06.
「――ぶはっ!? なんっらそのバカヅラ!! ぶッ、ぷぶっ、ぷぎゃははははは!! バカらっ、バカ過ぎら!! バカバカバーカバーカ!」
「犬、笑い過ぎ」
戻ってくるなり幼稚園児のような罵倒をぶつけられて、ランチアはひくひくと口角を引き攣らせた。千種の無感情なフォローも残念ながら大した慰めにはならない。そもそも犬の方が声が大きく物言いもストレートなのだ。威力が違うだろう、威力が。
「お、お前というヤツは遠慮とか気遣いってものをだなぁ……っ」
一体今年でいくつになったんだ、とランチアとしては嘆かわしいやら腹立たしいやらだ。とはいえ、何度注意しても直らないのだから、救いようがない。付き合いの長いランチアは、もう十分過ぎるほどに思い知っていた。
「ぷ、ぷくく、そ、それって、骸しゃんのイタズラれすか? ぶふぅっ、ナイス! すんっげーナァイス! こちらクリーミィランチアさんになりますぅー。スプーンはいりますかァ? ――ぶほっ、ほほはっ、ギャハハハッ、やっぱ傑作らびょん!! 骸しゃんセンス良過ぎ! 最高! 天才!!」
「犬、笑い過ぎ」
今度はクロームがフォローに入る。しかしそんな控え目な声では犬の笑いを止められなかった。そもそも犬の方が以下略である。
「ら、らって、らって……っ、ぷ、ぷぷっ、ら、らめらっ」
「お前ってヤツは本っ当に――はぁ……」
ついにランチアの中で腹立たしさより嘆かわしさが勝ってしまった。犬の天真爛漫な性格は好ましいところであるが、何事にも度があるということを幼いうちに学ぶべきだったのだ。とはいえ、犬の幼少時にしつけを考えてくれる大人がいたとは思えない。結局は『犬だから仕方がない』の一言に落ち着くのだった。
「もっと強く叱るべきなのか……」
「――ランチア、これ使って」
どうすれば犬の性格を矯正出来るものかと悩むランチアに、横から数枚の紙ナプキンが差し出された。――クロームだ。
「あ、ああ、すまんな」
ああ、さすがクローム。犬との差に少しばかり目頭を熱くしながら、ランチアはトレイをテーブルに置き、ありがたくナプキンを受け取った。
「っ!」
しかし直後、スリか何かのような素早さでランチアの手からナプキンが奪われた。白く残像を描いたそれを反射的に目で追えば、すぐ横にいた骸の手にくしゃりと収まっていた。
「っ、っ!」
骸はピ、と椅子を指差し、ランチアに座るよう促す。
「……ふ、そうだな。任せよう」
ランチアは意図を察しておかしそうに喉の奥を鳴らし、素直に座ってやった。骸はその膝の間に陣取り、膝立ちでランチアの顔に手を伸ばす。
「……、……」
イタリア人にしては色黒な肌に、白いナプキンが触れた。そのまま撫でるように動かせば、少しべたつくクリームは僅かな残滓を残して拭われていく。ゆっくりと、目に入らないように丁寧に。それが妙に真剣な様子なので、犬はぽかんとした。
「……ひょっとして、イタズラじゃなくて事故らったんスか?」
犬が笑いを引っ込めて問えば、骸はランチアの頬についたクリームを拭いながらこくりと頷いた。俯きがちなその表情は、やはり少し固かった。
「あーりゃりゃ……」
犬はころりと表情を変え、今までとは違う種類の笑みを浮かべて見せる。
「まあ、そういうこともあるびょん! ドンマイ、骸しゃん。大丈夫、気にしちゃダメらびょん!」
「おい!」
ずるり。ランチアはテーブルについていた肘を滑らせた。
「か、変わり身早過ぎだろう、お前……!」
「ふふーんだ。俺はいつらって骸さんの味方なの!」
自信満々に胸を張る犬に、ランチアは深々とため息をついた。やはり犬には骸のしつけは無理だ。
クリームもあらかたとれ、骸は改めてランチアの膝の上に座り直した。身長やメニューのことを考えると、クロームたちの膝上は向かないのだ。ランチアと骸ほどの体格差なら、互いに邪魔にならずに丁度いい。テーブルの上に並べられた料理は熱いと温いの間あたりになってしまっていたが、変わらずいい匂いをしていた。
