不器用クリスマス
雪でも降ってきそうな寒さの中、六道骸は白い息を吐き出した。この場から一歩も動かないまま、何時間が経っただろうか。
(今日もこんな遅くまで沢田綱吉の家に…)
骸は沢田家の塀に寄り掛かり、ずっとクロームを待ち続けているのだった。
(もう9時をまわりまったというのに、一体クロームは何をしているのでしょうか)
ここ最近、なぜかクロームの帰りが遅い。悪いとは思いつつ後を尾ければ、たどり着いたのはよりにもよって沢田綱吉の家であった。クロームが沢田家に入るときの、嬉しそうな、少し浮かれたような無邪気な表情が骸の心に影を落としていた。
(まさか沢田綱吉が僕のクロームに手を…いえ、彼はそんなことができる人間ではありませんし、何よりそんな度胸もないでしょうね)
ガチャ
玄関のドアが開いて、クロームが出て来た。反射的に隠れてしまう自分が情けない。
また明日、とクロームの声が聞こえる。
(…明日もですか)
骸の隠れているすぐ前をクロームが小走りに駆けていくのを見送って、再び白い息を吐いた。
「さて、クロームより先に帰らないと」
「行ってきます」
放課後、やはり今日もクロームは沢田家に向かうようだ。手には何やら紙袋を持っている。
(プ、プレゼント…?)
「待ってください、クローム」
できるだけ動揺を悟られないように、顔の筋肉を抑える。いつものポーカーフェイスだが、声は若干揺れていた。
「どうしたんですか、骸様?」
「その紙袋、授業中にも気にしていたようですが、何ですか?」
自分にしては随分と踏み込んだ質問だ。元々仲間に対して質問などめったにしない。聞かなくともたいていのことはわかるし、仲間たちも自ら進んで報告してくれるから、わざわざ尋ねる必要もなかったからだ。
「あの、えと、これは…その…」
さらに珍しく、従順なはずのクロームがすぐに答えない。
「そのーーー言えません」
「っ!?」
今度ばかりは動揺を隠しきれなかった。こんなことは今までにない。
(言えない? しかもなぜ赤くなっているんですか!?)
「ご、ごめんなさい」
驚愕に固まった骸を置いて、クロームは逃げるように駆け出した。
「あ、待っーーー!!」
思わず手をのばしたが、クロームは意外と足が速く(というか、ものすごく必死の全力疾走だった)、虚しく空を切った。
「ほっとけばいーんれすよ、あんな不器用なやつ。ひとりじゃなーんもれきないんすから」
「ーーー犬!」
「あっ、ヤバ…!」
骸は犬と千種の方へくるりと振り返った。静かな圧力は時としてこんなにも恐怖を煽るものなのか。
「犬、千種、ひょっとして何か知ってるんですか?」
骸はいつもの底の見えない笑顔で尋ねる。いつもと変わらないからこそ妙に迫力があった。
「…う…!」
答えたいけれど、それでも答えてはいけない…でも答えなければ、でも、あぁでも…
「あ〜〜〜〜もぅ! やっぱり言えないぴょん!!」
「…言えません」
そう叫ぶと、二人は脱兎のごとく走り去った。クロームよりも当然だが速い。
「………何なんですか」
こんな状況は初めてだった。いつも何も言わなくても側にいる三人が、こうも揃っていなくなるとは。しかも自分に何か隠して。
ブブ、ブブ、
制服のポケットからケータイのバイブ音が響く。ぼーっとしたままケータイを取り出し、画面を見る。クロームからのメールだ。
『今日は泊まります』
「〜〜〜なんっ…!?」
ぷつん、と何かが切れた音がした。
ぶるっ
「ひっ!?」
何か得体の知れない悪寒を感じ、ツナがおかしな声を出した。
「どうしたの、ボス?」
テーブルを挟んで向かい側に座るクロームが手を止めてツナを見る。クロームが手にしているのは、毛糸の塊ーーー不格好なセーターだった。
「あら、そこズレてるわよ、髑髏ちゃん」
横から声をかけたのは、ツナの母である沢田奈々だ。
「え、あ…!」
慌てて指摘された箇所を直し、なんとか整える。
「…終わらないかもしれない」
このところずっと沢田家に通っているのは、このセーターを編むためだった。しかし骸から逃げてまで頑張ったものの、見通しは暗い。
「大丈夫大丈夫。今日は徹夜で仕上げるわよ〜!」
「そうそう。オレたちも手伝うから、頑張ろうよ」
沢田親子がそれぞれに励ました。奈々は編み方を教え、ツナはクロームが編んだセーターのよれた箇所を直す係だ。何の見返りもないのに快く指南役と手伝いを引き受けて2人に、クロームは胸の内からぬくもりを感じていた。
「うん。頑張る!」
たどたどしく針を動かすクロームは、骸の驚く顔を想像して、少し頬を赤らめた。
そう、明日はクリスマス。これは、内気なクロームの精一杯の努力だった。
「ーーーーーーはっ! い、今何時だ!?」
いつのまにか寝てしまったらしい。クロームは針を持ったまま、母はセーターの一部(間違えてぐしゃぐしゃになっている)を指さしたまま眠っていた。
(やばいっ! もう夜中の12時だ!!)
