10.
あの頃は何もかもうまくいかなくて、つまらない毎日だった。
昼下がり、簡単な会食も終わって食後のお茶をしながらのこと。会場となったボンゴレ邸の一室には、ボンゴレ十代目こと沢田綱吉君の他に、彼の右腕たる獄寺隼人君とその部下数名、さらに僕について来てくれた正チャンがいた。
特にこれと言った抗争もないためまったりとした空気が漂うの中、僕はひとつの石を投じた。
「辺境のボヴィーノ・ファミリー。あそこ、ウチにくれない?」
一瞬、しんとなる。
「ははっ、それは無理な話だよ」
けれど僕の希望はあっさりと却下された。何が「ははっ」だ。そう思っても表情には出さなかった。顔の筋肉を動かすのすら今は面倒に思える。僕はこいつのことが大嫌いだった。
初めて会ったのは、確か十年くらいだったかな。高校生になるかならないかくらいの若い彼が、血筋を重んじるボンゴレファミリーの十代目に就任した時の祝宴会でのことだった。それはボンゴレと同盟関係にあるファミリーはもちろん、それ以外のファミリーにも門戸の開かれた盛大なものだった。当時まだちっぽけだったウチまで招かれたくらいだ、その規模と影響は凄まじかった。乗り気じゃなかったけど、僕は体裁のために一応参加していた。そこで、彼と初めて会った。いくら若いと言っても僕とあんまり年も変わらないはずなのに、いろんな意味で幼くてびっくりした覚えがある。いかにもクラスメイトな守護者を連れて、修学旅行にでも来ているのかと思ったくらいだ。そんな彼らを見送って、権力も何も持たない僕は花道の脇でただニコニコしていた。拍手もしてやった。彼は覚えてないだろうけど、握手もしてやった――いや、してもらった、か。困ったような表情が印象的だった。よろしくお願いします、とか言われたような気がする。僕も同じように返した気がする。ああ、そうだよ、消し去りたい過去だよ。僕は、いかにも流されてますって感じの彼が最初から嫌いだった。
そんな彼が、今じゃ多数の幹部を従えて僕に対峙している。人間わからないもんだね。
僕はいつもの胡散臭い笑顔(自分で言うのもどうだろう)を適当に貼り付けて、適当に返す。
「せめてもうちょっと悩んでから結論を出してくんないかなぁ、ツナ君」
「悪いけど、悩むまでもないよ」
またバッサリか。悪いとか思ってないでしょ実際は。躊躇してよ、少しは。
ボンゴレとほぼ対等の条件で同盟を組んだはいいけれど、それは彼をとんでもなく調子に乗らせてしまったみたいだ。前々から思っていたことだけれど、面倒がないのはやっぱり共存より支配だよね。どちらが主人でどちらが卑しい下僕なのか、双方がしっかりと理解することで安定した関係が生まれる。もちろん僕は前者。僕の性にマッチしてるもの。
「僕が『お願い』してるってのに、聞いてくんないの」
「聞けないよ。知っての通り、ボヴィーノには不可侵条約がある。親交の深いボンゴレだって、ボヴィーノの内部に立ち入ることはないんだ。新参のミルフィオーレでは話にならないさ」
「新参だとか古参だとか、マフィア界は早い者勝ち社会なわけ? わからないなぁ、そういう価値観。大事なのは辿った道じゃない、今この瞬間でしょ。弱者は強者に従うべきだよ」
「価値観について終わりのない議論をする気はないよ、白蘭」
ああほら、ホント調子に乗ってるよね!