「んじゃ、改めて。いったらっきまーす!!」
犬の声を号令に、五人は料理に手を付けた。
「そーいや、ふがふが、髑髏は、んぐ、帰んのあし、んぐんぐ、たじゃなかったの、はふっ、かよ?」
「……飲み込んでから話せ」
肉の破片を飛び散らせながら喋る犬を、ランチアがさりげなく諌める。早速『強く叱る』ということに失敗しているわけだが、本人は気付いていないようだ。
「むぐむぐ、むん!」おそらく、犬なりの返事だろう。また肉片が飛び散った。
犬の好む焼き加減は血もしたたるようなレアなので、希望通りに焼き上がった肉は赤い部分が多い。そんなものを撒き散らせば、テーブル上はちょっとしたスプラッタムービーのような有様になって当然だ。犬の隣に座る千種など、皿を持ったまま体ごと捻り、犬に背を向けた状態で野菜炒めを頬張っている。もちろん、背中には肉片が散っていた。これほど食事時に似つかわしくない食事風景も珍しいだろう。
「む、もぐむぐ……、ん!」
ごくん、と大きな塊を胃に送り、犬は改めてフォークの先でクロームを指す。
「ランチアはともかく、なんれ髑髏が今日いるんら? 確か帰れんのは明日らったはずだろ?」
「ああ――」
そういえばそうだった、とクロームは思い出したように口を開く。
「本当は明日までかかるはずだったんだけど、雲の人が後のことを全部引き受けてくれたから、予定より早く帰れたの」
「ほァ!?」犬は素っ頓狂な叫びを上げて飛び上がった。
「おっまえ、あのアヒルちゃんに仕事押し付けてきたのかよ!?」
アヒルちゃん――こと雲雀恭弥は、自他ともに認める群れ嫌いだ。残念極まりないことに、年月が彼を丸くすることはなく、未だに三人以上での長時間の会話はままならない。しかし、ボスおよび守護者六人での定例会議がかろうじて成り立っているのも事実だった。四角形が五角形になったくらいには、円に近づいているのかもしれない。
「ふふ、犬ったら大袈裟ね。それに、押し付けたわけじゃないよ。骸様が淋しがってるだろうから早く帰ってやれって、あの人が自分から引き受けてくれたの」
「う、うえええ……? な、なんか想像つかないびょん。そのアヒルちゃん、ニセモノなんじゃね? もしくはなんかヤバイもん食ったか……」
「まさか。あの人、ああ見えて優しいよ。骸様のこと、よく気にかけてくれてるもの。――ね、骸様」
「っ、っ!」
骸は一切のタイムラグなく首肯する。その勢いといい、嬉しそうな表情といい、嘘を思わせる要素はまったくなかった。
「むー……。ダメら、マジで想像つかねー」
「そう? 小鳥とかハリネズミとか好きみたいだし、不自然じゃないと思うけど」
「骸しゃんはトリれもネズミれもねぇ!!」
「それはそうだけど。でも、どちらにしろあの人には感謝しているわ。道中ランチアにも会えたし、こうして骸様と一緒におやつ食べられたもの」
「む、むむむ……」
それでもまだ犬にはクロームの話す雲雀像がしっくり来ないらしい。隣の千種がやんわりと呆れ顔をしているあたり、千種はどちらかと言えばクローム寄りの考えなのだろう。曖昧な苦笑を浮かべるランチアもおそらく同じだ。単に素直かそうでないかの違いとも言う。
「ちぇっ、なーんか腑に落ちねーの」
仲間ハズレというほどのことではないが、犬としては面白くなかった。
「骸さん、あいつがどんだけレアな笑顔で寄って来ても、絶対ついてっちゃダメれすよ?」
「……?」
「あんなむっつり野郎についてって、みょーな地下組織に連れ込まれてカミコロされたら大変らもん。骸さんは俺らんとこに居るのが一番安全なんらびょん!」
力説する犬の言葉は、雲雀恭弥という特殊な人間をよく知らない者からすれば冗談にしか思えないだろう。しかし実際、彼が響きの怪しい組織を束ねているのは事実なのだ。その組織――『風紀財団』の名を聞いてホッとする人間はまずいない。かといって、犬の言うように、犬たちのもとが骸にとって最も安全な場所なのかと言えば、すぐに頷ける人間は多くないだろう。それだけ骸の立場は危うい。
