ふたりの休日




「父さん、母さん、村長、皆もただいま!」
「おお、よく帰ったな!」
「お帰りなさい。ボスや皆さんにご迷惑かけなかった? 怪我はしてない? ほら、母さんにもっと良く顔を見せて」
「か、母さん、みんな見てるんだから…!」
 ぎゅぅぎゅぅと母の胸に顔を押し付けられながら、雷がジタバタと暴れる。しかしその表情はとても明るかった。







「ははっ、相変わらず愛されてんなぁ、雷のやつ」
 胴上げでもしそうな人だかりを遠くから眺めて、ジョットは楽しげに笑った。
「……」
 大人の姿をとった骸は、ジョットの隣でそれとは対象的な冷めた目で事態を見つめていた。
「そう嫌そうにするなよ。仲間の里帰りなんだ、外面だけでも祝福してやったらどうだ?」
「…別に仲間でもないですし、人の帰郷ごときを祝うほど暇じゃないので」
 くるり、と踵を返しかけた骸の手をジョットが掴む。
「どこ行くんだよ。これからが楽しいんだから」
「はぁ?」
「今日はこの村の豊饒祭なんだ。食って飲んで騒いで踊って、豊かな実りに感謝するお祭りの日なのさ」
「…はぁ、そうですか。勝手にやっててください。では、僕はこれで」
「待〜て〜よ〜!」

 ぐいっ

「っ!」
 突然引っ張られた骸はぽふんとジョットの胸に倒れかかり、そこをさらにジョットの腕に抱きしめられた。
「ちょ、ちょっとーーー」
「いーだろ、たまには。こういう日はみんなで楽しく過ごすもんだ」
「僕は結構ですから! ああもう、端から見たら腕がめり込んでるんですよ!?」
「お前が幻術解けばいいだけだろ。ほらほら、向こうで子供にお菓子配ってるぞ」
 ぴ。と指さされた広場では、骸と同じくらいの年頃だろう子供たちがわいわいと騒いでいた。その手にはキャンディーやキャラメルなどの小さな菓子が握られている。
「あ、あのねぇ! 僕は子供じゃーーー」
「お! チョコも配ってるぞ」

「………」

「…え、骸?」
「はっ! い、いえ、違いますよ!? ちょっと、そんな目で見ないで下さい!!」
 骸の良く通る声(今は大人の低音だが)に広場に集まって準備をしていた女達がこちらを向いた。

「「「「「…っ!!!」」」」」

 そして手にしていた飾りやら花やらをその場にポイっと放り、津波のごとき勢いでこちらへ走って来る。
「「…え、な、は?」」
 意味をなさない音を二人同時に発しながら、一歩後ずさる。
 そんなことなどどうでもいいらしい彼女達は、我先にとスカートをつまみ上げて本気の構えだ。大自然の中で育ったためか、非常に足が速い。
「な、何だよ、あれ!?」
「それはこっちの台詞ですよ! あなた何か怨みを買うようなことしたんじゃないですか!?」
「し、知らないって! 俺はいつも食ってるだけだったし! っていうか、あの娘たち、お前を見てないか…?」
「…え…」

 ぎんっ

 びくぅっ

 殺気すら感じさせるぎらぎらした目は、確かに真っ直ぐに骸をーーー正確には、ずっと高い位置にある骸の幻影の姿を見つめていた。
「な、何なんですか!?」

「わ〜〜〜〜〜〜!! ちょっと待ったぁ!!」

 突然割り込んで来た雷の守護者が骸たちを庇うように手を広げて娘たちとの間に立ちはだかった。

「早く幻術解いてっ」

 小声で骸に囁くと、鼻息も荒い娘たちを宥めにかかる。
「ま、まあまあ! あんまり走るとはしたないよ?」
「うるっさいわねぇ!」
「そこどきなさいよ!」
「ま、まあまあまあまあ! とっ、とりあえず落ち着こう!」
 必死な雷の後ろで、ジョットも骸もきょとんとするばかりだ。全くもってわけがわからない。

