01.




*骸ツナ雲雀の暗黒ツナサンド風味のパラレルです。骸ツナより。
*時代は現代です。
*交友関係などに変化はありませんが、話の都合上消えているキャラも多数いらっしゃいます。
*いつものことながら、エロはないけれどグロっぽい表現は予告なく出ます。




















「はぁっ、はぁっ、まったくもうっ、はぁっ」

 息を切らして悪態をつきながら、直感を頼りに小路に入る。自分の住んでいる街の中ではあるが、あまりに入り組み過ぎて正直今どこにいるのかわからなくなっていた。こんな路があることすら知らなかったくらいだ。
「はぁっ、はぁっ、こっち、かなっ、はぁっ…!」
 この路を行けば近道な気がする…。そんな、他人からすればあまりにも曖昧過ぎる感覚を頼りに十字路を左に曲がれば、その先は更に細い小路だった。まるで誰も踏み入らせる気がないのでは、と思わせるほど暗く細い道の先は、いくら目をこらしても見えない。それでも綱吉の足に迷いはなかった。
 綱吉には昔から超直感と呼ばれる人並み外れた能力があった。あくまでなんとなく程度ではあるが、漠然としながらもほぼ確実に当たる直感。便利と言えば便利だが、これも忌ま忌ましいボンゴレの血族の証であると思うと素直には喜べない。今こうして必死に走っているのだって、元はと言えばボンゴレファミリーに呼び出されたからなのだ。
それに何よりーーー

(…嫌な予感がする…。たぶん今日の任務はーーー)

「…!」
 考え事をしているうちに、小路はちょっとした広場に行き着いた。広場と言っても、全力で走れば女の子でも10秒かからず横断できそうな小さなもの。そして、何もない。ベンチはもちろん、街灯もない。あってもなくても誰も気づかないし気にもとめないだろう小さな空き地に過ぎなかった。
(こんなところ、あったんだ…)
 都会の喧騒からぽつんと取り残されたような、現世から切り取られたような音のない場所はコンクリートの舗装すらされておらず、濃い色の土が剥き出しのままひんやりとした空気を醸し出している。そのせいだろうか、辺り一帯の気温がいくらか低い気がする。不快ではない。不快ではないけれど、しかしーーー

(なんだろう、この感じ…。…寂、しい…?)

 りぃ…ん

「え!?」
 何かに、呼ばれた気がする。声でなく、音ですらないが、でも確かに自分を求める何か。
 綱吉は走り続けていた足を止めて振り返った。

「……………桜…?」

 何もなかったはずの空間に、いつの間にか古い桜と思しき大木が鎮座していた。
 春だと言うのに花はおろか、蕾も新芽も葉すらもない。真っ黒な幹と、同じく夜空に溶け込みそうな真っ黒な枝だけの桜。けれど、枯れてはいないようだ。ただそこにあるだけで何も生み出さない、そんな印象がある。
「…俺を呼んだのは、おまえ?」
 端から見れば桜の木に話し掛けるメルヘンな図だが、綱吉の声には確信があった。返事を期待しているわけではないけれど、この桜はただの桜ではないはずだ。直感がそう言っていた。
「ねえ、寂しいの?」
 風もないのに桜の枝がざわざわと揺れた。まるで動揺しているみたいに。
「…ごめん、俺はこれから行かなきゃならないところがあるんだ。本当は行きたくないんだけど…でも、行かなきゃならないんだ」
 いつだってそうだった。皆の期待を受けて、あれをやれ、これをやれ。やりたくないのに、やれと言われればやらなきゃならない。皆の期待に応えなきゃならない。それがどんなに辛くても、例え人の道に外れていても。
「きっと帰る頃には泣いてると思うから、その時は…慰めてくれると嬉しいな」
 今にも泣きそうに顔を歪めて、綱吉は駆け出した。直感でわかる。今日の任務は日常に終わりを告げる任務だ。非日常を日常とし、彼らの言う”立派なマフィア”とやらになるためのくだらない儀式。



