骸さんと学園祭




「全く、急に召集をかけられたから来てみればーーー」

 ここは並盛中学。知力・学力・体力すべてが並という、平々凡々な生徒が通う普通の学校だ。特定の人物の指導(?)のもと、表面上は平穏に暮らしている。しかし今はそんな平穏もどこへやら、殺気に満ちた怒号やら歓喜の声やらが飛び交う戦場となっていた。

「なんで僕らがこんなことをしなきゃならないんですか!?」

 苛立ちもあらわに叫ぶ骸の手には2本の鉄製ヘラ。その前では、大きな鉄板の上でお好み焼きがじゅうじゅうと音と煙をあげている。

 そう、今日は年に一度の並中学園祭。生徒たちのいろんなタガが外れる日。



「いや、だって人手が足りなくってさぁ…」
 ツナがキャベツを刻みながら申し訳なさそうに言う。しかしその意識はあくまでキャベツに集中しており、誠意なんてものはカケラも感じ取れなかった。
「獄寺隼人と山本武はどうしたんですか!」
 同じクラスなのだし、学校がそもそも違う骸たちよりよっぽど適任なはずだ。
「山本は野球部の観戦試合で活躍中だし、獄寺くんは接客とかそういうのダメだし」
「獄寺隼人がダメだと言うなら、うちの犬こそ向いてませんよ!」
 お好み焼きを焼いている骸の後ろ、少し離れたところでイスに縛り付けられた犬が唸っている。ちなみにただイスに縛り付けただけでは簡単に引きちぎられてしまうので、骸に“待て”をかけてもらっていた。
「むぅ! むむむぅ! むぅむ〜!!」
 そうして、哀れ犬はほとんど涙目である。なまじ嗅覚が異常に優れているだけに、この状態はとんでもない生殺しだろう。
「千種だって接客に向いているとは思えません!」
 骸の隣では千種が肉をヨーヨーで叩いていた。もちろん針は出ないようにしてあるが、武器として使っていた(今でも現役だが)ものだ。ルミノール反応が出るのは確実の、返り血の染み込んだヨーヨーで肉をぶっ叩く無表情の少年…シュールとしか言いようがない。そのヨーヨーが武器であることを知っている者は限られているが、浮いているのは確実だ。
「それに何より!」
 びしっと遠くをヘラで指す。
「僕のかわいいクロームが並盛のバカどもに視姦されているのが許せません!!」
 人の波の中でちらちらとかすかに見えるクロームは、黒を基調とした、いわゆるメイド姿で客引きをしていた。ちなみに、やたらと遠くにいるのは、骸たちがいる屋台から長い行列ができているからだ。
 お好み焼き自体がおいしいのもあるが、何よりそれを作っているのが美少年と言っても差し障りのない骸であることが大きい。無駄に器用な骸は、今も話しながらお好み焼きを同時に4個ひっくり返している。それを見た客(主に女の子)が黄色い歓声をあげたが、骸の耳には入らないようだ。
「なら、止めればよかったのに。骸が言えば断っただろうしさ」
 クロームは骸に従順なので、ツナの頼みより骸の制止を優先しただろう。てっきり骸が止めると思ってダメ元で頼んでみたのだが…。
「そんなことしたら、クロームのメイド姿が見れないじゃないですか!」
 あぁ、なるほどそういうわけね、とツナは生暖かい目になった。
「それにしてもーーー」
 客に4個のお好み焼きを包んで渡しながら言う。
「どうしてこの列は全然短くならないんですかね」
 むしろ列は延びていく一方で、クロームと骸の距離は広がるばかりだった。ずっと休まずお好み焼きを焼き続けているにも関わらず終わりは見えない。
「みんなまとめ買いばっかだからね〜」
 そう、客一人につきお好み焼きが複数必要なのだ。特に女の子は3つ4つ余裕で買っていく。女の子の心理としては、できるだけ近くで長く骸を見ていたいのだろうが、骸としてはひどく厄介な存在なのだ。
「こんなにクロームから離れて、変な虫が付いたらどうするんですかーーーって言ってるそばからっ!!」

 しゅびゅっ!! 