「は、早く解いて下さいってば!」

 そんな骸の方を一瞬だけ振り返り、再び囁く。かなり必死なその様子に、ようやく事態を察したのはジョットの方だった。
「骸っ、なんでもいいから姿変えろ」
「は…?」
「ほら早く! そんでもって隠れろ!」
「ちょっ…!?」
ぐいっと腕を引っ張られて、ジョットの背に隠れるような格好になる。渋々骸が茶色い髪のどこにでもいそうな子供の姿をとったのと、雷が娘たちによって地面に転がされたのとはほぼ同時だった。
「…あら? あの人はどこよ!?」
「嘘、さっきまでいたのに!」
獲物を探すような目つきで辺りを見回す娘たちはジョットの影に隠れる子供の姿など目もくれず、猟犬さながらの動きで四方に散っていった。
「………」
「………」
「………」
 残された三者は呆気に取られた表情で固まり、それぞれ顔を見合わせた。
「えーと…その、なんというか…激しいな」
「……なんなんですか、あの猪突猛進さは! この村の血筋ですか!」
「い、いやぁ、お恥ずかしい。田舎だからああいう美男を見る機会がないらしくて…」
「あー、なるほどね〜」
「何がなるほどですか! まったくーーー」

「そんなところで何してんの!」

「…え」
 ジョット達へ恰幅のいい女性が声をかけた。エプロンの似合う、いかにも面倒見の良さそうなおばさんだ。それがなぜか一直線に骸を目指してずんずん近付いて来る。
「まだそんな格好だなんて遅れとるよ! みんなもう準備してんだ。あんたもさっさと着替えな」
「は?」
 またもわけがわからない、と骸が目をしばたく。
「ほら、ぼうっとしてないで! 行くよ!」
 目の前まで来たおばさんは、ついにはズイッと手を伸ばして骸の腕を掴もうとする。
「…!」
 さすがに骸も嫌だったらしく、ジョットを壁にするように回り込んで逃れる。おばさんの腕を切り落とさないだけ、今はまだ機嫌がいい方らしい。
「あらま、人見知りかい? なら仕方がないね。ボスさん、あんたも一緒に来な」
 しかしおばさんは諦めず、今度はジョットの腕をがしりと掴む。
「えーーー」
 そしてそのままずんずん歩き出した。当然腕を掴まれたままのジョットも引きずられる形になる。

 がしっ

「ちょっと…!?」

 そして更にジョットの手が骸の腕を掴んだ。童話か何かにでもありそうな光景だ。
「…許せ」
「はっ、離して下さい!」
「俺も人見知りなんだよなー」
「何大嘘ついてんですかっ!」
「このおばさんに関しては本当だって」
「それはわからなくもないですけどっ」
「だろ?」
「…じゃなくて! 離してください!!」
「無・理。まあいいだろ、お祭りなんだし。今年の衣装は天使らしいぞ。骸にぴったりだな!」

「はっ、離せぇぇぇぇ!!!」










「………その度胸に感服です、ボス…」
 一人残された雷は、複雑な表情を浮かべて見送った。












「…こっ、コレを着ろと…?」
 てろん、と骸の手に垂れ下がったのは、真っ白な天使の衣装だ。天使と言っても、ようはひらひらした白い生地を重ねたレイヤードワンピース(もちろんスカートなわけで)に、やはりと言うか何と言うかな小さい羽がついているだけだ。頭の輪がないだけまだマシと言えるものの、それでも骸にとっては十分屈辱的だった。
「それくらいいいだろ? 去年なんか日本土産の着物に狐のお面と獣耳とふさふさ尻尾つけてたんだぞ。いや、それはそれで可愛かったけど」
「顔が隠れるだけマシです!」
「今だって幻術で顔隠してるじゃんか」
「〜〜〜じゃああなたの顔借りますよっ」

 ヴンッ

 一瞬骸の顔が霞んだと思ったら、次の瞬間には見覚えのある顔が出現していた。
 幼いが、間違いなくジョットの顔だ。
「げっ!」
 思わず声を上げるジョットを無視して、骸はさっさと天使の衣装を身に纏う。着やすい服なのでジョットが止める間もなく、瞬く間に小さな天使の出来上がりだ。
「ほらどうです、似合いません?」
 にやりと笑ってその場で一回転して見せる。柔らかな素材でできた羽がふわふわと揺れた。
「似合ってないっ!! あぁもう、幻術解けよ気持ち悪い!」
「おやおやひどいですね〜。ところで鏡ありません?」
「見ようとするなっ!」