 マフィアなんて、糞食らえだ。








 りぃ…ん
























 着いて早々、冷たく重い銃を渡された。どうやらマトとなる人物は、床に無造作に転がされている男らしい。既に暴行を受けた後なのだろう、肌が露出している部分で血に塗れていない場所はなかった。これがマフィア界における裏切り者の末路だと、身体で示していた。
 あとは綱吉が自らの手でこれを撃つ、と。簡単なことだ。子供でもできる。銃を構えて引き金を引く、ただそれだけでいい。
「………うぅ…っ!」

(撃てるはず、ないじゃないか…!)

 ぶるぶると銃を構えた手を震わせて、マトを見つめた。意識がないのが唯一の救いだが、それでもこの人が笑顔を浮かべて生活している図を想像してしまう。いや、実際近くで見たこともあったのだ。幼い頃、何度か見かけた。面倒見の良い、気さくなおじさん。そんな印象だったのを覚えている。綱吉の知る彼の記憶はそこで止まっていて、ファミリーにとっては裏切り者でも、綱吉にとっては違う。綱吉の記憶にある彼は、自分を裏切ってなどいない。ただ薄れた記憶の中で変わらず微笑んでいるだけ。
(でも、撃たないと…お、俺は…)
 十代目としての期待を一身に受けた綱吉がこの任務ーーー十代目就任のための儀式に失敗すれば、それはファミリーに対する裏切りに等しい。
 マフィアの世界はいつだって血塗れで、冷酷で、そして家族の絆に満ちている。そのどちらもを知ってしまったから、綱吉は逃げられなかった。誰も、逃がしてはくれなかった。

「早く撃ってください、十代目候補」

 綱吉とマトを取り囲む大人たちの一人が急かす。
「……お、俺にはーーー」

 できない。

 その言葉は、言えなかった。
「さぁ、お早く!」
「裏切り者には死を!」
「死を!」
「死を!」
「死を!」

(や、やめて…!)

「死を!」
「死を!」
「死を!」

(嫌だ! 撃ちたくない!)

「死を!」
「死を!」
「死を!」

(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁぁぁ!!)
「嫌だぁぁぁぁぁ!!」

 ズガゥ…ン

 反響する重い音に、場がしぃんと鎮まる。けれど、無音のそれは、綱吉に対する失望を声高に叫んでいるも同じ。
「時間切れです、十代目候補」
 綱吉は、撃てなかったのだ。
 また、だ。また、期待に応えられなかった。これで何度目になるのだろう。
「お、俺…!」
「残念ですが、十代目就任はまたの機会に」
 綱吉の手から、使われることのなかった銃を抜き取って、男ーーー綱吉の代わりにひとつの命を奪った青年が肩を落とす。
「…ご…めん…ごめんなさい…ごめんなさい…っ」
 崩れるように膝を折って、綱吉は涙を零して謝るしかなかった。

 何に対して謝っているのか、自分でもわからなかった。
























 ざわり…

 桜の枝が綱吉を迎えるように揺れた。時刻は深夜をまわり、辺りは漆黒と呼ぶにふさわしい。しかし桜の黒い幹はぼんやりと浮かび上がるように存在を主張していた。

「…ただいま」

 りぃ…ん

「はは、やっぱり泣いちゃったよ…」
 樹齢数百年はありそうな太い幹にもたれるように縋り付く。何故だか少しだけ、温かい気がした。気のせいであっても、今の綱吉にはありがたかった。
「俺さ、皆の期待に応えなきゃいけなかったのに、できなかったんだ」