ドン・ボンゴレ、なんて大層な肩書きに似合わないハニーフェイスの彼は、困ったような呆れたようなムカツク苦笑を浮かべていた。やれやれ、とか、仕方ないなぁ、とか思っているんだろう。あーやだやだ、対等な条件での同盟だからって上下関係がないと思わないでほしいな。かつて僕は、確かにボンゴレを崖っぷちまで追い込んだんだから。僕は今でも覚えているよ。ズタボロになって、ダッサい根性ばっかり振りかざすしかなかった君たちの姿を。あの時のボンゴレファミリーの有様は素晴らしく愉快だったね。……なのに今じゃコレだ、やってられない。
アレさえなければ、面倒な同盟なんて組まなかったのに――。
「なあ、白蘭。お前は十年バズーカだけじゃ満足出来ないのか?」
「!」
その言葉に反応したのは僕だけではなかった。彼の傍らに空気のように付き従っている獄寺隼人君も、会議室の四隅に立つその部下たちも、そして僕の隣に座る正チャンまでもが息を呑んでいた。
そう、大事なのはそれだ。オーパーツクラスの未知の塊、十年バズーカ。単純に奪うだけで済めば簡単だったものを、人体実験の経験――もとい使用経験やその研究はあまりにも魅力的過ぎた。経験から得た知識や考察は略奪では得られないとわかっていたから、バズーカ及び研究員の譲渡を同盟締結の唯一の条件としたんだ。間違った判断だったとは今でも思わないけれど、あんなにも厄介な代物だなんて正直誤算だった。もちろん、正チャンたちがよくやってくれてるのはわかる。でも、僕の理想にはまだまだ届かない。バズーカを生み出したボヴィーノそのものの力が必要だ。
譲渡を最後まで拒んでいただけに、ボンゴレ側はこの件に関して無駄に慎重だった。
「ボヴィーノの知識まで欲して、時間旅行はそんなにも魅力的なものかな。メリットよりデメリットの方が大き過ぎる。下手をすればこの時空が壊れてしまうよ。過去と今となら、優先すべきは今だろう。……過去は、変えちゃいけないんだよ、白蘭」
ツナ君は子供に諭すように丁寧に告げた。うざったい。そんなのは百も承知だ。でも僕にはどうしても必要なものなんだ。
「……誰だって、やり直したい過去のひとつやふたつ、あって当然だと思うけど。犠牲がどうとか言う余裕なんてないよ」
僕は、たったひとつの願いのために十年バズーカを欲した。同盟を組んだのもそのためだし、今こうして大嫌いなボンゴレサイドと仲良しこよしのフリをしてるのも、全部そのためだ。どうしてもやり直したい過去があるんだ。納得のいかない今があるんだ。パラレルワールドなんていらない。タイムパラドックスを超越し、今この瞬間の現実を変えたい。
いや、変えなきゃいけないんだ。
……でも。それは、僕だけの願いなのかな。僕よりももっと、醜く地を這ってでも過去を変えるべき人物は他にいるんじゃないのかな。
「ねえ……」
例えば、そう。
――お前だよ、沢田綱吉。
「君は、失った人を取り戻したいとは思わないのかな」
「……!!」
動揺を隠し切れずびくりと跳ねる肩を、僕は淡々と見つめていた。
「あの日あの時ああしていれば良かったって、思わないの?」
「……そ、れは……」
さて、どう答えるのだろうか。
彼にとって、大切な人を死なせてしまったことは、やり直すほどのことではないのだろうか。なりふり構わずあがくほどのことではないのだろうか。まさか、自分のせいではないとでも思っているのだろうか。だとしたら、なんて酷い。
「…………」
ああ、ダメだ、手に力が入ってきた。罵声が口の中いっぱいに溜まって、表情も上手く制御出来ない。きっと引き攣ってひどい顔になっていると思う。いつも通りの余裕を保たないといけないのに、どうしても、これだけはどうしてもダメなんだ。もう本当のことを告げてしまいたい。でも、言ってしまったら、きっと怒るんだろうな……“彼”。
でも僕は、我慢が苦手なんだ。ゴメン、いつか会えた時にたくさん謝るから。
「……キミさぁ――」
「そんなはず、ないだろ」
「!」
彼は真っ直ぐに僕を見つめていた。
「やり直したいことくらい、俺にだってある」
強い言葉だった。ムカつくくらいに迷いがない。でもそれは僕には理解出来ないことだった。やり直したいことがあるなら、何故行動しないのか。時間旅行の機会なら、今まで何度だってあったはずなのに。バズーカの研究だって、ボンゴレの優秀な研究者ならいくらだって進められただろうに。そもそもバズーカなんてなくても、こいつなら“彼”を救ってやれたはずなのに。やれることがあるのにしなかったなんて、心底理解不能だった。
