」
 雨風が壁にこびりついたトマトを流してくれる、なんて全くの嘘で、次の日は雲ひとつないくらいの晴天だった。かぴかぴになったトマトの皮は頑固に貼り付くわ、汁は嫌な感じの染みを残すわ、その結果ものすごい臭いで鼻がもげそうになるわで散々だった。
「あー、雨のやつだけど。いや、いくら雨の守護者っつっても天気予報士じゃないんだし、外れることもあるさ」
「……だからって人力ですか」
「人力以外でどうしろってんだよ。ほら、喋ってる元気があるならさっさと手を動かす!」
「何で僕が!」
「祭を楽しんだヤツらは全員参加なの!」
「僕は楽しんでなんか――」
「はいはい、嘘つかなーい」
「ちょっ、無理矢理!」
 傍から見れば、それは楽しそうにじゃれ合っているように見える。

「……ガキ」
「今なんて言いました!?」
「喧嘩する元気があるならブラシを動かせ〜!」




 その日はなんだかとても疲れたけれど、骸にとってそう悪いものではなかった。
























管理人は外国に行ったことがありませんので、トマト祭(正式名称不明)も体験したことはありません。
今回は骸さんをどうにか幸せにしたくて書きました。たまには笑っていてほしい親(管理人)心。

2008.7.12