 何かが人ゴミの隙間を通って高速で飛んでいった。

 ずごんっ

「あがっ!?」

 遠くの方で何かが当たった音とくぐもった叫びが聞こえた。
「なっ、何してんのぉぉぉ!?」
 何かをスローした姿勢のままの骸の隣で、ツナが固まる。
 遅れて響いた悲鳴とともに、人の波がざぁっとひく。その中心には額にヘラを生やした男子生徒が倒れていた。間違いなく、骸の手にあったはずのヘラだ。
「っ!? は??」
「なっ何だ!?」
 その傍には困惑するクロームと、あまり柄の良さそうには見えない男子生徒が立ち尽くしていた。
「油断も隙もあったものではありませんね」
 ツナはキャベツに夢中で気付かなかったが、どうやら客引きをしていたクロームに男子生徒がちょっかいを出していたらしい。そのちょっとした出来心が、クロームに関してやたらと沸点の低い骸の逆鱗に触れた。
「てっ、てめぇ!! 何しやがるっ!?」
 倒れてぴくぴくしている男子生徒の友人らしき生徒が叫ぶ。
 黒曜生ならともかく、何も知らない並中生には骸はただのよそ者の優男に見えたのだろう。やる気満々な様子でばきぼき指をと鳴らしながらこちらに歩みよってくる。
「ちょっ、ここでの揉め事はヤバイって!」
 骸の容赦のなさも極悪さも身をもって体験済みのツナが必死に骸をなだめるが、止めてきくような骸ではない。
「クフフ、ヤバイ? ヤバイのはあの男の顔ですよ」
「ひぃっ! 目が笑ってない!!」
「犬、あの破廉恥野郎を叩きのめしたら、お好み焼き1個食べていいですよ」

 ぶちぃっ!!

 犬をイスに縛り付けていた紐(と言うより縄)が、音をたてて引きちぎられた。
「ひゃほっ!! いったらっきまーすっ!!」
「ちょっと、ホントにやめてー!!」
 骸の“よし”が出た以上、犬は止まらない。
(ヤバイヤバイヤバイってぇ!!)
 年に一度の並中のお祭りだ。それを台なしにされたとあっては、並中をこよなく愛する彼が黙っていないだろう。

 がきぃっ

「何してるの」

(ほらぁ!!)
 言わんこっちゃない、とばかりにツナが頭を抱える。
 さらに大きくなった人の輪の中心で、犬の牙を見覚えのあるトンファーが受け止めていた。

「「「「ひ、雲雀さん!!」」」」

 並中風紀委員長にして不良の頂点、実質並盛の支配者である雲雀恭弥だった。
 雲雀の恐ろしさを存分に知っている並中生達はずざざざぁっと一斉にその場から退く。うん、その気持ちは良くわかるよ、とツナは若干涙目になりながら遠くを見つめた。

「僕の並盛中で何勝手なことしてるの」
「雲雀恭弥…!」

 雲雀と骸の間で見えない火花が散らされる。その間で犬がトンファーに噛み付いたままオロオロしている。雲雀の強さは知っているし、それより何よりーーー

(そう言えばこの二人、ものすごく因縁あるんだったぁぁぁぁ!!)

 そういうわけで、犬もツナもどうしたものかと判断しかねていた。下手なことをすれば問答無用でトンファーもしくは三叉槍の餌食だ。よぉく考えて行動しなければ!
「騒ぎの原因は君たち?」
「キャインっ」
 犬を無造作に振り払い、雲雀が一歩前へ出る。あまり力を入れているようには見えないのに吹っ飛ばされた犬は素早く受け身をとると、急いで雲雀のリーチ外に飛びのく。不穏な空気に、また人の輪が広がった。
「ワォ、随分と愉快な格好じゃない」
 雲雀が骸の姿(黒曜制服+熊柄エプロン+ヘラ)にせせら笑う。 
「ユカイユカ〜イ!」
 雲雀の頭の上でヒバードが復唱する。意味がわかって言っているのか、単に雲雀の馬鹿にしたような口調をマネたのか、なかなかにムカつく。
「クフフ。鳥の巣同然の鳥頭に言われたくありませんね」

