学校に行こう!〜5時間目〜
「あ、あの…5時間目は体育なんですけど…」
未だに視線を合わせないにらめっこ(めちゃくちゃ矛盾してる)を続ける二人に、遠慮がちと言うかうんざりしたように声をかける女性教師。それでも声をかけることができただけ幾分かマシだろう。ここまで来ると教師の鑑と言ってもいいかもしれない。
「…授業なら仕方ないですよね? サボるわけにもいきませんし」
「ま、そういうことにしてやるよ。あーぁ、身体固まっちゃったよ…」
う〜ん、と伸びをして、ジョットは肩やら腰やらを揉みほぐした。なんだかんだで約3時間まるまる固まっていたのだから、さすがに身体のいたるところがギシギシと悲鳴をあげた。一方の骸も、結局何も描けないままに鉛筆を掲げ続けたため、指はがちがちになってなかなか開かない。お互い何をやっているんだか。
ちなみに、二人とも自然な流れで昼食は抜きだ。
「…腹減った…」
こんな状態で体育だなんて、ちょっとダルいなぁ…。
ーーーなどと考えている時点で、ジョットが授業に参加することは決定事項らしい。
(え、あなた一応父兄でしょ…?)
「要するに、このボールを敵に当てて、敵のボールは避けるか捕るかすればいいんですね?」
「んー、まあ大体そういうことかな。あ、顔面はなしだけど」
「で、全員が外野に出た方の負け、と」
「そうそう。あくまで団体戦だからな。勝負の鍵はチームワーク!」
「…なるほど。で、どうしてあなたがそっちにいるんです?」
子供の頭ほどの黄色いボールを抱えた骸の視線の先では、骸と同じくらいの背格好の子供たちに混じってにこにこと上機嫌に笑うジョット(身体は大人、心は子供!)の姿があった。ご丁寧に上着を脱いで腕まくりまでして、一体どこまでやる気なのか。
「だって骸がいる方が勝つに決まってるだろ? それじゃつまらないから、俺も参加するんだ」
「そりゃまあそうでしょうけど…。にしたって、いい歳した大人が恥ずかしくないんですか?」」
「ぜ〜んぜん。俺の心は永遠に18歳だからな!」
(……8歳の間違いじゃないですか?)
溌剌とした笑顔は無駄に少年らしいというかガキっぽいというか。どちらにしろ勝負となれば手を抜けないのが骸なので、手加減をする気もないが。
「はい、じゃあ試合開始!」
審判役の担任の声のもと、骸もジョットも同時に動いた。
(とりあえず、ジョットは後回しで周りの雑魚から狩りますか)
そんな考えで、骸は子供にしては随分な豪速球を放った。
ーーーが。
バシィッ!!
「!?」
それは目にも留まらぬ速さで飛び込んで来たジョットによって鮮やかに受け止められていた。しかもかなりイイ笑顔で、なんだかキラキラ生き生きした様子で。
「甘いぜ骸っ!」
白い歯を光らせて即座に投げ返されたその球は、とんでもない勢いで骸に迫った。
「ちょっーーー」
風を巻き込みながら突っ込んでくるそれに、骸は反射的に身を捻る。
びゅごっ、なんて凄い音を立てて、ボールは骸たちのコートを真っ直ぐに突っ切った。外野にいた子供ですら悲鳴をあげて避けているのが視界の端に見えた。
「な、何してんですかっ!?」
「え? 何って、真剣勝負だろ?」
けろりと言い放つジョットのなんと大人気ないこと。さすがに骸のこめかみがぴくりと引き攣った。
「そう…そうですか、そうですよねぇ〜!」
(そっちがそう来るならもう容赦はしません!!)
元々するつもりもなかったのだが、それでも多少の躊躇いはあったのに。もうそんな必要もないらしい。
「えい!」
悪そうな笑みをいっぱいに広げていると、外野の少年が突っ立ったままの骸にボールを投げた。
ぱんっ
しかし骸は一歩も動かないどころか目をやることもなく、片手だけでそれを受け止めてみせる。
「クフフ、上等じゃないですか。叩き潰して差し上げましょう」
言うが早いか、残像すら見せる素早いモーションでボールを投げる。
助走に加えて跳躍まで加えたその球は、一定方向にぎゅるぎゅる回転してカーブしながら抉るようにジョットに突進した。さすが骸というかなんというか、その球は力押しに頼らない実に理に適った方法で豪速球となっていた。
どぼっ!!
