04.




 ジリリリリリ

「んむ〜…」

 リリリリリリ

「んぐ…」

 リリリリリリ

「…んっ」

 バンっ
 リリッ

「あと…25分くらい…」
 中途半端な時間を呟いて、綱吉は再びまどろみの中に沈みかけた。
『綱吉くん、遅刻してしまいますよ』
 それを、優しい低い声がやんわりと咎める。頭の中から聞こえる、特別な人の特別な言葉。
「んー…じゃあと5分…」
『どうなっても知りませんよ?』
「ん……」
















「つっくん! いい加減起きないと遅刻確定よ!」
「ん…んぁ…?」
 いつもより若干眩しい気がして綱吉は目を開けた。うん、確実に眩しい。大抵眩しくて目が覚める時は決まってーーー。

「今何時!?」

 一度止めた記憶のある目覚まし時計を見れば、案の定時刻は遅刻ぎりぎりを指していた。
「や、やばいっ!!」
 ガバリと身体を起こして、きちんと畳んで置いてあった制服をとる。
(…あれ? 母さんが畳んでくれたのかな?)

「つっくん、朝ごはんは〜!?」

 階下からの母の声に思考は中断される。
「無理〜!!」
 叫び返して、いつになく素早く着替える。ひょっとしたら新記録ではなかろうか。喜んでいる暇はないけれど。
「ああ、もう! ネクタイネクタイ!」
 しかもよりにもよって今日は風紀委員の校門前チェックの日だ。きっちり寸分違わず規律通りの服装でなければならない。ネクタイが曲がってるだけでも運が悪ければトンファーが飛んでくるのだ。考えるだけで怖いし痛い。
 とにかくバッグをわしづかんで階段を駆け降りる。玄関に見送りに来てくれていた母におはようと行ってきますを同時に言って(つまりは「おはってきま〜す!」)、直ぐさま飛び出した。
「あ〜やばいやばいやばい!」
 ダカダカと一般女子と大差ない全速力で駆け抜けながら、脳裏で優雅にこちらを眺めている気配に噛み付く。
「骸さん! どうして起こしてくれなかったの!」
 いつも時間通りに起こしてくれるはずの神様に叫ぶ。別に目覚ましの神様だとか、そんなピンポイントな職業ではないはずなのだが、彼は毎日きちんと起こしてくれていた。それが小さな頃から当たり前になっていたのに。
『おやおや、ひどいですね。起こしましたよ、ちゃんと。君が起きなかっただけで』
「えぇ〜!? ウッソだぁーーーーっとっと、何でもないでーす、寝ぼけてるんでーす」
 端から見れば大きな独り言を言いながら全力疾走という、やばい人まっしぐらな図であることを忘れていた。ご近所さんの視線が痛い。慌てて取り繕っても今更ではあるが、取り繕わないよりはマシだ。
 綱吉の脳裏では骸がおかしそうにくすくす笑っている。
『わ、笑うなー!』
『クフフフっ、だって綱吉くんたら、朝から馬鹿丸出しなんですもの』
『ばっ、馬鹿丸出しってなんだよっ!』
『言葉のまんまです。でも、君は馬鹿なくらいが丁度いいですよ?』
『ひどいな〜、もう!』
 綱吉は苦笑いしながらも走り続ける。足は遅いが意外と体力があるのだ。それもこれも、ファミリーの特訓の賜物と言える。

「…え…?」

 思考が、途端に固まった。

(ファミリー…って、母さんのこと? 父さんなんてここ何年か会ってないし…)

 いつ自分は特訓なんてしたのだろう。大体、なぜ特訓する必要があるのか。体育祭の全員リレーで足を引っ張らないため、ぐらいしか理由が思い付かない。なぜ? どうして?

『どうかしましたか』

 骸の声に、脳が揺れるような錯覚を感じた。ほんの一瞬で過ぎ去ったけれど、それは綱吉の混乱した頭を洗い流していった。
『え、えーと…あれ?』
(なんだっけ…?)