 りぃ…ん

「なんでこんなことになっちゃったのかなぁ…。昔はただ皆優しくて、家族同然で、大好きだったのに。今も、大好きなのに…」
 昔はあんなに血生臭くなんてなかった。皆で笑い合って、ふざけて、ノーテンキな毎日で、誰もあんな冷たい目をしてはいなかった。
 …いや、本当は違ったのかもしれない。綱吉の前であんな目をすることがなかっただけで、本当はずっとずっと、彼らは血塗れだったのかもしれない。今でも皆優しいけれど、でもその裏で彼らは血に手を染めているのは事実だ。幼い自分が気付かなかっただけで、ずっとそうだったのかもしれない。自分が愚かだっただけなのかもしれない。
「……今日はさ、今まで一緒に過ごしてきた人を、俺に殺せってさ。その人がファミリーを裏切ったから…」
 でも、裏切りってなんだろう。家族と呼び合っていた人を拷問して殺すほどのことなのか。そんなことをするのが就任の儀式なのか。そんなくだらないことの先に待つ頂点に、何の意味があるのか。どうしてそれを自分に強要するのか。綱吉には、どうしたって納得できなかった。
「…そんなの、俺にできるわけないじゃないか…!」
 本当はあの時、身を挺してでも止めたかった。でも、できなかった。それはきっと”裏切り”だから。自分には皆を裏切る勇気がなかったから、皆を裏切る代わりにあの人を裏切った。大を取って小を捨てたのだ。
「もう、嫌なんだ…もう、やめたい…普通でいたい…でも、皆を裏切れない…! 俺が俺じゃなければ良かったのに!」

 りぃ…ん

「誰か助けてよ…!」

 ざわり

 ざわざわざわ

 綱吉の視界に真っ白なカケラが一斉に舞い散った。
「え…!?」
(桜の、花びら…?)


「僕が、代わってあげましょうか」


 突如響いたのは、耳に心地良い、甘く低い声。頭の中に直接伝わるような、振動を介さない声なき声。
 驚き戸惑って辺りを見回せば、視界を覆うほどの桜の奔流の中、暗闇に淡く浮かぶ人影があった。黒にも青にも見える髪に、整った顔。その眼差しは怜悧だが、紅と蒼の異なる2色のコントラストが綱吉を魅了してやまない。髪の色に近い紺色で統一された、浴衣に似た和装姿で、浮世離れした印象を受ける少年が立っていた。
「だ、誰…?」
 恐る恐る尋ねれば、くすりと妖艶な笑みが返って来た。
「僕は骸と申します。あなたの名前は?」
「さ、沢田綱吉…」

 ぎし…

 ほんの一瞬、空間が軋んだような未知の感覚にとらわれる。
(な、何、今の…?)
 しかし綱吉の思考を遮るように、骸と名乗った少年は口を開く。 「沢田綱吉…では、綱吉くん、と呼んでも?」
「え! あ、ああ、うん」

 ぎし…

(また…!)
 訝る綱吉を楽しげに眺めて、骸と名乗った少年は笑みを深めた。
「ねぇ、綱吉くん。そちらへ行ってもいいですか?」
「え? え、えっと、それは構わないけど…」

 ぎし…

(なに、これ…!?)
 何がどうおかしいのかはわからないが、嫌な予感がした。そしてもう戻れない予感も。
(一体何がどうなってるの!?)


「綱吉くん」


 気付けば、骸は綱吉のすぐ目の前に立っていた。手を伸ばせば届くほどの距離で、2色の瞳はじっとりと綱吉を映す。そこに何か不自然なものを感じて、綱吉は目を凝らした。
(え…!?)
 よく見れば、遠くを舞い散る桜が彼の身体を透けて見えている。夜闇の濃淡も星の輝きも、骸を透過して薄くぼんやりと、だが確実に見ることができた。少年の身体は、透けていた。
(にっ、人間じゃ、ない…?)
「あっ、あのーーー」

「綱吉くん、君に触れてもいいですか?」

 名前を呼ばれた瞬間、頭の中に奮えがはしった。
「あ、あぁ、あ、は、はい…」
(身体が勝手に返事をーーー!?)