「なら、なんで……」
「俺の我が儘で過去を変えるなんて、出来ないよ」
「っは! ワガママ、ね」
僕が駄々をこねているみたいな言い方をされると、苛立って仕様がない。隣の正チャンが不安げに見つめているのがわかる。なるほど確かに価値観について論議したら終わりがななさそうだ。
「僕なら世界中から憎まれてもワガママを通すよ。僕にとっては、それくらいに大切なことなんだ。君にとっては違うようだけど」
「……ダメだよ、白蘭。何があろうと、過去は変えちゃいけない。リスクは大きいんだ。……どうしようもなく」
変なところで『大人の対応』を見せる彼が、猛烈に気に食わなかった。一番大事なのは世界平和か。イイ子過ぎて呆れてくるね。でも僕はそういうキャラじゃない。ヒーローに憧れる年でもない。
「誰がなんと言おうと関係ないよ。僕はモラルごときで行動を縛る気はない」
「……なら、お前にボヴィーノは渡せないよ。絶対に」
部屋のいたるところから深い深いため息が流れた。ぴしりとした緊張感が漂い始め、重苦しい空気の中でツナ君が立ち上がる。
「さあ、この話はおしまいだ。そろそろ……――!」
突然だった。ふいに彼は、何かを聞きつけたように窓の外に視線をやる。
「……?」
この場面においてのその反応は、僕の気を引くには十分だった。釣られるようにして僕も窓の外に目を向ける。
常緑樹に囲まれたシンプルで広々としている中庭を、小さな子供がぱたぱたと駆けていた。どことなく見たことのあるシルエットの女性の手を引いて、少し離れたところにある小さなベンチを目指しているようだ。けれどそれは、ボンゴレファミリーが孤児院の経営に手を貸していることを考えれば、別段珍しい光景でもない。
「あの子がどうかした?」
ストレートに尋ねれば、ツナ君はびくりとしてこちらに視線を戻す。
「い、いや、なんでもない。……引き取って間もない子だから、ちょっと心配なだけだよ」
「ふーん?」
いや、絶対ウソでしょ。
そう思ったけれど、あえて追究しても僕にいいことがあるとは思えない。子供とか、別に好きじゃないし。
「ま、いいや。今日はこれ以上話しても意味がなさそうだから、帰るよ」
とにかく一区切りつけて、僕は正チャンに目配せした。するとすぐに正チャンも立ち上がり、ぺこりとお辞儀をする。なんとなく申し訳なさそうに見えるのは気のせいかな。僕らは何も悪いことしてないのに。
「正チャーン?」
「……」
非難の視線を送っても、アイコンタクトで返されたのは「大人しく帰りますよ!」だ。わかってるよ、もう帰るよ。
「じゃ、また」
ちっともまた会いたいなんて思わないけど、一応。いわゆる社交辞令ってやつ。
「出来れば次は別の話題を持って来てほしいな、白蘭」
「はは、他に君と話したいことなんてないよ。僕、キミ嫌いだしね〜」
「俺も、お前と気が合うなんて思っちゃいないさ」
……なんて。今日の会合は、僕らがどこまでも平行線であることを確認しただけだった。実りなんて何ひとつない。話し合いでどうにかなるような問題じゃないよね、やっぱり。これは少し手荒な方法を考えないと――
「白蘭」
瞬間、ツナ君の瞳の奥が鋭く輝いた。ああ、超直感かな。バレちゃったみたい。室内を満たす空気が硬度を増していた。
「……次回の会合まで、どうぞお元気で。ドン・ミルフィオーレ」
含みのある挨拶を口にして、彼は右腕である隼人君に視線をやる。玄関まで送れ、という指示だろうが、明らかに監視の意味も窺えた。別に、今すぐ行動を起こす気はないんだけどな。
「はいはい。ごきげんよう、ドン・ボンゴレ」
着いてくるよう促す隼人君の背中を追い、僕らは部屋を出た。
ボンゴレの本部は、ミルフィオーレのそれとは全然違う作りをしている。良く言えば格調高い。悪く言えば古くさい。作られた時期からして百年単位で違うし、当然と言えば当然だ。でもとりあえず僕の好みでないことは確かだった。
渋味のある紅葉色の壁が作る回廊をちんたら歩き、僕らはただ出口を目指す。会話なんてない。前を行く隼人君はからかいがいがありそうだけど、そういう気にもなれなかった。
「……ん?」
ふと、その隼人君が窓の外を見やった。ちょっとしたことだけど妙に気になって、僕もまた窓の外に視線を投げる。
――あ。さっきの子だ。
会議室から見たのとは角度が違うけれど、すぐ脇の窓からは中庭がよく見えた。ちっちゃなベンチに身を寄せて、母子のような二人が膝の上にバスケットを広げている。
……あれ?