 今自分は何を考えていたのだっけ。

 …思い出せない。

『考え事なんてしている場合ですか? もっと急がないとまた殴られちゃいますよ』
『あ! そうだった! 急がなきゃ!』
 思考を中断して走ることに没頭する。遅刻したらあの恐ろしい風紀委員長のトンファーの餌食決定だ。何故だか彼は綱吉のことを目の敵にしているような節があるので、それはもう絶対と言っていいほど確実だ。この間だって、骸がいなければ危うく病院送りになるところだった。
(ん? …そう、だっけ…?)
 また、思考が固まる。具体的に何がどうおかしいかは判然としないが、何かがズレているような、そんな感覚が綱吉に付きまとっていた。
(俺、何か忘れてる…?)

『綱吉くん』

 骸に名前を呼ばれた瞬間、思考が白紙に戻る。まるで骸と綱吉だけが世界を構成しているような、充足感にも似た心地良さに眩暈がした。
『ほら、なんとか間に合いそうですから、もう少しだけ頑張って』
『う、うん…』

 気付けば、何を思い出そうとしていたのかすらわからなくなっていた。























「はぁ…はぁ…はぁ…ま、間に合ったぁ…!」
 校門の前ではリーゼントに学ランの風紀委員達と、彼らによって風紀の乱れをチェックされている生徒達が列を作っていた。ちなみに列を乱しただけで風紀の乱れとみなされるのだから、なかなか徹底的だ。
 事を荒立てる気などさらさらない綱吉も、当然ながらその列に並ぶ。

「沢田!」

 しかしそんな綱吉の腕を、何者かが掴んで列から引っ張り出した。
「え、えぇ…!?」
 それは誰あろう、雲雀恭弥その人だった。
 雲雀恭弥。今時珍しいリーゼント集団を当然のようにまとめあげ、その武力でもって並盛を支配する少年。綱吉にとっては恐怖そのもので、見るだけでも腰が引ける相手だ。情けないけれど、既に身体は逃げる準備をしているらしく、ガタガタと震えだす。
 そんな綱吉に皆一様に哀れみの視線を向けるものの、ずるずる引きずられていく綱吉を助ける者はいなかった。その気持ちがよくわかるだけに、綱吉は自分の運のなさを恨むしかなかった。納得はできないけれど。
「ど、どこまで行くんですか? 俺、今日は遅刻してませんよ…!」
 人気のない校舎裏にまで引きずられて、綱吉は強まる危機感に手足をばたつかせた。あんなに走って頑張った代償がこれではあんまりだ。