「できたかい?」

 がちゃ、と遠慮なく扉が開かれて、先程のおばさんが入って来た。
「………さっきの子はどこ行ったんだい。さては逃げたか」
 着替えにあてがわれた部屋を見回して、鼻息を荒げる。しかしジョットを小さくしたような骸ーーー実際その通りなのだがーーーを見て、途端に目をほころばせた。
「おやまあ! ボスさん、あんた弟さんなんていたんだねぇ! そっくりじゃないか」
「え!? いや、こいつは、えーと…」
「そんな恥ずかしがらなくてもいいだろ。ほら、可愛い弟さんを皆に見せておやりよ」

 ぐいっ

「え、嘘っ、ま、待って…!」
 またも腕を掴まれてジョットが引きずられる。
「くそぉっ」

 すっ

 さっ

 ジョットが伸ばした手は、骸の腕がすばやく引っ込められたことで空を切った。
「避けるなよっ!」
「ふん、二度も同じ手をーーー」

 ぶにっ

 ジョットの手が骸の背中にぴょこんと飛び出た羽を掴んだ。
「んなっ!?」
「甘いな骸っ! どうせ恥をかくならとことんまでだ! 今日はお祭りだからな〜ハッハッハ」
 ネジを数本なくしたように笑って、ばたつく骸を引きずる。
「幻術解いたって一向に構わないからな〜」
「だっ、誰がっ!」
 いっそう激しくもがくものの、抵抗虚しく骸は白日の元に引っ張り出された。











「ぶっ!?」
「ぐほっ、げほげほっ!!」
「げほっごほっ!!」
 事情を知らないまでも察した嵐と晴と雷の3名は、揃ってビアを噴き出した。
「げほっ、ぐっ、そ、その格好は…!?」
「ごほっ、き、極限懐かしいが、骸がそんな格好をするとは思わなかったぞ!」
「…っ、どっ、どうしちゃったんですか、それ!? ぷっ、ぷふっ」
 口々に騒がれ、骸の肩が羞恥と屈辱に震えた。いくら見た目がプチジョットでも、中身が骸であることは守護者連中にはバレバレなのだ。全く救いようがない。
「うっ、うるさい! いろいろ複雑な事情があるんですよっ! 笑うなそこっ!!」

「ほらほら、天使達は広場に集合だよ。あんたも行きなさい」

「はぁ!? まだ何かあるんですか!?」
 これだけ恥をかいてもまだ終わらないというのか。















「……ま、まさかこれは………!」

 その場の雰囲気に流されて言われるがままに広場に集まってみれば、同じような格好をした子供達が輪になってくるくる回っているではないか。嫌でも想像がつく。

(お、踊れと…?)

 冷や汗を流す骸を少し離れたところからジョットが見守っているのが目に入った。
 どうやらもう完全に割り切っているらしい。とても…ムカつくくらいに楽しそうだった。その表情は息子の活躍を見に来た親そのもので、それがまた骸の羞恥心を煽る。
 そうこうしているうちに楽器の演奏が始まってしまった。周りの子供達も音楽に合わせるように踊り出す。振り付けなんてものはなく、各自自由で朗らかなものだ。
「骸〜頑張れよ〜!」
 笑いを堪える守護者の真ん中で、ジョットはウキウキと手を振っている。
 なんなんだろうか、この状況は。なんだかもういろいろと限界な気がする。むしろ限界突破か。負けず嫌いな自分のプライドが恨めしい。
「こ、この…!」
(やればいいんだろう、やれば!!)
 ぎりっと歯を食いしばると、意を決して力強くステップを踏み出す。

「「「「「お、おぉっ!?」」」」」

 一気に場がざわめいた。その中心はもちろん骸だ。手を振りながら回っておけばいいや、くらいの他の子供達とは明らかに次元が違う。的確なリズムと大胆で迷いのない動き。軽やかでいて軽薄でなく、踊り子のような魅せることを主とした舞だ。奉納演舞にも近い。