 ぎし…っ

(それにこの感じ、さっきより強くなってる!)
 綱吉の戸惑いなどおかまいなく、するりと滑らかに骸の手が伸びて綱吉の頬にそっと触れた。半透明で光を透すその手は、ひんやりとしていたが人の肌の感触だった。
「…あ…」
 足の力が急激に抜け落ちて、立っていられない。重力が何倍にもなったように綱吉を襲って、容赦なく地面が近づいた。
「う…あぁ…!」
 ぐらりと世界が揺れる。

 とさ…

 しかし倒れ込んだ身体は骸の細く透けた胸に抱き留められた。
「綱吉くん」
「ぅ…はい…」

「僕と、契約して下さい」


 ぱきんっ


 もう戻れないかもしれない。どこか遠くの出来事のように感じながら、綱吉の意識は暗い淵へと落ちていった。

   何かが壊れる音を、聞きながら。


































「おはよう、母さん」
 いつもの遅刻寸前の起床時間よりずっと早く起きて来た息子に、母ーーー沢田奈々は驚いたように目を見開いた。
「ツッくん、今日は早いのねぇ! ごめんね、まだ朝ごはんできてないの」
「急がなくていいよ母さん。顔洗ってるからゆっくり作ってて」
 そんな模範的な言葉を選んで、綱吉は何食わぬ顔で洗面所へ向かった。
「………」
 鏡にうつる姿に、綱吉はわずかに口角を上げた。そうすれば、途端に愛らしい笑顔が出来上がる。久しぶりに得た肉体は、随分とかわいらしかった。
「…クフフ…」
 あぁ、いけないいけない。あの子らしく振る舞わなければ。

















 どうやら彼は遅刻ぎりぎりに走って登校するのが当たり前だったようで、道行く生徒たちの一部ーーークラスメイトと言うらしいーーーが綱吉の顔を見て大層驚いていた。そしてその中にはいなかったが、彼の友人と呼べるのは、クラスにたった二人だけ。他のクラスメイトたちとの仲は疎遠らしい。実に好都合だった。

「…沢田?」

 しかしその低い声に、思考は打ち砕かれた。
(この、気配は…)
「…雲雀、恭弥…?」
 忘れもしない、忘れられない名前は、なぜか綱吉の記憶の中にも存在した。綱吉の通う並盛中学の風紀委員長にして実質支配者である、雲雀恭弥だ。真っ黒い髪に真っ黒い学ランで、いつでも颯爽と自分の道を往く、そんな彼のような生き方に綱吉は憧れている節があった。
「珍しいね、遅刻魔の君がこんなに早いなんて」
 そして何かと遅刻が多い綱吉は雲雀と顔見知りだった。
 これは少々計算外だ。さて、どうするか。
「…沢田?」
 固まったように動きを止めた綱吉を不審に思った雲雀が、無遠慮に綱吉の顔を覗き込む。
「はっ…? あ、いえ、雲雀さん、おはようございます」
 まるで今気付いたかのような反応を返しながら、綱吉はにこりと微笑んだ。
「たまに早く来たかと思ったら、まだ寝ぼけてるみたいだね。授業中に居眠りだけはしないように気をつけなよ」
「はは、わかってますよ」
 じゃあ、と綱吉は軽く流して校舎の方へ歩き出す。

「…沢田!」

 急に呼ばれて、綱吉は緩やかに振り返り不思議そうに首を傾げる。
「どうしました? 雲雀さん」
「………いや。君、髪に桜の花びら付いてるよ。僕は桜が嫌いなんだ、気をつけてよね」
「ああ、はい。ごめんなさい」
 適当に頭を手で払いながら、後でトイレに行って確認することにしよう、なんて考えて、綱吉はのんびりと歩き出した。