「…何言ってるの」

 いきなり手を離されて、つんのめる。
「わわっ」
 運動神経なんて言葉が死ぬほど似合わない綱吉は、案の定、雑草がぼうぼう生えている地面に尻餅をついた。砂利と小石が当たって地味に痛い。
「君、昨日は家に帰ったみたいだね。てっきりあのままいなくなるんじゃないかと、少し……気になったんだけど。でも随分と元気そうじゃない」
 ほんの少しの安堵を滲ませて、雲雀は目元を緩めた。しかし彼のそんな顔に綱吉は大いに困惑した。雲雀と言えばいつも仏頂面で、たまに表情を見せたと思えば獲物を狩る獣みたいな獰猛な笑みで、こんな穏やかな表情など想像もできなかったのに。それに何より、その言葉の意味がわからない。
「え、あの…? 昨日俺、委員長と会いましたっけ?」
 だから綱吉の口から出たのは戸惑いの声でしかなかった。
「…君、何言ってるの。昨日の夜、あの忌ま忌ましい桜の下で会っただろう」
「桜? なんのことです? 桜なんてそこらにもあるし、委員長が俺みたいなのに用なんてないんじゃ…?」
 綱吉は困ったように苦笑して立ち上がる。いつまでも尻餅をついたままというのもよくわからない図だし、何より尻が痛い。
 立ち上がっても、随分と小柄な綱吉は雲雀を見上げる形になった。かと言って、雲雀の目を見るなんて恐ろしいことが綱吉にできるはずもなく、雲雀の視線から逃げるように顔を背けた。
「…こっち見なよ。大体さっきから何、その委員長って呼び方。すごく不愉快なんだけど」
 わけのわからない不安も手伝って、雲雀は眉を寄せて不機嫌をあらわにした。骸を警戒する意味も込めてトンファーを構えれば、途端綱吉がぶるりと震えて一歩後ずさる。
「なっ、え!? お、俺、何か委員長の気に障ること言いましたか!?」
 そのちらちらと雲雀を窺う怯えた瞳は、明らかに雲雀の知る綱吉とは違った。心の底から恐怖している瞳。絶対に敵わない者への畏怖の念を超えた、拒絶の瞳。
 ひどく、不快だった。
 綱吉がそんな風に自分を見ることなど、信じられなかった。
「なんなの、君。あいつにそそのかされでもしたわけ? いい度胸だね」
 トンファーに自然と力がこもる。それだけで綱吉は青ざめた。
「…や…やめて下さい…!」
 腕で顔を庇いながら数歩後ずさる。
「あっ」
 しかしすぐに段差に足をとられ、バランスを崩す。そうなればもう綱吉は天をあおいで倒れるしかない。
「…ぅっ!」
 したたかに背中を打ち付けて、それでも腕は恐怖からか顔の前にかざされたままだ。
 それが雲雀にはひどく気にくわない。いや、気に食わないというより、ただ、悲しくてーーー。
 雲雀は今すぐにでも殴りかかりたい気持ちを抑えて綱吉に詰め寄る。トンファーをにぎりしめた手は白くなっていた。
「君、そんなに僕を怒らせたいの…!」
「ひっ…! ごっ、ごめんなさい! や、やだ…殴らないで…!」
 綱吉の怯えが深まり、がくがくと震え出した。
 こんな綱吉は見たことがなかった。何度か咬み殺したこともあったけれど、それでも彼はこうもあからさまに懇願などしなかったし、なんだかんだでしっかり受け身をとっていた。そうしてその瞳には常に強い光が宿って、決して屈することはなかった。そんな彼が、少しだけ、ほんの少しだけ気に入っていたのに。
 なのに、今の綱吉はなんだ。
 この状況は、なんだ。
「………っ、…!」
 駄目だ。思考よりも先に身体が動く。理解できない事態を、こんな綱吉を認めたくなくて。
 気付いた時には、トンファーは綱吉の脳天目掛けて振り下ろされていた。

 ヒュッ

「いやっ! 助けて骸さん!!」

 雲雀は驚きに目を瞠った。

 ガキンッ
 
 そしてすぐにわなわなと肩を震わせて、見覚えのある凶器に受け止められたトンファーに更なる力を込める。けれど、動かない。

「酷いことをしますねぇ、雲雀恭弥」

「…黙りなよ…!」
 見知った圧迫感を苛立ち混じりに跳ね退ける。
 ごちゃごちゃしていた頭がひとつの思考に集約された。
「君が沢田に何かしたんでしょ…!」
 それしか考えられない。綱吉があんな風に雲雀に接するなど、有り得ない。そう思いたかった。
「……」
「なんとか言ったらどうなの、六道骸!」
「黙れと言ったと思ったら…。本当に勝手な人だ」
「話の腰を折らないで!」
 ぎりぎりと二人の顔の間でトンファーと独特の形状をした剣が揺れ動く。綱吉ーーー骸はどこからともなく取り出した三叉の剣で、トンファーを絡めるように受け止めていた。
「そんな怖い顔してるから、綱吉くんは心を閉じてしまいましたよ」
 骸は綱吉の童顔に余裕の表情を浮かべて、徐々にトンファーを押し返し始める。
「…!」
 雲雀は手加減などしていない。なのに確かに押し返されている。その異常事態に驚愕を隠しきれない。
「クフフ、驚くのも仕方ありませんか。彼、ダメツナだなんて呼ばれるほど運動音痴ですものね」
 そんなことは言われなくともわかっていると、雲雀は表情を歪めた。骸などよりずっと長く傍にいたのだから。中学からの付き合いであっても、ずっと綱吉を見ていたのだから。どんなに骸が綱吉に近付こうが、その月日は変わらない。
「でも、そんなことでマフィアとかいうものの後継が務まるはずないでしょう? 彼ね、本当は力もあるし俊敏さも申し分ないんですよ。本人が気付いていないだけで、基礎能力はなかなか大したものです」
 トンファーを押し返しながら骸が立ち上がる。この小柄な身体のどこにこんな力があるのかというほど異常な力だった。