「ぐおぇっととぉ!」
鈍い音と呻き声をあげつつも、それでもジョットは危なげなくキャッチした。
「なかなか強烈だけどーーーなっ!!」
そして間髪入れずに投げ返す。先程よりもさらに速い。
「はっ。あなたも甘いですよ」
素早く骸の手が伸びて、隣で呆然と固まっている少年の首根っこを勢いよく引っつかみーーー
「えぶぼっ!?」
そのまま引き寄せて盾にした。しかも球が当たったのは顔面。とどのつまり、顔面セーフ。
そして上手いこと高く弾かれた球はすとんと緩やかに骸の手の平に収まった。
「うっわ、ド外道…!」
思わずジョットが何とも言えない表情で呟いた。その間に、盾にされた哀れな少年は涙を流す暇もないまま白目を剥いて倒れる。残念ながら雑魚A的な扱いなのでその光景がスローで見えることもなく、ボールの跡がくっきりと残る顔から地面に突っ込んで動かなくなった。
「フ、仕方ないでしょう? あんな球まともに受けたら絶対痛いですし。それに、ルールとしては問題ありませんよね?」
(いや、問題ないからこそ余計にひどいんだっての!)
さらに哀れなことに、気絶した少年は骸の指示で他の子供たちによって運ばれ、そのままコートの隅に放置された。人数が減るのはまずいのだ。是が非でもコートの中にいてもらわなくては。
「ほら、行きますよっ」
骸が今度はゆるめの球を投げる。
「お?」
意外なそれに、ジョットは構えていた身体を緩めた。
「…っ!」
しかし途端に直感が働いて、ジョットは反射的に横に跳んだ。
その瞬間、しゅぼっ、と空気を切る音がして、球が通り過ぎる前だというのにジョットの背後にいた少女が短い悲鳴をあげた。
「きゃっ!?」
こてんと尻餅をつく少女に続いて、側にいた少年2人も次々に悲鳴をあげる。
「わっ!?」「いだっ!!」
そうしている間に遅い球は溶けるように空中で消え、いつの間にか少年の足元に球が転がっていた。
「幻覚まで使うなよっ!!」
種明かしをすれば簡単なことで、妙に遅い球は幻。そちらに目を引き付けている間に本物の速球が3人の子供達を同時にアウトにしたのだった。
…実に卑怯だ。
「おや、真剣勝負なんでしょう? 持てる力は全て使わないと」
「だからってここまでするか!? あーあー、可哀相に。大丈夫か?」
ショックで尻餅をついたままの少女に手を差し延べる。一応ジョットが避けたせいでそうなってしまったのだが、そこらへんは気にしていないらしい。
(…なんかすごく釈然としないんですけど!)
手元に球があれば即座に討ち取ってやるものを。
黒い気配を撒き散らす骸をよそに、ジョットのエスコートで少年少女は外野へ移った。
「仇は討ってやるからな! でもその前にーーー」
球を拾い、ジョットは軽くふわりと投げる。
それはボテッ、と気の抜ける音を立てて、隅っこで立ちすくんでいた少女の足に申し訳程度に当たった。
「あっ…!」
「はい、外野に非難しててね〜」
そうして痛みもないまま少女は平和にアウトになる。
「ひ、卑怯ですよジョット! 僕の盾を奪う気ですか!?」
ジョットの意図に気付いて骸が吠えた。
「盾じゃなくてチームメイトだろ!! 大体、お前んとこの内野が無駄に危険過ぎるの!」
その間に球はころころと転がって再びジョットの手元に収まった。
「あっ!!」
「ていっ」
そしてまた下手投げで少女の足に優しく当てる。
「はい、どんどん非難してね〜」
「こ、この…っ!」
舌打ちを零しつつ、骸は転がった球を確保した。
しかし顔を上げた時には、骸のチームの子供たちは骸からできるだけ距離をとり、あろうことか早く当ててくれとばかりに境界線ぎりぎりまでジョットの側へ寄っていた。よほど骸の盾にされるのが怖いらしい。
(…別に構いませんよっ。要はあちらの数も減らせばいいわけですからね)
開き直って、骸は次なる球を投げた。
「今度はなんーーーげっ!?」
骸の手から離れた途端、球が消えた。
(うっわ。これがホントの消える魔球ってやつ?)
