もやもや




「ん…うぅ……ぐ…ぅ…」

(待って!)

「うぅ…ん…」

(行っては駄目です!)

「…んん…う…!」

(嫌だ! 行くな!)

「うぅ…ぅ…!」

(犬! 千種! 凪!)

「ぁ…ぅう…!」

(…ジョット!!)
「…ジョット!!」

 がばっ、と勢いよく布団ごと起き上がる。その手は何かを繋ぎ止めようとするかのように、何もない空中に伸ばされていた。
「はぁ…っはぁ…はっ…!?」
 半ば呆然としながら辺りを見回せば、いつもの見慣れた部屋だ。主の性格がそのまま現れた、殺風景な自室。骸の部屋。
「はぁ…はぁ…は……ぁ…」
 ゆっくりと腕を下ろしながら、乱れた呼吸を落ち着ける。全身から嫌な汗が噴き出して、心臓は未だにバクバクとうるさく脈を刻み続けていた。

「…夢…」

 最悪の、夢だった。もう細部は思い出せないけれど、いつかの光景に近い夢。犬も千種も凪も、そしてジョットすらも失う悪夢。
「……」
 所詮夢は夢。悪夢にうなされるなど慣れていたはずだ。
 布団をかぶり直して目を閉じる。
「……ぅ」
 だがすぐに目を開けてしまった。瞼の裏に焼き付いているかのように、悪夢の映像が再生されるのだ。凪たちやジョットの苦悶の表情が浮かんで骸を苦しめる。
 目を閉じるのが怖い。
 また失うのが怖い。
「……」
 何故だか無性に寒くて、身体が震えた。布団を頭までかぶっても、一向に震えはおさまらない。
「……」
 仕方なく、ベッドをするりと下りて歩き出す。その足は自然とジョットの部屋へと向かっていた。





















(あ〜…やっと眠れるよ〜…)

 慣れ親しんだベッドがいつもよりふかふかしているように感じるのは気のせいだろうか。かちこちに凝ってしまった鉛のような身体には酷く魅力的な感触だ。
(サインのし過ぎで指の感覚なくなってるし…)
 布団の中でにぎにぎと手を動かすが、本当に動かせているのかわからないくらいに感覚が鈍っている。なのにいつまでもペンの感触は消えない。ずっとこのままだったらどうしよう、なんて馬鹿な考えが浮かんでは消えた。
 それにしても、今日(もうとっくに昨日だが)の書類はまた特別多かった気がする。それというのも、雲がどこぞの悪代官みたいなじじぃを殴り飛ばしたのが原因だとか。
(困ったもんだよなぁ、あの人にも。悪人とは言え一応老人なんだから、大切にしてくださいよ)
 本人いわく、殴ったのはたった一発らしいーーー彼なりの気遣いなのかもしれないーーーのだが、ばっちりトンファー使用で当然ながら相手は重傷。その結果、あっちは悪事を否認するわ、治療費の請求はこっちに来るわ、意地になった雲からの報告書はたんまりだわ、イラついた雲が破壊した壁の修繕費までなぜか払わされるわで、散々だった。もちろんそれらに関わる全ての書類に直筆のサインが必要なわけで。なんだかもう笑いたくなるような量だった。実際笑いながら泣いた。

(はぁ…さっさと寝よ寝よ…)

 つまるところ、今のジョットはへとへとなのだった。


「〜〜〜〜?」
「〜〜〜」
「〜〜〜〜〜」


(…ん?)
 部屋の外、嵐の部下2人が待機しているはずの廊下から小さな話し声が聞こえる。気になってそちらに意識を集中すれば、会話の一部が聞き取れた。


「…ああ、緊急の用だ。ボスの護衛は俺がやるから、今日はもう戻っていい」
「は。しかし、ボスは疲れておられるので誰も通すなとのことですが…」
「緊急、と言ったはずだ。ボスもわかってくださる」
「は、了解いたしました」


(…この声、嵐か? いや、違うな、この独特の違和感は…)

 カチ…

 音になるかならないかくらいの空気の振動とともに、ドアが開けられた。ボスの部屋ということもあって、ドアにしても窓にしても床にしても何かと音が鳴るように作られているはずなのだが、真夜中の侵入者にはあまり効果がないようだ。

(……骸…?)