(((((パイナップルもどうかと思うけど…)))))

 なんだか一瞬みんなの心がひとつになった気がした。
「犬、後でおしおきですよ」
「読まれてるっ!? …てか何れ俺だけ!?」
(うわ、かわいそ…)
 さっきから踏んだり蹴ったりの犬に、ツナは友情にも似た同情を感じた。
「その目障りな果物、叩き割ってあげるよ」
「鳥には可愛そうですが、こんな低い鳥の巣はない方がいい」
 雲雀はトンファーを、骸はヘラを置いて三叉槍を構えた。
「パイナポー! パイナポー!」
 ヒバードが不穏な単語を鳴きながら飛び立つ。
「うるさいですよっーーーあ!」
「「「…あ」」」
 骸とツナ、それに犬と千種まで同時に声をあげた。その視線の先にはーーー

「…?」

 クロームの骸を真似たパイナップルヘアーにヒバードが埋まっていた。納まりがいいのか悪いのか、ふかふかと身を揺らしながら。
 そして、

 みぃ〜ど〜り〜たな〜びく〜 並盛の〜

 大なく 小なく

 並〜が〜いい〜

 その場で並中校歌を歌い出した。
(あ、あんなところで! ヤバいって!!)
 今度は骸がヤバい。ツナの認識では、骸は誰であろうと(鳥であろうと)クロームに触れるものを許さないとんでも野郎だ。
「な…!!」
 案の定、ぶるぶると後頭部の房を揺らして骸の怒りがピークに達しようとした、その時。

「すごい! あなた歌えるの?」
 クロームの楽しそうな声が場違いなほど涼やかに響いた。
「パイナポー! ヒバリ! 並盛ー!」
 自身の頭の上で喧しく鳴くヒバードをふわふわと撫でる。
「可愛い…」
 ヒバードはというと、並中校歌を歌いながら当然のようにそれを享受している。
「…鳥ごときがーーー!」
 ぼそりと呟き、骸が槍を握りしめる。ぎりぎりとここまで音が聞こえた。
(本当に鳥に嫉妬してるー!?)
 何なんだろう、この人…。
(そうだ、雲雀さんは?)
 先程からずっと雲雀は黙ったままだ。ふと見れば、雲雀はクロームを見つめて不思議そうにしていた。そう言えば、元々ヒバードはバーズの鳥のはずだが、雲雀以外に懐いているところを見たことがない。
(でもクロームに懐いてる…よなぁ?)
 なんとなくヒバードの機嫌も良さそうに見えるのだ。さっきからずっと並盛中の校歌を歌いっぱなしだし。

「…みーどーりーたなーびく〜?」

「く、クローム!?」
 何度も頭の上で繰り返されるうちに覚えてしまったのだろう。クロームも一緒になって並盛中の校歌を口ずさんでいた。雲雀以外の誰もがダサいと認識している校歌だが、不思議とクロームが歌うと聖歌のように聞こえる。
「…!」
 ぴくりと雲雀も眉を動かし、多少驚いているようだった。
 雲雀が何か言おうと口を開くが、


「あぶねぇっ!!」


 突然の大声とともに、校舎のガラスを突き破って何かが飛んでくる。それは真っ直ぐにクロームに向かっているが、予想もしない事態にクロームは身を固めることしかできない。
「っ!?」
「クロームっ!!」
(距離が遠すぎるっ)
 骸が槍を凄まじい速度で投擲する。飛んで来た何かと大きなガラスは槍に当たり軌道を変えたが、降り注ぐ無数の破片は防げない。

「ーーー!!」

(クロームっ)






