03.




「おっちゃーん! 肉と〜チョコと〜肉と〜肉と〜もやしと〜チョコくれ!!」
「どんな取り合わせだ!! 料理を馬鹿にしてんのか? あぁん!?」
 犬の無茶苦茶な注文に、厨房から鬼の形相をした料理長がカウンターに上体を乗り上げるように飛んで来た。現役マフィアもびっくりの強面を更に鬼のように歪める彼は、ボンゴレファミリーの台所番長ことピエトロさん、御年六十歳である。本人いわく伊和洋中を極めており、口の肥えたファミリーの舌を二十年に渡り唸らせてきた厨房の豪傑だ。
「ち、違う違う、間違えたびょん! チョコは骸さんの。肉は俺の。もやしは柿ぴーの」
「俺は別にベジタリアンじゃない」
「柿ぴーは野菜炒めに決定済みなんれーす!」
「……めんどい」
「ははっ、なんだ、別々の注文かよ! 犬は肉ならなんでもいいんだろ? 千種はまあ、肉も入れてやっから。それから――」
 料理長はもう少しだけ身を乗り出し、カウンターより下の位置にある骸の頭を撫でた。
「よく来たな、坊主! チョコはどんなのがいい? ムースか? トリュフか? 焼き菓子か? ソースにしてアイスや果物にかけたって上手いよな!」
「っ! っ!」
 骸はきらきらと目を輝かせて、なんとか口の動きで何事かを伝えようとする。けれど一生懸命過ぎたのが仇となったか、料理長は首をひねった。
「わりぃな、坊主。ちょ〜っとオレにゃわかんねーや……」
「アレだびょん! こないだもらったチョコがあまってるらろ? あれ、骸さん好きらって」
「ん? ああ、いつだったか山本が土産に持って来たヤツか。そういえば前にあれで坊主にフォンダンショコラ作ってやったっけ。また同じやつでいいか?」
「っ! ……っ、……!」
 骸は大きくこくりと頷いて、無音で感謝の意を伝えた。骸のそういった素直なところは、竹を割ったような性格をしている料理長の好むところだった。
「はは、いいってことよ! さ、いい子で待ってな!」
 料理長は豪快に笑うと、骸の頭をくしゃくしゃに掻き乱して厨房に戻って行った。
「良かったれすね、骸さん! でも、ふぉん……なんらって?」
「っ、っ、……っ」
 首をひねる犬に対し、骸は指で小さな輪を作り、二つに割ってみせる。さらには手のひらを使って何かが広がるような仕種も続けるが、犬は更に首をひねるばかりだった。
「……ごめんらさい、やっぱ菓子のことはよくわかんないびょん。麦チョコとかならわかるんらけどなぁ」
「…………」しゅん、と骸は俯く。 
「犬、単純」
 そんな骸を引き寄せ、千種は犬に冷たい視線を送った。千種は料理はもちろん菓子も得意だったので、フォンダンショコラのなんたるかはよく知っていた。
「う、うっせー!! しゃーねーだろ!?」
「骸様、あちらの席に座って待ちましょう」千種は骸の背に手を回し、さっさと席へ促す。
「ンなっ!? 無視すんじゃねー!!」
 どこか冷たい背に叫んで、犬もまた後に続いた。

「あれ……」

 ぎゃいぎゃいと騒ぎながらも空いているテーブルについた三人を、アメジストの瞳が捉えていた。

「ああ、やっぱり! ただいま、犬、千種。それに、骸様!」

「んぁ?」「っ!!」
 犬が振り向くと同時、椅子に腰をおろしかけていた骸が飛び出す。
 机の間を縫うように駆けた骸は、最後には扉のすぐ前に立つほっそりとしたシルエットに飛び付いた。
「わっ……!」
 勢いが勢いだったため、その人物は骸を受け止めたままバランスを崩し、後ろへ倒れ込む。
「おっと」
 即座に伸びた大きな腕が、細い背中をしっかりと支えた。
「まったく……」
 その腕の持ち主は飽きれ顔で膝を折り、細い腰に引っ付いたままの骸と視線を合わせる。
 そして――

 ずごんッ!!

