骸と昼寝と弊害その他




コンコン

「どうぞ」

「失礼します。ボス、今朝の書類に訂正がーーー!!??」
 ばさばさと手に持った書類を床に落として、嵐の顔が驚愕に歪む。

「こ、こ、これは!?」

「しぃー、静かに」
「……っ」

 すぅ… すぅ…

 静まり返った執務室に、小さな寝息だけが僅かに響く。

「な、なんでこんなところにこいつがいるんですか!?(小声)」

 足音を忍ばせて書類の積まれたデスクに歩み寄り、ゆっくりと新たな書類を置く。
「いやぁ、今日はあいつ休みなんだけど、特別やることもないからってここに来てさぁ(小声)」
 ジョットはそれをパラパラとめくって確認し、訂正前の書類を書類の山から抜き出して、嵐に差し出す。
「あ、はい、どうも…じゃなくって、ま、幻じゃないですよね…?(小声)」
 恐る恐る黒い革張りのソファーの方を見れば、相変わらず胸元を僅かに上下させながら、小さな身体が横たわっている。顔は本が乗せられていて見えないが、あの独特の髪型といいマフィアらしくない年齢といい、間違いなく骸だ。しかも、普段は隠している子供の姿のままの。
「ちゃんと本物だよ。触れるし(小声)」
「さ、触ったんですか!?」
「声が大きいって!(小声)」

「…ん…」

「………」
「………」
 しかし骸は小さく身じろぎしただけで、起きる気配はない。
 なんだか気分は猛獣の寝相観察か何かだった。もし骸が起きたとしたら、ジョットはともかく、確実に嵐はただでは済まないだろう。触るなんて以っての外だ。
「で、触ってみたんですか?(小声)」
「うん。骸がここに来たのはいいんだけど、ずーっと本読んでばっかりだったから構ってほしくてさ(小声)」
 嵐はめまいを感じて自らの額に手をあてた。
 構ってほしくて触れる?
 骸に対してのその行為がとんでもなく高度な技であることをわかっているのだろうか。

 無理。絶対、無理。

 守護者の大半がそうだろう。いや、雨は骸の恐怖を体験したことがないし、晴も単純だから気にしないかもしれない。雲に関しては触る・触らない以前の問題だ。こんな機会があったら、すぐさまトンファーが繰り出されていただろう。
(結局のところ、俺と雷のやつだけかよ…)
 現在進行形で貧乏くじを引き続けている気がするのは、気のせいだろうか。

「でもって、頭撫でてるうちに、気付いたら眠っててさぁ(小声)」
「は、はぁ。それはまた、奇跡的な…(小声)」

 ありえない。自分じゃ絶対、ありえない。

 ありえたらそれこそ天変地異の前触れだろう。とりあえず隕石落下くらいは起こり得る事態だ。今の段階で既に大地震くらい起きてもおかしくない気がするが。
「でもそろそろ3時になるし、おやつがてら起こすかなぁ。あんまり昼寝し過ぎると夜眠れなくなるし(小声)」
「………」
 どうしてボスはここまで骸を子供扱いできるのか。おやつ? 昼寝のし過ぎで夜眠れない? あの骸からは考えられな過ぎる。
「あ、あの、それはさすがにーーー(小声)」
「んじゃ、俺ココアでも作ってくる。嵐はコーヒーでいいかな?(小声)」
「え? え、ええ。い、いえ、そんな、恐れ多い…!(小声)」
「いーのいーの。こいつ、俺が作ったものじゃないと警戒するからさぁ。じゃ、ちょっと調理場行ってくるよ(小声)」
「は、はぁ。わかりました(小声)」
 結局押し切られてしまい、ボスは物音ひとつ立てずにするりとドアの隙間から出て行った。

 すぅ… すぅ…

「………え」
 残されたのは眠れる猛獣一匹と、悪運続きの嵐だけだ。
「…!!!」
 今の状態は非常にまずいのではないか。この場にジョットがいなくなった今、もし骸が起き出したりしたら…。
 さぁーっと血の気が引く音が聞こえたのは、幻聴だろうか。幻聴だと思いたい。むしろ今の状況が幻であってほしい。
「…っ……」
 ど、どうする。とりあえず音は立てないようにするとして、気配を殺すべきか。
 いや、突然気配がなくなったらそれはそれで異変として察知されるかもしれない。ようは変化がいけないのだ。ささいな場の変化が骸を起こしてしまうのだ。つまり、今までと全く変わらない状態を作り出せばいい…はず。たぶん。
「……!」
 それはすなわち、自分はここから出ることすらできないのに等しい。

 なんだ、この緊張感は。

「……」
 とにかく、今までの状況を再現しなければ。

 すっ

「…んん…」

 一歩動いただけで骸が身じろいだ。びくりと震えかけた肩を必死に堪えて、さも当然のように速やかにデスクに向かう。何も異常はないふうに装わなければ。
 まず、ボスはここで書類に目を通していた。つまり、書類をめくる音がしていたはず。

 ぱら…ぱら…

 そしてサインをしていた。つまり、ペンの走る音もしていたはず。

 さらさら…

「……」

 すぅ… すぅ…

 よし、変化なし。このまま、このまま続けていればなんとかーーー

「はっ!?」

 ノリで書類にサインしてしまった…!! しかも自分の名前だ。まずい。かなりまずい。新しい書類を用意せねば。そのためにはこの部屋から出なければならない。
「…く…」
 自分で自分を窮地に追い込みながら、静かに椅子から立ち上がる。