「…!」
 クロームの上に覆いかぶさるように黒い影が広がっていた。
「ひっ、雲雀さん!」
 ぱらぱらとガラスの破片を落としながらゆっくりと身を起こしたそれは、雲雀恭弥だった。その身で小柄なクロームを地面に乱暴に押し付けるようにして、確かに庇ったのだ。
「クローム! 無事ですか!!」
 クロームの元に骸が駆け寄る。その目は信じられないというように見開かれていた。
「私は大丈夫です。でもーーー」
「ヒバリー! ヒバリー!」
 雲雀のまわりを飛びながら、ヒバードが鳴く。クロームは無傷だった。
「雲雀さんっ!」
 遅れてツナも駆け寄り雲雀に降り懸かったガラスの破片を払う。
「…なんでもないよ、このくらい」
 ところどころ血を滴らせながらも何事もなかったように雲雀は立った。
「雲雀恭弥、まさかあなたがクロームを守ってくれるとは思いませんでした」
「守ったわけじゃない。ただ身体が勝手に動いただけ」
(勝手に動いて守ってくれたのでしょう?)
「一応、ありがとうございます、と言っておきましょうか」
「…ふん、気が削がれちゃった。今日はもう帰る」
 少しフラつきながら、雲雀は一歩を踏み出す。
「あ、あの…ありがと」
 クロームの声が背中越しに聞こえた。ぴたりと雲雀の足が止まる。

「勝手に感謝してれば」

 ただ一言そう言うと、雲雀は振り返りもせず立ち去った。
 なんとなく上機嫌なその背中を、ヒバードが歌いながら追っていった。






「おーい! 大丈夫だったかー!?」
 グラウンドから野球着の男が駆けてくる。
「山本!」
「山本武…」
「わりぃわりぃ! 盛大なファールやっちまってさぁ」
 いつもの朗らかな口調で野球帽を外す。事態を知ってか知らずか、あまり悪びれたふうもない。たぐい稀な長打力を持つ山本にとっては、校舎のガラスを割ることなど日常茶飯事だった。
「全くあなたという人はーーー!」
「骸、抑えて抑えて!」
 また同じ繰り返しになるのを恐れてツナが骸を宥める。
「……わかってますよっ。雲雀恭弥の顔をたてて、ここは引き下がりましょう。これ以上借りを作りたくありませんしね」
 そう言うと、潔く踵を返し、クロームを連れて屋台の方へ歩きだす。
「…え?」
 てっきり山本に食ってかかるかと思っていたツナは、拍子抜けしたように瞬きを繰り返した。

「さぁ、どんどん焼きましょうか。せいぜい盛り上げてやりますよ」



 結局その後、骸たちに加え、試合の終わった山本、騒ぎを聞き付けた獄寺の手伝いもあって、屋台は大繁盛した。その間何度も黒曜組と並中組とで不穏な空気になったものの、なんだかんだで楽しかったかもな、とツナは微笑んだ。












「はぁ〜、食ったびょん!」
 道に4つの長い影がのびている。うち1つがぴょんぴょんと動く。
「うざいよ、犬」
「仕方ねーらろ! 骸さんの作ったお好み焼き、ちょ〜うまかったんらも〜ん!」
「…おいしかったです」
「クフフ、そうですか」
 普段は千種が料理当番のようなものなので、骸の手料理というのは滅多にない。
 ただ、骸本人は千種同様器用なので、料理の腕も悪くない。おいしいと口には出さないが、千種も珍しくおかわりしていたほどだ。
「あれしきのことで借りを返せたとは思っていませんがね」
「…骸様、ごめんなさい…」
 クロームが俯きながら謝る。しかしそんなクロームを見て骸は困ったように笑い、それから真剣な顔でクロームを見つめた。
「謝るのはこちらの方です。クローム、僕が護ってあげられなくてすいませんでした」


 もう絶対に離れませんから。


(…厄介なムシを寄せ付けないためにも、ね)







ただ単に骸さんにエプロンとヘラとお好み焼きを合わせたかっただけとも言える。そしていつの間にか雲×髑フラグが…!

2008.4.1