「〜〜〜〜ッッッ!?」
 骸の脳天に強烈なチョップが叩き込まれた。
「こら、骸! なんでもかんでも飛び込むんじゃないといつも言っているだろう! 体格を考えろ、体格を!」
「〜〜ッ、っ!」
 ぴょんぴょんと痛みを紛らわすように細かく跳ねる骸は涙目で、恨みがましい視線を男に送る。それを至近距離でじっと受ける男は、一般的に見て近寄りがたい姿をしていた。今は膝を折っているが、真っ直ぐに立てばかなりの長身であろうことは一目で窺える巨体で、更に、服の上からでもわかる鍛え抜かれた肉体は常人の拳程度では揺らがないだろう強靭さを感じさせる。この時点で既に、誰がどう見てもカタギの人間ではない。有り触れたブラックスラックスにグレーのワイシャツというラフな格好ではあるが、胸元から覗く古い傷痕は日常的な雰囲気を軽く吹き飛ばしていた。
 ――けれどそれは、あくまで外見の話である。
「まったく……。クロームは任務明けで疲れてるんだぞ。甘えるなら静かに甘えろ」
 まったく仕方がないヤツだな、と呟く声は姿に反してとても穏やかで、彼の人柄を如実に表しているようだ。骸もそれを理解しているのか、脇に手を差し込まれ軽々と抱き上げられても、暴れることはなかった。――少し、頬を膨らませていたけれど。
「ほら、骸。悪いことをしたらどうするんだ?」
 男は骸を抱きかかえたまま、先程倒れかけた若い女性――クロームに向き直った。
「ランチア、私は大丈夫だから」
「いいや、甘やかすのは良くない。しつけは早いうちにしっかりと、だ。さあ、骸」
 苦笑するクロームに真面目な顔で告げ、ランチアと呼ばれた男は腕の中の骸に謝罪を促した。
「…………っ」
 骸は少しむずかるように眉を寄せたが、すぐにクロームに向かってぺこりと頭を下げた。
 その様がとても愛らしく思えて、クロームはくすくすと楽しそうに笑った。
「お利口さんなのね、骸様。とっても偉いわ」
 クロームが褒めてやれば、骸は我慢出来ないとでも言いたげにクロームの首に縋った。元々、クロームに飛びつきたくて仕方がなかったのだ。
「きゃっ、とと……」
 子供とはいえ二十キロに近い骸を首からぶら下げたクロームは、やはり少しばかりよろめいている。
「おい、大丈夫か?」
「ちょっと重たいけど、大丈夫。――骸様、また少し大きくなった?」
「っ、っ!」
 ようやくバランスが整ってしっかりと抱かれた骸は、クロームの言葉に満面の笑みで頷く。犬にも言われたことだ。二人から言われると確かな実感として感じられて、嬉しかった。
「ふふっ。この調子じゃ、私なんてすぐに抜かされちゃうんじゃないかしら。今から楽しみね」
 よいしょ、と骸を抱き直し、クロームは嬉しそうに骸と頬をすり合わせた。
「〜〜!」
 骸はくすぐったそうに身を捩ったが、嫌がるどころかクロームの額に口付ける。
 ちゅ、と高いリップ音が鳴った。
「ん。骸様も」
 クロームもまた骸の額にキスを返す。一切の邪気を感じさせないその様はまるで本当の母子のようで、ふんわりとした幸福感に満ちていた。