 ギィっ

「!!」

「ん…うるさい…ジョット……」

 …すぅー… すぅー…

「…………ふー」
 ぎりぎりセーフ。
 やばいくらいに心臓がどきどきいっている。今のは危なかった。
 それにしても、骸にとってジョットがいかに特別であるかには驚かされる。あの骸がこうも絶対の信頼を置くとは。そもそも、こんなにも無防備な寝姿をさらす時点で骸らしくない。ジョットにしか見せない、見せたくない姿なのだろう。
「……」
 可愛いところもあるものだ。同時に、自分がいかに危機的状況にあるかを再認識する。
 今自分がすべきことを整理して心を落ち着けよう。

 1、音を立てずに外へ出る。

 2、新しい書類を持ってくる。

 3、何事もなかったように元の位置に書類を戻す。

 4、ジョットが戻るまで骸を起こさないようにする。

 かなり絶望的だ。
(いや、やるしかない…!)
 心の中だけで気合いを入れて、一歩を踏み出す。

 すっ

「……」

 すっ

「……」

 すっ

「……」

(い、行けるかも)

 すっ

 すっ

 すっ

 あと少しで第一関門のゴールだ。先程ジョットが出て行った時にドアを閉めなかったので、今も隙間がある。辿り着けさえすればなんとかなる。
(だが、気を抜くな…いや、気を入れ過ぎるな…)
 さりげなく、しかし音は立てずに。

 すっ

 すっ

 すっ

(あと、一歩…!)

 す…

 ガチャッ ゴン!

「ボス! お茶にしませんか!」

「〜〜〜〜だぁこの馬鹿っ!!!」
「…は? あれ、嵐兄、いたんーーーだぁぁぁぁぁ!?」
 雷の叫びに嫌な予感を感じながら、恐る恐る振り返る。

 ゆらぁり…

「げっ!!」

 案の定、そこには先程までの可愛いらしさなどカケラもない骸ーーーうっとりするような微笑みを浮かべた美青年が立っていた。
「ひどいですねぇ。来てたなら起こして下さいよ」
「い、いや、起こしたら悪いかと思ってだな!」
「で、ジョットのふりまでしてくれたわけですか」
「なっ、き、気付いて…!?」
「…やっぱり」
 にこりと笑みを深める。
(ハ、ハメられた!!)
「おまっ、卑怯だぞ!」
「クフフ、言いたいことはそれだけですか」
 す、と骸の手に音もなく三叉槍が出現した。状況のわからないまま巻き込まれた雷は、突然の事態にぶるぶる震え出す。
「な、何これ!? なんでこんなことになってるの!?」
 もうパニック寸前だ。実際雷はただ単に運が悪かっただけなので、哀れとしか言いようがない。
「ま、待て骸! ボスに言い付けるぞ!」
 嵐の完全なる子供扱いに、骸の眉間にびきりと溝ができた。
「…じゃあ口封じしないといけませんよねぇ」
「えっ、えええええ!!」
「嘘だろぉぉぉぉぉ!!」
 二人の絶叫を無視して、骸が槍を振りかぶる。

 びゅおっ

「むっくろ〜!」

 ぴた

 骸の手が、止まった。
「「ボっ、ボスぅ!!」」
「お、雷も来てたのか。じゃあみんなでお茶にしよう!」
 ポットやらカップやら茶菓子やらをいっぱいに乗せたトレイをガチャガチャさせながら中へ入る。どうやら適当に詰めて来たらしく、カップは良くも悪くも多いくらいだし、茶菓子もそれだけで夕飯になりそうなほど大量に押し込められていた。
 ジョットの聞き捨てならない言葉に勢いを削がれた骸は槍を消失させ、呆然とジョットを見つめた。

「…みん、なで…?」

 骸の凍てつく声に、ジョット以外がびくりと震えて顔を背けた。骸の視線がちくちく…というよりざくざくと痛い。
「雷もコーヒーでいい? はい、二人とも」
「あ、ありがとうございます」
「す、すいません」
 そんなことも気にせずのほほんとするジョットからカップとソーサーを受け取るも、2人の視線はあさっての方向を向いていた。ジョットの後ろから骸が強い目で見つめているのが怖い。
「ほら、骸にはいつものココアな」
「…」
 好物を差し出されてもなかなか受け取らない骸に、ジョットが首を傾げた。
「お? なんだ、拗ねてるのか?」
「…そんなんじゃないです!」
 ココアをさっさと受け取ってこくりと飲む。…甘い。それに、『甘い』という味覚の反応だけではなく、やはりジョットの作ったものだからおいしく感じる。
「………」
 無言で味わう骸を見て、ジョットは上機嫌に笑った。
「はは、悪かったって。わかってるよ、今度は二人でお茶しような」
「………別に」
 ふん、と不機嫌を装いながらも、骸の表情は少しだけ緩んでいた。

「でも、今日はみんなで楽しもうな。よし! 晴は出張中だから、雨と雲を呼ぶか!」
「…!?」


 全然わかってない!!!















ホントこういう役回りばかりですねー、我が家の嵐さん。なんだろう、いじりやすいからか・・。というか、単に右腕ポジションだからジョットのそばにいることが多いせい?
そして私は骸さんの寝顔が好きなので、我が家の子骸さんはけっこうよく寝てますね(笑)

2008.4.12