そうして呆れているうちに、鈍い音を合図にジョットの横にいた少年と少女がすっ転んだ。
「わぁあっ!?」
「あっ!?」
地面に落下してようやく姿を表した球は、やはり相当の豪速球だったらしい。少年に当たった球は跳ね返って少女にも当たり、簡単にダブルアウトとなった。
「あのなぁっ! そういう魔球系はせめて俺相手だけにしろよ!」
「は? 嫌ですよ。普通に投げたらあなたが横から捕りに行っちゃうじゃないですか」
「いや、そりゃそうだけど! でもほら、最低限の手加減というか、情けみたいなさぁ!」
かなりお互い様なんじゃないかと子供たちはじとっとした目で危険な親子二人を見つめた。もう既に彼らは完全に茅の外だった。茅の中になんて入りたくもないけれど。怖いし。
「何言ってんです! 真剣勝負なんーーー」
「「っ!!」」
骸は生来の危機回避能力から、ジョットは超直感から、ほぼ同時に同じ場所へ視線を投げた。すなわち、学校の裏庭を囲む林の隙間に。
次の瞬間には、骸の右目が鈍く鳴く。
「待て、骸!!」
ジョットが鋭く制止を叫ぶも、瞬間的に殺気立った骸は聞く耳を持たなかった。
「狂い死ぬがいい」
その右目の文字は『一』。幻覚を映し出す、地獄の瞳。
まずい、とジョットが息を呑む間もなく、骸の放った寒気を伴う見えない何かが突き抜ける。
しかし、
ヒュガッ
「!?」
叩き付けようとした幻覚は、物理的な要因で意味をなさなくなった。
「せっかく面白い見世物だったのに。とんだ邪魔が入ったね」
林から気を失っている男一人を引きずって現れたのは、見覚えのある黒髪と特徴的な二本で一対の武器を持つ、守護者のひとりーーー
「「雲!」」
片方はホッとしたように、もう片方は明らかに険を滲ませて同じ名を口にした。
「はいこれ。いらないからあげるよ」
その一方で、呼ばれた当人はどさりと無造作に男ーーー顔とライフルをかなり深く陥没させられているーーーを放って、もう用はないとばかりにさっさと歩き出す。どこまでも唯我独尊だ。
「ちょっと待ちなさい! どうしてあなたがここにいるんです!」
骸は苛立ちと僅かな焦りを言葉の端に滲ませるが、雲は立ち止まったものの飄々とした態度は崩さない。
「どうしてって、そこの彼からもしもの時のためにと護衛を頼まれたんだよ。ちなみに代償は君の愉快な授業ーーー」
ガキィッ
「…愉快な授ぎょーーー」
ガキキンッ
「授業参かーーー」
ガツンッ
「黙りなさいってば!!」
骸の繰り出す剣を難なく受け止めて、雲はほんの少し目を細めた。表情の乏しい雲だけに、その微かな変化が感情そのままで、ジョットの目には実に楽しそうに見えた。変なところで幼い雲は、骸とそうしてじゃれているとまるで兄弟のようだ。じゃれると言い切るには手にしたオモチャがいささか物騒過ぎたが。
(んーまあ、似たもの同士だし、気が合う部分もあるのかなぁ。同族嫌悪ってのも当然あるだろうけど)
そう言えば、雲と霧の違いなんて空にあるか地上にあるかくらいのものだ。
(霧が空を舞えば雲になり、雲が地を踊れば霧になる、か。なら、雲と霧が手を取り合う場所はどこなんだろうなぁ)
なんてしみじみ考えていたが、ふと聞こえた鳴咽に意識が現実へと引き戻される。
「あ〜、あぁ…。お二人さん、それくらいにしないと皆ちびっちゃうよ」
「「はぁっ?」」
異口同音かつ全くのズレもない鋭い声に、辺りの気配は一斉にびくついた。
「…ふっ、ふぇっ…」
きっかけは、そんな特徴的なしゃくり声。
あとはもう、聞きたくもない大合唱だった。
「あぁぁぁぁん…! 父様ぁ! 母様ぁ! ひっ、ぐ、うぇっ、ああぁぁぁん…!」
「あぁぁぁん! もっ、ヤだぁ! 先生ぃぃぃぃぃっ」
「ひぐっ、姉様ぁっ! ひっく、御祖父様ぁぁ…!」
「うわぁぁん…!」
「お願いですからもう帰って下さいぃ! ぐすっ、もういやよぉ…!」
いくつか抜粋するとこんなかんじだ。ちなみに最後の一人は今まで堪えてきたはずの担任教師だった。さすがにもう限界だったのだろう。かわいそうに、化粧がどろどろでちょっと怖い。
「せ、先生まで…」
そのあまり見たくはない光景にはさすがに申し訳なさを感じて、ジョットは決まり悪そうに頬を掻いた。
しかしその最たる原因であるやんちゃ盛りの2名は、まさかそんな殊勝な態度をとるはずもなくーーー
「うるさい群れだね。咬み殺すよ」
「これが世に言う“ウザい”ってやつですかねぇ。その口縫い付けてあげましょうか」
この後大合唱が衝撃波にレベルアップしたのは、言うまでもない。
小学校と言えば、ドッジボール! いや、ただそれだけです…。