「………あの桜…まさか…」

























「骸…さん。雲雀さんを知ってるんですか?」
 鏡で髪についた花びらを探しながら、鏡に向かって尋ねる。
『クフフ…彼の一族とは少し因縁がありましてね』
 鏡の中に、ぼんやりと和装の少年が映り込む。鏡の中の綱吉の背後、少し離れたところに佇んでいる。そちら側の世界では、それが当然であるかのように彼は綱吉とともにあった。
 骸、と名乗った彼は、正確には六道骸神と言うらしい。彼の言葉を信じるのなら、名前からわかる通り、神…ということになる。しかも、桜の古木に永く封印され続けていた禍神、吉凶で言えば限りなく凶に近い神であると。とてもそうは見えないけれど、綱吉は不思議と確信を持っていた。
『綱吉くん、僕がとってあげますよ』
 その証拠に、綱吉くん、と名前を呼ばれる度に何かびりっとした強制力のようなものを感じる。そして気づけば口は勝手に、どうぞ、と言っていた。彼に操られているーーーそんな思いが首をもたげたけれど、どうしてか不快ではなかった。
 鏡の中の骸が消えて、入れ違いに背後から透けた手がふわりと下りてきて、綱吉の髪を揺らした。
『はい、とれました』
 骸は綱吉の身体にしか触れられないのだとか。綱吉が自身の口から名前を教えたから。骸が新しい名前を与えたから。骸にとっての綱吉、綱吉にとっての骸。それは外界から切り離されたひとつの別空間であり、互いに互いの特別な存在であることを示していた。マフィアだとか、そんなこととは比べられないくらいの非日常がそこにある。
「…ありがとうございます」
 鏡に映る自分の横をひらひらと桜の花びらが舞い落ちるのを確認して、礼を言う。不思議なものだ。非現実的なことが続いているはずなのに、どうしてかもう違和感を感じない。これが自然で、当たり前で、すごく心地が良い。
『どういたしまして』
「……あ、あの…」
『なんです?』
「いえ、いつまで触ってるのかと」
『ああ、これは失礼』
 骸は無意識のうちに綱吉の髪を撫でていた手を引っ込めた。
『触り心地が良いもので、つい』
「そうかなぁ…?」
 くいくいと綱吉は自分のツンツン跳ねた髪を引っ張ってみた。昔から筋金入りのくせっ毛で、骸のようなさらりと流れる黒髪には憧れたものだ。
「俺は骸さんみたいな髪が良かったな。寝癖とかなさそうだし」
『クハっ、寝癖ですか? 禍神とは言え僕も一応神ですから、寝癖とはさすがに無縁ですよ』
 寝癖発言は骸のツボに入ったらしく、彼は全身を震わせて笑い出した。そうしていると、ごくごく普通の、少し見目がいいだけの少年にしか見えない。
(こんなんで神様だなんて、ちょっと卑怯じゃない?)
『今、失礼なこと考えたでしょ』
「よ、読まないで下さいっ!」
『おや、図星ですか? ひどいですね』
「………騙したんですか」
『クフフ、安心して下さいよ。僕を宿しても心の機微までは読めませんから。まぁ余程読まれたくないなら、あまり大きく心を動かさないように心掛けることです』
 くすくす笑ってなかなか恐ろしいことを言ってのける。逆に言うなら、心の動きが大き過ぎれば伝わってしまうということなのだから。感情を抑えるなんて、繊細だなんてとてもじゃないが言えない綱吉にとっては不可能に等しい。
(…結局読まれるんじゃんか)
『結局読まれるんじゃないか…ですかね』
「…!」
『クフフ、また図星。あぁ、読んでないですよ? 君がわかりやす過ぎるだけです』
「…悪かったですね、単純で」
『いいことですよ、嘘ばかりの輩よりよほど好感が持てる』
「嬉しくないですよ、そんなーーー」
 ぴくり、と綱吉の中の何かがうずいた。

「誰っ!?」

 気配を読むなんて高度なことはできないが、直感で接近を知ることはできる。勢い良く振り向けば、案の定入り口の磨りガラスに影が落ちていた。

「あ、えーと、ツナ? もうすぐ授業始まるぜ?」

 少し驚いたように入って来たのは、綱吉の数少ない友人の一人、山本武だった。どうやら用を足しに来たわけではなく、あくまで綱吉を呼ぶために来てくれたらしい。タイミングは悪いけれど、その気持ちは素直に嬉しかった。
「や、山本! もうそんな時間だったんだ。わざわざありがとう」
「いや。…なぁツナ、さっき誰かと話してなかったか?」