 ――が。

「おいっ、こんのドブス!! 骸しゃん一人占めすんなー!!」
「骸様、こっちに来てください」

 と、まるで姑か何かのような声がかかる。犬と千種だ。
「ふふっ、骸様ったら、人気者ね」
 クロームは気に障った様子もなく笑って、骸を抱えたまま犬と千種のいるテーブルに向かう。時間が中途半端だからか食堂のテーブルは半分ほどしか埋まっていないが、幾人かの鋭い視線がクロームの腕の中に集まった。
「……っ」
「――大丈夫よ、骸様」
 ぎゅ、とクロームの腕に力が込められる。骸の身体は震え始める直前のように僅かに強張っていた。
「私たちがいるから、大丈夫。ね?」
 瞳に怯えを宿す骸を励ますように揺すり、クロームは大人たちの視線の合間を堂々と歩く。
「ムカつくびょん、あいつら……!」
「同意見だ」
 向かう先のテーブルでは、犬と千種が周囲にぎらつくような殺気を送っていた。
「よせ、お前たち」
 張りつめかけた空気をランチアの声が散らす。
「らってよぉ……!」
「しつけは早いうちにしっかりと、だろう。一度思い知らせるべきだ」
 犬と千種が口々に不満を漏らす。その手にはそれぞれの愛用の武器が握られていた。
「よせと言っている。骸のためにも、無意味な争いを起こすな」
「……っ、そういう言い方、卑怯だびょん……!」
 渋々、といった様子だが、犬と千種は武器をしまう。骸のため、と言われては、犬と千種にとっては絶対の命令に等しい。不満げな表情はしまえないままに、二人は殺気を抑え込む。
「まったく……。骸、こっちに来い」
 ランチアがクロームから骸を取り上げ、高く掲げる。
「っ?」
 抵抗する間もなく肩に座らせれば、いわゆる肩車の形が出来上がった。今、小さな骸は誰よりも高い位置にいた。
「!? ! ッ!?」
 皆が皆座っている中でだ、否応なく目立ってしまい、骸は混乱のあまりランチアの頭にしがみついた。冷静な人間が見ればコアラみたいだとでも評しただろう。しっかりがっしり、二度と放さないくらいの強い意思が見て取れた。それはそのまま骸の中の恐怖心の現れだろう。
「堂々としていろ、骸」
「っ、……っ!?」
「お前は何も悪いことなどしていないんだ。怯える必要はない。そんなことより、高いところは嫌いか? ここはハシャぐシーンだろう」
「……!」
 骸は言われて初めて自分が普段見えないものが見えていることに気付いたようだ。好奇心旺盛な瞳はきょろきょろと忙しなく動き、初めての光景をたくさん見つけていく。大きな棚の最上段にあるスワンの形のブランデー、古くさい電灯にくっついた大きな埃、天井に張った留守の蜘蛛の巣、銃創らしき意味深な穴、どことなく赤黒く点々と飛んだシミ、一体誰が書いたのか相合傘のラクガキ。それらはみな、ランチアが普段見ているものだった。
「っ! っ!」
「気に入ったか? なら良かった。――千種、何か頼んであるのか?」
「あ、ああ」急に話を振られ、千種は少し驚きつつも冷静な表情を崩さない。「骸様の菓子と俺たちの食事を頼んである」
「そうか。クロームは骸と同じものでいいな。先に座って待っていろ」
「うん、ありがとう」
 クロームは犬と千種のいるテーブルの空席に座った。一方のランチアは骸を肩車したままずんずんと厨房の窓口へと歩く。
「っ! っ! っ! っ! っ!!」
 規則的に揺れるのが楽しいのか、骸は先程までの緊張をすっかり忘れてはしゃいでいた。腕をぱたぱたと振り、身体を揺らし、あげくランチアの頭をシェイク。休日の遊園地にでもありそうな光景だった。
「私、普通の家庭のことはよくわからないけど、ランチアってお父さんみたいだなって、よく思うの」
「……反論出来ねー」
「右に同じく」
 テーブルに残された三人は「はしゃぎ過ぎるなっ、バランスが崩れるだろう!」なんて少しふらついているランチアの背を見つめ、しみじみと呟いた。





















2009.10.13




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