犬は勢いのままに続ける。
「――ってなわけでぇ、夕飯も一緒に食べましょーね! こないだピッツァのうまい店見つけたんれすよ! こっからはちょっと離れてっけど、ランチアのコッチネッラ二号でズバビューンれす! ねっ、行きましょー?」
「……っ」
ハイテンションな犬とは打って変わって、骸は困ったように視線をさまよわせた。言葉の使えない骸の感情は目許に現れやすい。
「ん? あれ? 骸さん、なんか予定あるんれすか?」
「……っ、……っ」
「むむ?」
「……! ……!」
骸はジェスチャーで何か食べるような仕種をしたが、犬は首を何度も捻ったあげくにしょんぼりと眉を下げてしまった。
「ごめんらさい、骸さん。わかんないびょん……」
こういうことはよくあることだった。どれだけ近い関係であっても、目と目では細かな意思疎通は出来ない。骸は随分と聡い子供だったけれど、言葉を話せないということは明らかな障害として骸の人生に影を落としていた。
「っ! ……っ!」
骸はなんとかして伝えようと身振り手振りを繰り返す。ぶんぶん、としか形容しがたい腕の動きは何かしらの意図を持っているのだろうが、犬はもちろん、千種やクローム、ランチアにも理解することは出来なかった。必死の腕は徐々に勢いを失い、やがて膝の上で止まってしまう。
「…………っ」
「わかってあげられなくて、ごめんね。骸様が悪いんじゃないよ。――ああ、泣かないで」
骸はいつの間にか目を潤ませていた。クロームがハンカチを渡さなければ、数秒後には皿の上のショコラに塩味がついていただろう。骸の目元にあてられた薄い水色のハンカチは、涙を吸ってじわりと青くなっていた。
「……なあ」見かねたランチアが少し言いづらそうに口を開く。「隠してやるから、筆談で話さないか? 今ならボンゴレも獄寺もいない。誰も咎めはしないさ」
「!」
骸は僅かに目を見開き、無意識のうちにかランチアの袖をぎゅっと掴んだ。骸を膝にのせているランチアには、骸の動揺が手にとるようにわかる。骸の鼓動は明らかに駆け足になっていた。
「お前が怖がるのはわかる。だが、理解されないのは辛いだろう? 少しずつでいい、乗り越えていけ」
震える骸の肩を摩ってやりながら、ランチアはちらりとクロームに目配せする。クロームはこくりとひとつ頷き、机の下で隠れるようにして自身の左手の指輪に触れた。
中指にはまるそれは、飾り気のない金属片がひとつついただけでデザイン性などない。まるでそこらに転がっていたカケラを無理矢理に指輪にしたような、あまりにも不格好なものだった。
「ん……」
クロームが何かを念じると、指輪はクロームに応えるように不可視のベールを生み出した。とはいえ、はっきりとした感触はない。吐息のような柔らかな風だけを感じさせて、それはクロームたち五人を包み込んだ。
「ほら。これでもう、絶対にバレないよ」
霧の名を冠するクロームの幻覚は、名うての術士であっても見破ることは難しい。唯一ボンゴレ十代目たる沢田綱吉だけは例外だが、彼は今ここにいない。となれば、五人の姿を偽るベールに気付かれることはまずないだろう。
「…………」
それでも骸は躊躇していた。恐怖が身体に染み付いているのか、ランチアのシャツを握る手は力を入れ過ぎて白くなっている。加えて、ただでさえ白い頬は少し青ざめて、見るものに悲痛な思いを与えるには十分だった。
「大丈夫だ、骸。オレも隠してやるから」
幻覚があるので意味はないが、ランチアはおもむろに身体を前に傾け、骸をすっぽりと包むようにした。巨体のランチアにかかれば、小さな骸を隠すことなど容易だ。
「……頑張れ、骸」