「ーーーううん、誰とも?」




















「……」
 その日の夜、街が寝静まった頃。ひとりの黒衣の少年が迷いのない足どりで細い路地を進んでいた。正しい道順を辿らねば決して辿り着けない、特別な場所を目指して。
 あそこはそういう場所だった。ーーーそのはずだった。
 なのに、なのに何故。

「どうして封印が解けてるの…!」

 漆黒の空を覆わんばかりに広がるのは、真白い桜。舞い散る花びらは風を感じないかのように自由に揺らめき、雲雀の肩や髪に落ちてくる。
「く…っ」
 白の洪水に平行感覚が狂う。
 桜は嫌いだ。特にこの狂桜は。
 あいつの臭いが、するから。

「どこへ行った、六道骸…!」

















「ツナぁ、そっち行ったぞー!!」

「…へ?」
 知った声に振り向けば、太陽を背に白球が豪速で迫っていた。
「嘘ぉっーーーっとと」

 パシィッ

 かなりの勢いのそれをグローブも嵌めてない右手でとって、綱吉ーーー骸は小さく溜め息をつく。
「危ないですねぇ、まったく」
 右手で白球ーーーボールと呼ぶらしいーーーを玩びながら声のした方向を見れば、綱吉の数少ない友人である山本が驚きながらも手を振っていた。ボールを投げろ、という意味だろう。
「こんなことのどこが楽しいのか理解に苦しみますね」
 適当に、しかし的確にボールを投げながらもう一度大きく溜息をついた。綱吉たちが体育とかいう授業を始めてから、ただボールを投げ合ったり、それを棒で打ち返したり、そしてそのボールを捕ってまた投げるの繰り返しだ。かなり不毛な気がする。見ているのにも飽きたし、何より綱吉が失敗する度にダメツナだのなんだのと罵られるのは見るに耐えない。そういう連中を棒ーーーバットとかいうらしいーーーでめった打ちにでもした方が余程楽しそうだ。
「試しにやってみましょうかーーーおや?」
 刺すような視線を感じて、そちらを見やる。

「……雲雀恭弥」

 骸のどこまでも見通す視界に飛び込んだのは、校舎の窓からグラウンドを見下ろしてこちらを一心に睨み付けている黒衣の少年ーーー雲雀恭弥。そう言えば、確かあそこは応接室と言いつつ風紀委員長である彼の私室同然の部屋だったはず。
 それにしても、最初は驚いたものだ。あんなに小さかった彼が、いつの間にやら人を顎で使う立場に君臨していたのだから。月日が経つのが早いのか、人の老いるのが早いのか。どちらにしろ、骸にとっては喜ばしいことではない。
「あんなにじっと見つめちゃって、不躾ですねぇ。親の顔が見たい…いや、見たくてももう見れないんでしたっけ」
 顔に似合わない意地の悪い笑みを浮かべて、綱吉ーーー骸は雲雀の方へ小さく手を振った。
「まぁ、僕のせいですけど。でしたよねぇ、雲雀恭弥?」
 声は届いていないだろうに、同時に雲雀の表情が歪んだのを見て、骸は声を出して笑ってしまった。ああいう反応が、いちいち可愛らしい。