「な、なんだアレ…」
「さ、さぁ…」
「極限にうまいな…」
「骸…! やばい、泣けてきた…!」

 それぞれに反応は異なるものの、皆の視線は骸に釘付けだ。
 
 タンタンタタンっ

 ト タタンタタン

 タンっ

 音楽とともに骸の舞も終わりを迎えた。場が静まり返り、そして一気に大歓声が取って代わる。陽気な口笛だとか割れんばかりの拍手だとかが骸を包みこんだ。
「骸〜!!」
 それに混じりながらジョットが駆け寄る。ご丁寧に涙を浮かべて両腕を広げ、骸を受け止める体勢を整えながら。
(どうしてそう人前でそういうことを…!)
「あぁもうっ! 来ないで下さい!!」
 ぼわっ、と霧で視界を覆い隠し、今更ながら骸はその場を逃げ去った。
 ジョットの声やら、手品か何かだとでも思っているらしい歓声やらをまとめて無視して、どこか静かなところを目指した。
















  
 キィ

 キィ

「何をやってるんだか、僕は…」

 キィ

 キィ

「たまにはいいだろ?」

 ギッ

 突然ブランコを止められて、がくんと揺れた。
「ジョッーーーなんです、それ?」
 抗議の声をあげかけて、途中から疑問に変わる。視界に入ったジョットの顔は、その腕いっぱいに抱えられたお菓子の山に遮られて見えなかった。
 そう、お菓子の山。しかも、おそらくは全てチョコレートだ。
「みんなからもらった。いいもん見せてくれたお礼だってさ」
 いいもんとは、すなわち先程のーーー

 ぼっ

 思い出して骸の頬が赤く染まった。街はずれのこの場所に人気はなく、今はもう幻術を解いていたので、赤くなった顔はもちろん骸本来の顔だ。
「ははっ、照れた照れた」
 楽しそうに笑って、ジョットは骸の頭を撫でた。
「わ、忘れて下さいよっ!」
「いやいや、あんなに綺麗だったんだ、そう恥ずかしがることもないだろ。…て言うか、ホントうまかったなぁ」
 しみじみと言われて、益々顔に熱が集まる。
「べ、別に…かつてはそうやって暮らしていたこともありましたからね」
「前世か?」
「ええ、まあ」
「…そっか」
 骸が前世の話をするのは珍しかった。ジョットはチョコレートの山をブランコのくくりつけてある木の根本に置くと、骸を持ち上げて自らもブランコに座り、その膝の上に骸を乗せた。
「…服、しわになりますよ」
「いいだろ、たまには」
「…木、しなってますよ」
「大丈夫大丈夫、たぶん」
「…ガキっぽいですよ」
「あのなぁ、せめて親子みたいって言えよ」
「………」

 ギィー…

 ギィー…

 ギィー…

「…………ねえ、ジョット。僕、鳥だったこともあるんです」

 ギィー…

「それはいいなぁ。空を自由に飛べたら気持ちいいだろう」

 ギィー…

「ええ、確かに。…でも、寂しかった」

 ギィー…

「空は広くてどこまでも続いていたけれど、そのかわり、どこまで行っても誰かにたどり着くことはなかった」

 ギィー…

「不思議なものです。天高くから眺める夕日より、ブランコに乗って眺める夕日の方が暖かく感じる」

 ギィー…

「…俺が鳥じゃなくて良かったよ」

 ギィー…

「え?」

 ギィー…

「この腕が翼だったら、お前を抱きしめておけないだろ。空を飛ぶ時も、こうしてそばにいることはできない」

 ギィー…

「…だったら、僕も鳥じゃなくて良かった」

 ギィー…

「あなたの腕の中から逃れないでいる口実になるから」

 ギィー…

「口実かよ」
「ええ、口実ですよ」

 ギシッ

 とんっ

「わっ、いきなり飛び降りるなよ」

 ギシギシ

「…ね、またいつかこの場所へ来ましょうよ」

 ギッ

「あなたと二人でここにいると、僕は少しだけ素直になれる気がするんです」

 ギィー…………

「だからまた、ここで」





 ね、父さん。


















マフィアに休日があるのか…とかは、気にしない。
まだUPしてない本編の続きがけっこうシリアス展開なので、そろそろ息抜きしようとほのぼの系を書きました。いろいろとツッコミどころも満載ですが、私の妄想中の骸さんは、何でもこなせると同時に何事も手を抜かないーーーむしろ抜けない主義なんです。

2008.4.4