彼岸花
*時間軸的には11話以降のことですが、ストーリー構成的には18話を読んだ後に読んでいただきたく思います。
さわさわと頬を撫でる風を感じながら、骸は背中にあたる冷たい石の感触に身を委ねていた。
「……」
まさかこの自分が墓参りなんて無意味なことをするようになるとは、思いもしなかった。しかし今ではこうして墓石に寄り添って時間を過ごすことも、そう珍しくはなくなっていた。花のひとつも持たないあたり、あまり一般的な墓参りと同一視すべきではないのかもしれないけれど。
(あぁいえ、違いましたね。花ならこんなにたくさんある)
ちょこんとすぐ脇の地面から顔を出しているそれを優しく指先でつついてみる。ちょっと力を入れるだけで壊れてしまいそうなそれはとても脆弱で、ちゃんと育つかどうか心配だ。でも確かにそれはーーー彼岸花の芽は、静かにそこに息づいていた。
そう、あの日ジョットや守護者達と植えたものだ。
(お人好しが多いのも困りものですね)
うっすらと微笑んで視線を上げれば、墓を囲むようにそこかしこから黄緑色の先端が飛び出していた。
『あーっ! そこダメ!! 俺が植えた子がいるんだから!』
『えっ!? わっ、たっ、とぉぉぉっ!!』
『ちょっと! そっちには僕が植えたのがあるんですけど!』
『そ、そうは言ったって! わっ、わたぁぁぁーーー』
『この馬鹿! そこには俺のがあんだよ!』
『えぇぇぇ!? ひぃぃぃふぬぉぉぉぉ〜!』
『あー、そっちもダメな。俺のが埋まってっから』
『ど、どうしろってんですかぁぁぅぃぁぁあっ』
『悪いがそこも除外だ! 極限元気に育ってもらわねばならんからな!』
『むっ無理無理もう限界っ! バっ、バランスがぁぁぁぁぁ!!』
べしゃっ
『あーぁ…御愁傷様…』
『あの馬鹿…』
『よりにもよってか…』
『ホント運ないのなー』
『………雷。ちょっと顔貸してくれます?』
『いやっ、今のはどう考えたって不可抗りょーーーぷぎゃぁぁぁぁぁ!!』
思い出してくすりと笑いが漏れた。馬鹿馬鹿しい想い出だが、どうしてか思い出すと眩しい記憶に変わる。
芽が出たせいもあって、今ではどこを歩けばいいのかがわからなくなることはなくなったものの、どちらにしろ墓の元にたどり着くのには細心の注意が必要だった。体重の軽い骸でも、このちっぽけな芽はとたんに潰れてしまうだろう。
守護者の中には庭いじりの知識を持つ者などおらず、骸もまたそういったことには疎かったのがまずかったのだが。
(まあその割には順調そうですが)
一体いくつの種を植えたのかわからないが、とりあえず足の踏み場もないほどに芽が出たあたり、ほとんど全ての種が発芽してくれたのではないだろうか。この分なら、いつかそう遠くないうちに真紅の美しい園になるだろう。
「…喜んで、くれますか?」
墓石が物言わぬことなどわかりきっているから、これは独り言だ。
そして答えもわかりきっているから、これは戯れ言に過ぎないのだろう。
(わかっていますよ。お前達はもう輪廻の中。ひょっとしたらもう次の生を歩んでいるのかもしれませんね。僕の言葉など、もう届く由もないのでしょうね。どんなに美しい光景を作っても、お前達が知ることはないのでしょうね)
そんなことは、自分こそ誰よりもわかっているのに。
それでも、届けたかった。
「犬、千種、凪。僕は今、たぶん…幸せです」
この気持ちを、届けたかった。
彼らと、分かち合いたかった。
だって、彼らがいなければ始まらなかったのだから。もし彼らに出会わなければ、あのまま生きる目的もなく、死んだように生き続けるしかなかったのだから。
きっとそれは、息をするだけの人形に過ぎない。
世界に色があったなんて知らぬまま、何かを美しいと思うこともないまま、それを不幸だと思うこともなく、生きながら朽ちていたのだろう。
そしてまた廻り、繰り返すーーー。
なんてぞっとしない話だろうか。
「いつか僕も、廻る時が来るでしょう。でも、その時はあがいていいですか? この生に醜くしがみついてもいいですか? 今を、愛していいですか?」
だってここは日だまりだから。
あの大空の、腕の中だから。
「それまで…待っていて、くれますか?」
さわさわと、気持ちの良い風が青みがかった骸の髪を揺らす。
返事は、ない。
でも、返事はわかっていた。
だからこれは、独り言。
言葉遊びのひとつ。
遠くで自分を呼ぶ声がする。
暖かい日だまりが、呼んでいる。
「おーい、骸〜どこにいんの〜? 骸〜!」
「今行きますよ!」
全く騒がしいんだから、と毒づきながらも立ち上がる骸の表情は、明るい。
「…また来ますね」
きっと、またーーー。
話としては11話〜13話のあたりです。
ただ、読んでいただくとなんとなくわかる通り、18話とほんのちょこっと関わっております。
なくしてしまった日常ほど、輝いて見えたらいいな。
2008.5.31