「ツナー、チェンジだぞー!」

「あ、うん! 今行くー!」
 山本の声に綱吉はくるりと表情を変えて朗らかに返事をし、バッターボックスの方へと駆けていった。





















「ねえ、骸さん。さっきなんで笑ってたの?」
 歩道に長く影を伸ばしながら、綱吉が尋ねる。周りに人はいないから不審がられる心配もない。
 すると、脳裏に直接答えが返って来た。
『だって彼のあの顔ったら、身体は大きくなっても中身は全然変わってないんですもの』
「雲雀さんが小さい頃からの知り合いなの?」
 見た目で判断するなら骸も雲雀と大して差がない年齢に見えるのだが、神にそういった時間の流れが存在するのかも疑わしいので、幼なじみなんて有り触れたものではないのだろう。ちらりと垣間見せる苦い思いとでもいうのか、忌々しさのようなものを感じることから、仲良しという線はとっくに消えている。
『ええ、まあね。弱いくせに眼光ばかり強くて、小さな身体で精一杯強がっててね。本当、可愛くて可愛くて…つい虐めたくなる』
「雲雀さんが弱い? しかも虐める? 想像できないけどなぁ…」
 なんと言っても鬼の風紀委員長だ。仕込みトンファーの餌食になった人は数知れず、病院送りは当たり前。打撲? 骨折? それくらいで済んで良かったね、くらいのツワモノである。
 斯く言う綱吉とて、あのトンファーの狂悪さは身をもって体験済みだった。マフィア仕込みの受け身(あくまで後手なのが悲しい)でなんとか軽傷で済んだものの、あれは奇跡に近かったと今でも思う。それが奇妙な縁となって、今では会う度に会話を交わす仲になっていたけれど。
『クフフ、本当ですよ。まぁ、僕もあちらには随分とお世話になってるんですけどね…』
 骸の何気ない言葉に、綱吉の背中にぞわりとしたものが駆けた。言葉の裏に潜むわずかな感情。それが何かまではわからないが、綱吉を不安がらせるには十分だった。
「え…ど、どういうーーー」
『おや、噂をすれば…』
 いつの間にか、道の真ん中に見覚えのある黒い影が立ちはだかっていた。
『綱吉くん、少し身体をお借りしますよ』
「えぇっ? むくーーー」
 言うが早いか、骸は強引に綱吉の意識を心の奥へ沈ませる。
「この方が話が早いのでね」
「何ぶつぶつ言ってるの」
「ああ、いえ、こちらの話です。それで? こんなところでどうしたんですか、雲雀さん」
 綱吉を装って、骸が微笑む。
「…君、どこかで古い桜を見なかった?」
 雲雀は疑いを隠しもせず、探るように綱吉を見つめた。骸は内心で感心しつつも演技を続ける。
「桜、ですか? そこらに生えてるやつじゃなく?」
 白々しくも、道沿いに薄い紅色の花びらを落としている桜の木を指差す。日本全国、大抵のところに桜はあるものだ。ちなみに並盛中学校内の桜は、桜嫌いの雲雀の命令で全て抜かれてしまったのだが。
「違うよ。こんなんじゃなくて、もっと大きくて古い、花を付けないはずの桜の木」
「花を付けない桜なんてあるんですか? 少なくとも俺は知りませんけど」
「………昨日の朝、君の髪に桜の花びらが付いていたよね。あれはどこで付いたの? 君はあの桜を知ってるんじゃないの?」
「あれ? 花を付けないんでしょう? 昨日の花びらはたぶん、通学路の桜のどれかですよ」
「………」
「どうしたんです?」
「………」
「変な雲雀さん。用がないなら、俺はこれでーーー」

「止まれ、六道骸」

 ぴくっ

 一瞬、ほんの僅かに綱吉ーーー骸は動きを止めた。
 雲雀はみるみる顔を歪めて、袖に仕込んでいたトンファーを瞬時に構える。
「…やっぱり。どうして沢田の身体に憑いてるの!」
「…クフ、クフフ。なるほど、ちゃんと成長してるんですねぇ。なかなか強力な言霊だ。僕を僅かなりとも縛るとは」
 しかし骸は動じることなく、悠然と微笑んだ。顔のパーツは綱吉そのものでも、明らかに別の意思であることがわかる、綱吉には似合わない超然とした表情だった。
「質問の答えになってないよ、六道骸。僕はどうして沢田に憑いているのかって聞いてるんだ」
 再び名前を呼ばれて、骸は雲雀の言葉に強制力を感じた。かつて戯れに名を教えてやった時には、まさかこんなにも力をつけるとは思わなかったが。
「なるほど。ちょっと前まで無力で可愛いらしかったのに、今は小憎たらしい限りですか。その努力に免じて答えてあげたいところですが、生憎とそれは僕が口にすべきことじゃない」
「何をーーー」