 直感がなければ全く気付かないほどに完全に絶たれた気配。
 足音もないけれど、わずかな空気の動きで伝わる小さな身体の侵入。そして何より廊下で会話をしていた時の違和感が、目を閉じたままのジョットに骸の存在を伝えていた。
(えーと…)
 どうすればいいのだろう。というか、どうしたのだろう。こんな真夜中に骸がやってくるのは珍しい。しかも守衛を騙してまで来たのだから、よっぽどだ。なんだかんだで人払いまでしているし。
(なんか目を開けにくいなぁ…)
 そして骸はどうやらジョットを起こしたくないらしい。それでいて骸はどんどんジョットの眠る(タヌキ寝入りだが)ベッドへ近付いてくるのだから、反応に困る。
(……もう少し寝たフリするか)
 興味もあって、ジョットは目を閉じたまま全神経を骸に向けて待つことにした。

「………ジョット」

 ぴくり

 突然呼ばれたことで自然と身体が反応してしまう。
(よ、呼ぶのかよ!?)
 ここまで気配を消したくせに、まさか名前を呼ばれるとは思わなかった。
(でも妙に小さい声だな。ひょっとして、寝てるかどうかの確認とか?)
「ん、むぅ…」
 そう見当をつけて、適当に唸りながら寝返りをうってみた。結果的に骸に背を向ける形になってしまったが、致し方あるまい。
(さて、どうでるかな?)

「……」

 ごそごそ

(ん…?)
 なんだか背中のあたりがくすぐったい…と思ったら、冷えた空気と一緒に何かが潜り込んできた。

(…え…ええぇぇぇぇ!?)

「…んぅぅ…?」

 動揺ゆえか若干わざとらしくなってしまいながら、再度寝返りをうつ。

(う、嘘…!)

 微かに聞こえる自分以外の呼吸音。申し訳程度に沈むベッド。目と鼻の先に、骸を感じる。すなわち、とんでもない事態だ。
(め、珍しいというかなんというかーーーって…!?)
 どうしたものかと考えあぐねているジョットの手に、体温の低い手が触れた。間違いなく、骸の小さな手だ。信じられないが、そうとしか思えない。
(本当どうしたん…骸?)
 手を伝って感じられる微かな震えは、ジョットの思考を止めるには十分だった。縋り付くような手は、普段の骸からは考えられないほどか弱くて。

「……離れないで…」

 ぽつりと零れた掠れた声に、ジョットはぱちりと目を開いた。
「……骸?」

 …すぅー…

(もう寝てる…)
 身体を丸めてただただ寄り添う骸は、いつもよりずっとずっと小さく幼く見えた。
「…何か嫌なことでもあったか?」
 骸の顔にかかった髪をよけてやりながら、小さく尋ねる。答えはもちろんないけれど、ジョットは気にせず骸の背に腕をまわして抱き寄せる。寝汗をかいたのだろうか、その震える身体は冷えきっていた。
「馬鹿だなぁ、骸。俺はここにいるよ」
 起こさないように、しかししっかりと腕の中に収めれば、骸の表情が僅かに安らいだ。
「ほら、な?」

「……ん……ジョ…ト…」
「ん?」
「……」
「はは、なんか本当に子育てしてるみたいだな」
「……ジョ…ッ…ト…どこ…」
「ここにいるよ、骸」
「……ん…」

「こういうの、幸せって言うのかな…」

























「〜〜〜〜なっ、なんであなたが僕の隣で寝てるんです!?」

「んぁ〜……ぁわぁっ!?」

「ボス〜、朝ですよーーーえあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」

 骸がそんな声とともに顔を真っ赤にしてジョットを蹴り落としたのと、たまたま起こしに来た雷がいろんな意味で悲鳴をあげたのはほぼ同時のことだったとか。

















結果、皆さんそれぞれもやもやしましたとさ。
骸さん、実は無自覚なんです。低血圧なのに起きてすぐ出歩くからですかねー。
でもって、我が家の雷さんは嵐さんと同じポジション。すなわち、いじられキャラ。でも正直あまり10年後ランボとかの台詞を知らないので、どんな口調なのか自信がありません。だから台詞はたった一言(叫び?)です。

そしてまた寝てる骸さん。ホント寝てばっかですな〜!(あたしのせい)

2008.4.24