よく見たら、片方は霧の守護者のクローム髑髏ちゃんじゃないかな。風になびく前髪に紛れて、黒い眼帯がちらちらと見える。うん、間違いないや。しかしそうなると、守護者なんて幹部の中の幹部が直々に子守りをしているということになる。よほど暇なのか、それとも、あの子供に何か――
「骸しゃーん!!」
え?
「……むく、ろ?」
今、確かに『骸』と聞こえなかっただろうか。
僕は思わず窓辺に駆け寄っていた。
「おい?」
「白蘭さん?」
正チャンと隼人君がびっくりしているけれど、びっくりの度合いで言ったら僕の方が遥かに上だ。
身を乗り出して見た中庭には、金髪をボサボサにしながら猛スピードでベンチに向かって走っていく男の背中があった。彼は確か――そうだ、骸君の……!
そこまで考えたところで、身体は動いていた。
「おい、どこ行く気だ!?」
「ちょっと白蘭さん!?」
二人の声を背後に、僕は窓の枠を乗り越え数メートル下の中庭に着地した。そして走り出す。必死に。
「き、キミ……っ、城島犬君!!」
柄にもなく大声を出して、僕は合流した彼らのすぐ手前に辿り着く。
「んぁ?」
振り向いたのは犬君だけじゃなかった。バスケットからマフィンを取り出していた髑髏ちゃんも、その隣でお茶の準備をしていた幼い子供も、揃って僕の方を向いていた。
「あ……っ」
どくん、と大きく胸が脈打つ。
僕は見た。
見上げた子供の――瞳の、色を。
「む、くろ……くん?」
その瞬間だった。
「犬ッ!!」
叫んだのは髑髏ちゃんだ。そして犬君は迷いなく僕に飛びかかる。その陰に隠れるようにして紅色の右目を持つ子供は髑髏ちゃんに手を引かれベンチを立った。地面に落ちるバスケットなんて気にもしない。行動が早過ぎる。
「ま、待って!」
僕は慌ててリングに炎を込め、正面にかざす。咄嗟の勢いで広がり過ぎた力は犬君の拳を派手に跳ね返すが、それは余計に事を悪い方向に進めたようだった。
「千種、ランチアっ、助けて!」
いつの間に取り出したのか、髑髏ちゃんは片手に無理矢理持った二機の携帯端末に叫びながら、長大な槍を大地へ突き立てる。途端燃え上がる火柱はおそらく幻覚だろうけれど、動揺を広げるには十分な威力があった。
「白蘭テメェ! 何してやがる!」
殺気立った声は隼人君だ。まばゆい幻覚は人を呼ぶ。むしろそれが目的だったのかもしれない。三人のあまりにも的確な行動は、逃げることへの奇妙な慣れを感じさせた。
「違うよ! 待って!」
この状況をまずいと思いながらも、相手を殺さず止めることに慣れていない僕は動作に迷いが出てしまう。迫る犬君の肩をどうにか蹴り飛ばすけれど、走り去る二人を追いかけることは出来なかった。更に面倒なことに、背後からはボンゴレ十代目の優秀な右腕として名を馳せる隼人君が迫っている。なにこの状況!