「…え、む、骸さん…!?」

 変化は突然だった。雲雀のよく知る無邪気な声。そこにあの底冷えのする響きはない。
「…!」
 自身も突然の変化についていけず、綱吉は彼らしい様子で慌てふためいた。いつもの、彼だ。雲雀を恐れず、ごく自然に接してくれる、彼。
「い、いきなり過ぎますよ、骸さん!」
 不機嫌を通り越して殺気すら放つ雲雀を見て綱吉は更に慌てるが、頼みの綱である骸はくすくすと脳裏に笑い声を響かせるだけで助けてくれそうにない。
「ど、どうしろって言うんですか!?」

「…どうして? どうしてそんな普通にしていられるの…!」

「え…?」
 滅多なことで感情を表さない雲雀が、怒りに声を揺らしていた。
「君、アレがなんだかわかってる? いいように利用されてるって理解してる?」
「え、え? い、いえ、あの…!」
 何がどうして雲雀を怒らせたのかもわからない綱吉は、ただ混乱するばかりだ。
「アレが桜の古木に封印されてたのはわかるよね。封印されるってことは、それだけの理由があるんだ。君は事態の重さがわかっていない」
「い、いや、でもーーー」
「アレはこの世に必要のない存在だ!」

「ち、違う!!」

「…!?」
 突如張り上げられた声に、雲雀はわずかに目を瞠った。
「あっ、す、すいません…! で、でも、骸さんは必要のない存在なんかじゃありません! 少なくとも、俺には骸さんが必要です。……あの人しか、俺を救ってくれないもの」
「…救う? どういうこと!」

「……さあ、どういうことでしょうねぇ?」

 再び声のトーンが変わり、綱吉の表情が冷たい微笑に変わる。一瞬のうちに骸の意識が浮上していた。ほんの少しの、喜色とともに。
「ちょっと! 僕は沢田と話してるんだ。邪魔をしないで!」
 雲雀が殺気をにじませて低く吠えるが、対する骸は笑いを抑えられないというようにくつくつと声を漏らした。
「何がおかしいの!」
「だって、僕も沢田綱吉なんですから」
「何を言ってーーー」
「これからは、僕と綱吉くんの二人で“沢田綱吉”をやるんですよ」
「何、それ。どういう意味!」
「ぷっ、クフフ…いけないいけない。久しぶりに外へ出たものだからつい喋り過ぎてしまいました。ごめんなさい、綱吉くん。そう怒らないで」
「ちょっと! 答えて六道骸!」
「……雲雀さん、俺です。これ以上のことは言えません。ごめんなさい…」
「…沢田…っ」
 言霊は本人が相手でないと意味をなさない。そして、綱吉にーーー人間を相手に言霊を使うのは禁じられている。雲雀は歯痒い思いを噛み締め、ただ綱吉とその奥に潜む骸とを睨みつけることしかできなかった。
「…心配してくれてありがとうございます。でも俺、大丈夫ですから」
 突き放すように告げて、綱吉は桜の舞う道を真っ直ぐに歩き出した。

「ーーー沢田!」

「…何ですか」
 少し迷ったが、綱吉は足を止めて振り返った。雲雀の声はひどく真摯で、痛いくらいだったから。
「僕の使命は六道骸を封印することだ。それだけは譲れない」
「……」
「もし君があくまで拒むのであれば、君を傷付けてでも僕は骸を封印するよ」
「ーーー構いません。でも、俺だって抵抗くらいはしますよ」


 俺にも、譲れないものくらいある。























狂桜と書いて『くるいざくら』と読んで下さい。設定も何も説明がないまま始まった不親切な話ですが、語るべき設定がそもそもないというか、後々明らかになってくるというか…。後々がいつになるかは気にしない気にしない。今後の方針等についてはMemoをご参照下さい。

2008.4.16

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