ランチアは胸ポケットからメモ帳とペンとを取り出し、体勢を変えないようにそっとテーブルに置いた。そしてそのまま手を滑らせコーヒーカップを掴み、一口飲む。一連の動きがあまりに滑らかだったため、犬たちですらメモ帳とペンの存在を忘れかけた。もし万が一幻覚を見破る者がいたとしても、これなら気付かないだろう。
骸だけが、ひたすらにそれらを見つめていた。
「……、……」
こく、と白い喉が僅かに上下する。単に唾を飲み込んだのか、それとも頷いたのか、判然としない。それはそのまま骸の迷いを表しているのかもしれない。穴があきそうなほどメモ帳を見つめ、ペンを見つめ、ふいにランチアを見上げ、またメモ帳に戻る。
そして。
「……」
骸の華奢な指がゆっくりとペンを持った。先端をトンとメモ帳に乗せ、緩く動かす。
『あの人が、夕食を一緒にって、言った』
ゆっくりと慎重に書かれたそれは、万年筆の広告にでも使えそうなほどに美しい文字だった。規則正しく、かといって単調ではなく、貴族の書く手紙からそのまま取り出したような滑らかなイタリア語。ボンゴレファミリーはマフィアの中では最大規模の組織だが、これほど整った字を書ける人員はそう多くない。守護者の中に限定するなら獄寺隼人くらいだ。彼の字を日常的に目にする者は、きっと骸の字をこう評価するだろう。――獄寺の字にそっくりだ、と。
事情を知る犬たちは字の形には言及しなかった。
「……ウサギちゃんとメシ? んー、れも、アイツ今日はどっかのファミリーんとこに会議しに行ったんじゃなかったっけ?」
『夕食までには帰るって、言ってた』
一度書いてしまえばためらいはないようで、骸はさらさらと返事を書いた。犬はそれを覗き込み、眉を寄せる。
「骸さん、ウサギちゃんを待つつもりびょん?」
「……」
骸は少し間を置いて頷く。即答でないのは、おそらく犬があまりいい顔をしていないからだろう。
「犬」横から千種が咎める。
「大事なのは、骸様の判断だろう」
「むー、それはそうらけどさぁ……、」
でも、と不満を付け足しかけて、犬はばつが悪そうにそっぽを向いた。
「ふん。俺はあんなヤツ信じねーし嫌いらけど、骸さんが待つって言うなら、俺も一緒に待つびょん」
「俺も」
「私もいい?」
即座に二つ声が重なった。千種とクロームだ。
「っ!」
骸はパッと表情を明るくし、次にはランチアを見上げた。もちろん、期待を込めて。
「俺も待つさ。裏庭の手入れはグイドに任せてあるから、今日は遅くまでいられる」
「っ! っ!!」
座りながら跳ねるという難しい技をやってのけて、骸は全身で喜びを表していた。こんなに大勢での夕食は久しぶりなのだ。しかもメンバーは大好きな人ばかり。人一倍淋しがり屋な骸にとって、これほど嬉しいことはない。
「こら、ひとの膝の上で跳ねるな」
はしゃぎ過ぎた骸の肩をランチアが押さえれば、骸は素直に大人しくしてランチアを見上げる。意味ありげに合わせられた視線からは、褒めてほしい、構ってほしい、と甘えん坊で幼い心が透けて見えるようだ。
「まったく……」
ちゃっかりしたヤツだ、と呆れながらも、ランチアの手は骸の頭を撫でていた。素直に甘えられると弱いのだ。
「ボンゴレにもそんなふうに接してやればいいものを」
「!」
「おい、ランチア!」
ぽろりと零れた言葉だった。即座に犬が厳しい声を出すが、ランチアは動揺した風もない。つい口に出してしまった、といった様子だが、後悔はないようだ。
「前から思っていたことだ。ボンゴレは、お前に好いてもらいたい一心で日々奮闘しているように見える。忙しいだろうに、なんとかお前との時間を作って、少しでも過去の罪を償おうとしているんだろう。最近じゃ少し痛々しいくらいだ」
「ランチア、やめろって!」
「犬は少し黙っていろ」
いつになく強い口調で言い、ランチアは続けた。
「なあ、骸。許してやれとは言わないが、たまには暖かく応えてやってもいいんじゃないか?」