「…おや?」

 しかし急に骸は力を抜いてトンファーを受け流した。
「っ…?」
 突然のことに雲雀の身体も流れるが、そこで倒れる愚をおかす雲雀ではない。踏み止まり、体勢を立て直すため数歩分の距離をとって向き合った。
「クフフ…危ない危ない。やはりあまり無茶はできませんね。危うく綱吉くんの身体を傷付けてしまうところでした」
 骸は大して動じた様子も見せず、力比べをしていた右手を撫でた。
「生き物は皆、全力を尽くしているつもりでも本当の力を出せてはいないんですよ。限界を超えれば身体が壊れてしまいますからね」
 労るように撫でられる手は、微かに痙攣しているように見えた。外傷はないが、内側にダメージが来ているのかもしれない。
「僕は痛みを感じないので、つい、ね。その一線を越えてしまうんですよ」
「君、沢田の身体をーーー」
「壊しませんよ。僕にとっても大事な身体だ」

「……君にとって大事なのは身体だけ? だから君は沢田の心を操ったの!」

 骸の表情が、なくなった。
 貼付けたような余裕に満ちた笑みさえ剥がれ、ただただ、感情の起伏が消える。

「『…あなたに何がわかる』」

 声は、2つ。男にしては高い声と、低く涼やかな声。綱吉と、骸。鼓膜を震わせる音と、震わせない音。
 綱吉の頭を抱くようにふわりと現れたのは、人の姿を模した神だった。透けて朧げな様は神々しく、しかしどこか危うい。無表情の綱吉の頬を壊れ物を扱うようにゆるやかに撫でて、骸は雲雀を視線で射抜いた。雲雀の心臓を凍てつかせんばかりの、冷え切った瞳で。
「…っ…」
 自然後ずさろうとする足を叱咤して、雲雀は無理矢理にその場に留まった。生き物としての本能は、逃げろと訴えていた。けれど、雲雀の誇りはそれに全力で抗っていた。
「『逃げていいんですよ。僕らの前に2度と現れないなら、追いはしない。もう、そっとしておいて。僕から何も奪わないで』」
「沢田の自我を奪っておいて何を言うの! 君はいつも身勝手だよ。本質を見極めず、独善的なだけ。神は神らしく、大人しく見守っていればいい。人の世に立ち入るな!」
「『…必要な時だけ頼って不要になれば切り捨てるのは、いつの世も同じか。クフフ、恭弥、あなたは実に人間らしい』」
 形ばかりの笑みに底の知れぬ悪意を潜ませて、骸はくすくすと笑った。綱吉もまた、無感情に乾いた笑い声をあげる。
 そしてある時を堺に、ぴたりと笑うのをやめた。
「『ねぇ、恭弥。あなたをもっと人間らしくしてあげましょうか』」
 囁くような声は、紛れも無く毒。言霊を織り交ぜたそれは心にびりびりとした刺激を伴って浸透していく。
「な、なに…! やめっーーー」

「『理性など捨ててしまいなさい、恭弥』」

「…ぁ…!」
 何かが剥がれ落ちて何かが剥き出しになる感覚に、雲雀はわなないた。怒りのままにどうしようもない衝動が身体を突き動かす。
 すなわち、純粋な怒りーーー。
 気付けば、雲雀は当たり前のようにトンファーを構え、骸にーーー綱吉に突進していた。笑みを深めた骸の姿が掻き消え、綱吉の目に光が戻ったにも関わらず。

「…ひっ!? …や…っ!」

 突然の事態に咄嗟に綱吉が身を翻しても、瞳に怒りを宿した雲雀は構わずトンファーを振り上げた。

「っやぁぁぁぁああああっ!!!」

 耳をつんざく綱吉の叫びに雲雀が正気を取り戻したのと、綱吉の胸を何かが押したのはほぼ同時だった。

「な…っ!」
「ぁっ…駄目っーーー」


 骸さん!!!