「だ、だからぁ……っ!」
僕は衝動的に自身の指にはまっていたものを抜き取った。
そして、
「待ってってば!!」
ぶんっ。
思い切り、投げた。
「ンぁ!?」
犬君はすぐにそれの正体に思い至って素っ頓狂な声を上げ、動きを止める。
「えっ……」
ひゅ、と髑髏ちゃんの顔のすぐ横を通り抜けて、それは芝生の上をころころと転がった。たったそれだけのことが、髑髏ちゃんと小さな子供の足を止めさせた。
「…………」
困惑を隠せず、髑髏ちゃんは無言でこちらを振り返る。あの子はといえば、彼女の足に隠れながらも僕が投げた物をしきりに気にしていた。
キレイでしょって、自慢したくなる。
キラキラと陽光を反射する、大空のマーレリング。僕の要だ。
先程までとは種類の違う動揺が辺りを包み込んでいた。静かになったけれど、気配は増えている。すぐ後ろで警戒する隼人君、その更に後ろで息を切らしている正チャン、そして騒ぎを聞きつけたボンゴレファミリーたち。近くには見えないけど、きっとツナ君もどこかから見ているはずだ。これだけ騒げば当然だけど。それにしてもこれ、見ようによっては絶体絶命ってヤツじゃないかな。
「……なんのつもり」
皆を代表するように、髑髏ちゃんが問う。正直、僕も勢い任せだったから大した意味はないんだ。僕はただ、なんとかしてその子を引き止めたかっただけ。結果として、それはうまくいったことになるけど。
「……怖がらせてゴメン。危害を加える気はなかったんだよ。ほら、他に武器はない」
僕はスーツの上着をぱたぱたさせて、両手を頭の横に広げて見せて、さらには背中まで晒してみせた。大サービスなんだけど、たぶん向こうはそう思っちゃいない。髑髏ちゃんはマーレリングを拾おうとしていた子供の手をやんわりと引いて、いつでも走り出せるよう準備していた。
「お願い、待って。何もしないから、逃げないで。信用出来ないと思うけど、僕はただその子と話がしたいだけなんだ。本当にそれだけだよ」
「…………」
僕の言い方が悪いのかな。髑髏ちゃんはますます警戒を強めているように見える。そうか、僕のデフォルトになっている笑顔が胡散臭く見せちゃってるのかもしれない。
僕は一生懸命に笑顔を消した。元から真剣だけど、それがきちんと相手に伝わるように。そんな努力は久しぶりだった。
「信じられないと思うけど、僕は亡くなった六道骸君に恩がある。返したくても返せなかった、大きな恩が。だからもし、その子と彼との間に何かしらの繋がりがあるのなら……、僕はその子の力になりたい」
「…………」
「お願いだよ」
「…………」
髑髏ちゃんはうんともすんとも言わなかった。ただこちらを探るように見つめ、警戒を緩めない。やっぱり、少し過敏なように思う。確かに僕はかつてボンゴレを攻めたけれど、今では同盟関係にすらある僕に対してここまで怯える理由はなんだろう。いや、もしかしたら僕に対して怯えているのではなく、もっと根本的な――
「む、骸様!」
思考が深くなりつつあったのを、髑髏ちゃんの慌てた声が引き止めた。
「あ……」
いつの間にか、あの子がすぐ手の届くところまで来ていた。そして、くん、と僕の上着の裾を引いて、精一杯に手の平を高く差し上げる。丸くて可愛らしい手に、僕のマーレリングがころんと転がっていた。胸に届くか届かないかくらいの位置だ。この子は、本当に小さい。
「……返して、くれるの?」
「っ!」
あっさり頷いて、その子はダメ押しのようにリングを揺らしてみせた。近くで見ると、この子は本当に骸君に似ている。紅色の右目には当然のように六の文字が浮かび、左の目は涼やかで深い蒼穹。目鼻立ちも彼にそっくり。僕は水牢に浮かんだ骸君しか知らないけれど、きっとこの独特の髪型も以前の彼と同じものなのだろう。なんとなく、そんな気がした。
「あ、ありがとう。えと……骸君、で……いいんだよね?」
「…………」
反応は、薄い。曖昧な微笑みはイエスともノーともとれた。
「僕のこと、わかる? その……、生身で会うのは初めてなんだけどね、でも、でも僕、あの時、キミと――」
「骸様には記憶がないわ」
答えたのは髑髏ちゃんだった。
「――それに、話すことも出来ない」
「おい髑髏……!」