「…………」
「無理にとは言わん。お前がボンゴレに対し素直になれないのは仕方がないし、一緒に食事が出来るようになっただけでも以前よりマシだろう。だが、お前だって、本当は今の関係に満足してなんかいないんだろう? 甘えたいなら甘えてやるといい。ボンゴレの好意が嫌でないのなら、少しずつでいい、行動で示してやれ」
「…………」
沈黙は、長かった。視線を手元に落とし、骸は微動だにしない。
「……悪い。さすがにちょっとお節介だったかな」
「……っ」
困ったようなランチアに焦燥を覚えたのか、骸の行動は素早かった。
『料理、教えて。あの人に、食べさせてあげたい』
「む、骸しゃん!?」
ぎょっとしたのは何も犬だけのことではなかった。千種もクロームも、それにランチアまでもが軽く目を見開いていた。ややしてぱちりと瞬く間も、見上げる骸の意思は固いまま。そんな様子を見てしまえば、驚きよりも喜びの方が勝る。
「ふ……、そうだな、きっと驚くぞ。それに、とても喜ぶだろう」
「待てよ! あんなやつにそこまでしてやる義理ねぇびょん! 骸さんに変なこと吹き込むんじゃねぇぞランチア!」
がしゃん。犬は苛立ちもあらわに勢い良く立ち上がった。激情は皿をやかましく鳴かせ、骸の肩を跳ねさせる。
「犬、落ち着け。骸様が驚いてる」
「あ……! ご、ごめんらさい、骸さん。違うびょん、骸さんに対して怒ってるんじゃないんら。ラ、ランチアが変なこと言うから……!」
しどろもどろになって、犬は気まずそうに頭をかいた。溺愛する骸を怯えさせるなど、犬にとっては何よりの罪だった。
「骸さんが、やりたいなら……、それでいいんらびょん」
「……っ」
すっかり気落ちしてしまった犬を、骸は困惑混じりに見つめていた。
「――ねえ、骸様。ボスのこと、好き?」
今まで黙っていたクロームが、ふと問いかける。
「……、……」
骸は一瞬息を詰まらせて、ゆるゆると首を横に振った。
「じゃあ、嫌い?」
これにも骸は同じ動作で答える。
「そっか。わからないのね」
「…………」
骸はすんなりと頷いていた。
「なら、一歩踏み出すのもいいんじゃないかしら。骸様の気持ち、きっとはっきりすると思う」
「…………っ」
「不安? 大丈夫だよ、怖かったらみんなで連れ出してあげるから。骸様のしたいようにしていいの」
全て、骸の意思のままに。クロームたちの行動概念はそこに集約していた。その枠から少しだけはみ出しているランチアも、クロームの案には何も口を出さなかった。
そんなランチアを確認し、骸は力強く頷いた。
「ふふ、決まりね。じゃあ私、料理長に厨房貸してくれるようにお願いしてくる」
クロームは優しく微笑み、立ち上がった。くるりと背を向けた時には幻術と一緒にテーブルの上にあったはずのメモとペンも消えていた。
「料理はオレと千種で教えよう。なあ、千種」
「ああ。初めてだから、簡単な料理がいいだろう」
「ならオムライスなんかどうだ」
「いや、あれは材料は簡単だが技術は違うだろう」
「そうか? なら、パスタ類でソースを単純なものに――」
ランチアと千種は口々に料理の内容を話し合い出した。あれはどうだ、これはどうだ、と続く論議は、聞いているだけで空腹になりそうだ。
「骸さん」
「!」
いつの間にかすぐ傍で膝をついていた犬が、遠慮がちに口を挟む。ランチアと千種はメニュー会議に夢中で気付いていないようだ。
「あ、あの、俺、なんも出来ないし、骸さんを困らせてばっからけど……、骸さんの料理、楽しみにしてていいれすか」
捨て犬のような風情で、犬はじっと骸を見つめた。
「……!」
骸は大きく大きく頷いて、ふわりと微笑んだ。
その小さな手は、無意識のうちに犬の頭を撫でていた。
次でようやくツナのターン!
2009.11.29
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