02.




 主の――骸様の訃報を最初に聞いたのは、ボンゴレ内の食堂でだった。
 日々過酷になっていくミルフィオーレとの抗争に疲れ始めた頃の、ちょっとした安らぎの時間。争いを忘れ、一時の平和を感じられる時間のはずだった。

「六道骸が、ヴィンディチェで死んだ」

 それはあたかも世間話の一貫のようで、ふとポロリと零れ落ちた情報に過ぎなかった。誰が言ったのかもよくわからない、ただどこかから漏れ聞こえただけの話だった。
 ――だからなのかもしれない。
 だから俺たちは、それをうまく受け入れることが出来なかった。
 ドン・ボンゴレたる沢田綱吉のもとで改めて訃報を聞いても、それでも到底現実感らしいものは生まれなかった。
 骸様は、俺たちにとって神様みたいなひとだった。俗物的な生死と関わりがなく、存在し続けることが当たり前の存在。俺たちはきっと、彼に看取られて彼のもとへ召されるのだと、そんなふうに思っていた。
 あのひとは、誰よりも尊いひとだった。
 ――だからなのかも、しれない。
 だから俺たちは、真実を確かめることが出来なかった。
「犬、行こう」
「……うん」
 俺たちとは違う意味で茫然としている沢田綱吉に背を向け、とぼとぼと去る。そう、今思えば、あの時俺たちは確かに『とぼとぼと』歩いたんだ。脳の理屈的な部分は、俺たちがもう二度と彼に会えないことをちゃんと認めていたんだ。
 でも当時の俺たちは真実を知るのが怖くて、彼が神様なんかじゃなく普通の人間だったんだと思い知るのが怖くて、無気力にぼうっとしていた。ぼやけた毎日だった。目標もなく意思もなく、ただ他にすることがないからボンゴレの任務をこなしていた。状況は骸様の訃報を境に激変し、ミルフィオーレとの無期限の停戦、更には同盟交渉まで流れるように進んだことで、幸いにもやることは腐るほどあった。「やれ」と言われたことに没頭していれば、何も考えずにいられた。惰性で生きられた。
 けれど彼女は――クロームは、違った。何かに急き立てられるように骸様の死の真相を知ろうと奔走し、結果として骸様の遺体を奪還するに至った。公表はされていないが、その裏には沢田綱吉の尽力があった。
 そうして俺たちは、意図せず労せず骸様の遺体を前にしてしまった。
 水に濡れた身体は、温度がなかった。
 直視することなんて、出来なかった。
 ただじっと、傍らに佇むことしか出来なかった。後にクロームが言うには、眠るように穏やかな表情で、けれどどこか悲しそうな顔だったそうだ。
 ――見なくて良かったと、思ってしまった。
 後に沢田綱吉の計らいで骸様と縁の深い者たちだけの密葬を行い、彼の真っ白な骨灰は空と海と土と、世界を構成するものに還された。彼の綺麗な形は、呆気なく消えてしまった。
 それでも、俺たちはまだ彼の死を受け入れられなかった。可能性はいくらだって考えられたのだ。あの遺体は別の誰かをいじって擬態させたのではないか、とか。骨灰なんて誰でも似たようなものじゃないか、とか。いっそすべてが彼の見せる幻なのではないか、とか。きっとそうだ、きっとそうだ――。
 心は受け入れていないから、俺どころか犬すら涙を流さなかった。
 そうして、どんな顔をしていいのかわからないまま、俺たちはまたぼんやりと日々を過ごしていた。

 そんなある日のことだった。

『犬、千種、骸様を助けて!!』

 久しぶりの電話で聞いた高い声は、まるきり悲鳴のようだった。

























「そうそう、俺たち朝からなんも食ってないんれすよ。これから食堂行こーと思うんれすけど、骸さんも一緒に来るびょん?」
 暗く沈みかけた意識を、明るくやんちゃな声が現実に引き戻した。
「ああ……」
 そういえば空腹だったか、と千種はようやく自分の身体の状態に思い至る。
 ボンゴレがミルフィオーレと共に二大筆頭マフィアとしてイタリアに君臨してからというもの、犬や千種といった守護者以外のメンバーに回ってくる仕事は、片田舎でぽつぽつと生まれる反乱分子の平定などが主になっていた。『反乱分子』――かなり格好をつけた言い方だ。実際は単なるチンピラの小競り合いばかりだった。ただその面倒なところは、ひとつひとつの規模が小さいからこそ妙に諦めが悪く、一人二人逃がすだけで別の小競り合いが始まってしまうことである。結果、田舎も田舎、長閑な田園地帯に出向いた上で銃火きらめくアクティブな鬼ごっこに励まねばならないという、なんとも情けない事態になるのだ。
 散々トマト畑の間を駆け回れば、食に淡泊な千種もさすがに腹が空く。
「骸様は丁度おやつ時でしょう」
 お茶でもどうですか、と誘えば、骸は抱き着いていた腕を外し、二人の服の裾を引っ張って先導した。
「っ! っ!」
 満面の笑顔にスキップまでオマケして、とても嬉しそうだ。
「へへっ、じゃあ行きましょー! あ、そうだ、いつだったか誰かの土産でもらったチョコ! あれ、まだ残ってたびょん! あれで料理長に菓子でも作ってもらったら、うまいんじゃないれすか?」
「!!」
 骸はもはや駆け出さんばかりに二人を引っ張った。チョコレートは骸の一番の好物なのだ。
「骸様、食べたらちゃんと歯を磨かないと駄目ですよ」
 以前虫歯になったことを思い出し、千種が釘を刺す。けれど骸の頭の中はチョコ一色に染まり切っているようで、こくこくと頷いて更に引っ張る。
「んなもん、ハミガキガムでも噛んどきゃオッケーらっつの! よっしゃー、行くびょん!!」
 犬が骸を追い越すように走り出したことで間接的に千種も引っ張られ、結局三人並んで全力疾走することになった。
 ズダダダダっ、と来た時同様騒がしい足音に、通りすがった者たちはみな笑っていた。


















ということで、新シリーズになります。
このシリーズでは、現在の話の合間にしばしば各キャラクターの過去が語られます。
そうすることで、子骸さんおよび骸さん以外の視点から二人の骸さんの真実に近づいていく感じになります。
まあ、ミステリーでもなんでもありませんから、そんな複雑なもんでもないのですが。
それでも、ともすれば非常にわかりにくくなってしまいそうなので、もし「は? いくらなんでもワケわかんねー!」とか思いましたら、遠慮なくおっしゃってくださいませ。
管理人の出来る範囲でブラッシュアップいたしますので!

では、また長くなりそうですが、よろしくお願いします!


2009.10.8




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