「勝手なことしてごめん、犬。でも、骸様はこの人を認めてる」
犬君は不満げだ。けれどもう、反論はなかった。
「っ、っ!」
ちっちゃな骸君は、僕の手にリングを握らせて相変わらず微笑んでいる。天使みたい、とか普通の人だったら言うんだろうな。でも僕は、その瞳の奥に何の感情もないことに気が付いていた。そうだ、僕は……部外者なんだ。骸君にあの時の記憶がないのなら、僕はいてもいなくても同じ存在に過ぎない。でもそれは、骸君の悲しい願望が叶ったってことの証拠じゃないだろうか。
「……うまく、いったんだね、骸君」
喜んであげた方が、いいのかな。良かったねって、言っていいのかな。
……違うよね。
それでも。骸君の真実を知っていても。骸君の想いを知っていても。どうしたって僕の心のどこかしらは躍ってしまう。会えただけで、それだけでもう、嬉しくて仕方がなかった。
「ごめんね」
一言だけ謝って、僕は骸君の細い手首を痛めない程度に強く引いた。
「っ?」
すとんと腕の中に収まった骸君は、どんぐりみたいな目をぱちぱちさせている。故意に作られた純粋であっても、やっぱり可愛い。僕の手で護ってあげたいと思う。――あんなことには二度とさせるものか。
「おい、てめぇ!」
暗い淵に沈みかけた意識を犬君のぎゃんぎゃん声が遮る。ずっと後ろの方では息を呑む気配がある。そういうのはまるごと気にしないことにして、骸君の身体をぎゅっと胸に押し付けた。細くて小さい骸君だけど、そこには確かな温もりがある。それに不思議、子供はみんなミルクみたいな香りがするのかな。骸君からは甘くていい匂いがした。
「……あったかいね、骸君。僕は冷たいキミしか知らないから……」
この角度じゃ顔は見えないけど、骸君は少し首を傾げてきょとんとしているみたいだ。そうだよね、わからないよね。変なこと言ってごめんね。
「会えて嬉しいよ、骸君。すごく嬉しいよ。ずっと会いたかった。僕はキミをさがしていたんだ」
睦言みたいな台詞が次々と出てくることに、僕自身驚いていた。相変わらず不思議そうにしている骸君に、わからなくていいよ、と囁いて、ちょっとだけ泣いた。濡れた頬と柔らかい頬とが触れ合ってしまったから、骸君にはバレちゃったかもしれない。でも恥ずかしいとは思わなかった。骸君には僕の弱いところを見せちゃったけど、僕だって骸君の弱いところを知っている。今はまだ部外者でも、きっといつか骸君の一番の理解者になってみせる。
骸君の最期を知るのは、僕しかいないんだから。
「ね、骸君」
突き放さないように、そっと骸君の身体を離す。丁度いい距離で見つめ合えた。
「僕、白蘭ていうんだ。白い蘭って書いて、白蘭。花が大好きでね、ミルフィオーレ・ファミリーっていう、お花でいっぱいのファミリーでボスをやってる」
「……!」
骸君は目の中に花を咲かせて、本当?と僕を覗き込む。本当だよ。綺麗な花でいっぱいだよ。でも綺麗なだけじゃない。汚いこともしてる。そういうところ、骸君と似てるんじゃないかな。お揃いだと思うと妙に嬉しかった。
「僕、キミが大好きだよ」
するりと口から滑り出した言葉は、かなり気恥ずかしい。でも僕は、骸君が本当に好きだから。部外者の僕じゃ恋人にも家族にもなれないけれど、役を演じることなら出来るから。
――だから。
「僕とトモダチになって!」
お願い、僕の小さな神様!
UPが遅れましてすいません!
ちなみに、本当は現代編まで続けて1話に入れちゃうつもりだったんですが、今回の回想がかな〜り長くなってしまったので次回にまわしました。
なので、ちょっと次回の始まり方や切れ方に違和感があるかもしれません。
さてさて、今回の話は最初から最後まで白蘭の回想でした。
骸さんのピンチ(?)に綱吉が飛び出さなかった理由とか、クロームたちの行動の理由とか、そこらへんのアレコレはこれまでの話でもちょこちょこ散りばめていますが、きっちりと語るのはもうちょい後になるかと思います。
内容自体は単純なんですけど、書いていて妙にややこしいですね(笑)
2010.2.20
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