 …音など、しなかった。
 雲雀が薙いだトンファーは綱吉の代わりに立ちはだかった朧げな影を切り裂き、何の手応えもないままに燐光を散らした。

「う、そ…。骸、さん…! 骸さんっ!!」

 尻餅をついた綱吉の目の前で、骸の輪郭が薄れていく。悲痛な叫びを上げて、綱吉は光に透ける骸を抱きしめた。骸に触れるのは、綱吉だけ。骸が触れるのも、綱吉だけ。なのに、雲雀の血に宿る力は確かに骸の魂を抉っていた。
『…大、丈夫…ですよ、これくらい…』
「骸さん! …俺の中で少し休んで…!」
 曖昧に霞む骸を胸に押し込めるように包んで、綱吉はぽろぼろと涙を零した。
『…綱吉くん…』
 綱吉の瞼にふわりと風が触れ、骸は綱吉の中へと溶け込んだ。
 綱吉は自身の中に宿る僅かな存在を確かめるように目を閉じ、そして開く。怒りに揺れる炎を宿して。その瞳はしかと雲雀を射抜き、拒絶した。
「あなたは最低だ…!」
「沢田、僕はーーー」
「黙って下さい! 何も聞きたくない」
 縋るような視線を一蹴し、綱吉は雲雀に背を向けた。
「聞きなよ! 君は骸に騙されてる! そいつは君が思ってるようなやつじゃーーー」

 ガッッ!

「…っ!」
 咄嗟にクロスさせたトンファーに綱吉の拳がめり込んだ。衝撃に雲雀の身体が押され、数歩下がる。
「あなたに骸さんの何がわかるって言うんですか! 骸さんはずっと…ずっと俺を支えてくれた! 弱虫の俺のそばで、ずっと…!」
「違うよ! 君の記憶はあいつに埋め込まれたものでーーー」


「それがどうしたって言うんですか!」


 綱吉の叫びに、雲雀は凍り付いた。

 今、何て言った…?

「沢田、君は…!」
「この記憶がニセモノでも、そんなの関係ない。骸さんと過ごしたたくさんの記憶は、全部全部骸さんが望んで、でも出来なかったことなんです。骸さんは俺と、ただ幸せに暮らしたかったんです! それを否定してまで得たい日々なんて、俺にはありません!」
 綱吉の額の炎が爆ぜて、熱が綱吉の姿を歪ませる。きっと綱吉からも雲雀の姿は歪んで見えただろう。互いに表情を悟られることは、なかった。

「もう、そっとしておいて下さい。俺達から何も奪わないで」

 綱吉の意図に沿って霧が辺りを包む。綱吉を抱擁するかのようなそれは、少しの戸惑いと少しの安堵、そして何ものにも代え難い幸せを一心に綱吉に伝えてくる。

「待って…! ーーーっ…待つんだ、沢田綱吉…!」

 ぴくりと綱吉の肩が揺れる。あだ名を用いない不完全な言霊による僅かな拘束は、しかし内側からの守護により意味をなくした。
 綱吉は霧の中でにこりと微笑んで、たった一言。


「最低」


 それだけを残して、霧の中に消えた。

 ………カララン…

 トンファーが地に落ちて乾いた音を立てる。雲雀は綱吉の立っていた場所を見つめて、ただ立ち尽くしていた。胸が何かに貫かれたように痛くて、けれど押さえることに意味はなくて。

「…………最低…」

 漏れた声は、余計に胸を抉っただけだった。





























大変間が空いてしまいました。
プロットメモをなくしてしまい、思い出すのに一苦労…もとい、思い出せなかったのでもう一回考えなおしました。初期に考えていたものとはおそらく別の方向を目指していますが、こちらの方がまとまっている気がします。
ただ、少々雲雀さんがかわいそうなような。いっそ最後の方で分岐を作るなんて手もありますが、それもなぁ…。とりあえず、この話は三つ巴ですが、骸ツナ寄りですのでお許し下さいませ。

2008.8.19