ツナは慌ててテーブルに身を乗り出し、クロームの肩に手を置いた…
「全く、あなたという人は…!」
「えーーーひぃっ!?」
とんでもない悪寒が全身を駆け巡る。
まさかーーーまさか!!
「むっ、骸!?」
「クフフ、そうですよ。クロームに悪い虫がついてるんじゃないかと心配で心配で。おや、この手はなんです? まさかクロームに手を出そうとしてたんじゃないでしょうねぇ? いくらあなたでもそんな身の程知らずなことしませんよねぇ? で、どうなんですか? さっさと答えなさい沢田綱吉!」
目が笑っていない。完全にマジだ。
骸の手(正確にはクロームの手)はツナの手を掴んで逃がさない。身体自体は女の子なので握力はたいしたことないのだが、爪が食い込んで痛いことこの上ない。
「痛っ! イタタ! 痛いって!!」
あまりの痛さにツナは掴まれてない方の手で机をばしばし叩く。本気で痛い。
「ほら、早く答えなさい! ーーーおや?」
机? それに、クロームの手元というか自分の手元に何か当たっている。
「これは………えーと、何ですか?」
何か毛糸で出来た複雑怪奇なもの、としか言えない。ツナの手を離し、しげしげと手に取って眺める。
「これは…セーター…?」
腕の長さが左右で合っていなかったり、首の穴がやたら大きかったりしたが、全体のシルエットとしてはセーターに近い。
「あぁもう! 痛いなぁ…」
手を開放されたツナは、くっきりと残った爪痕にふーふーと息を吹きかけている。もう爪が突き立てられていないはずなのに、まだギリギリと痛んだ。
「あのなぁ、何を勘違いしているかは知らないけど、オレはただクロームがお前のためにセーター作るって言うから、母さんと一緒に手伝ってただけだって。明日のーーーあ、もう今日か。今日のクリスマスに間に合うようにって」
「クリスマス…クロームが、これを僕に?」
不格好なセーターをもう一度よく見る。全く揃っていない編み目と、いくつもの修復した跡。ここまで至るのにどれだけ苦労したのかと思うと、自然と笑みがもれた。
「クフフ、本当に不器用ですね」
でもーーー
「とても暖かそうです」
「クローム! クローム、起きて」
ツナに揺り起こされて、髑髏が眠そうな目を開ける。
「ん……ボス?」
「ほら、あと少し、頑張ろう」
「あっ!!」
こしこしと目をこすっていた手を止めて、慌ててかぎ針を持つ。しかしこうして改めて見ると、我ながらひどい出来だった。
「こんな下手なセーターじゃ、受け取ってもらえない…」
「それはないよ」
「え?」
「あいつから伝言。いつまでだって待ってる、だってさ」
ーーーーー放課後の並盛中学ーーーーー
「ごめん、遅れた!」
ガラガラッ、と勢いよく教室のドアが開く。リボーンの命令でツナが守護者たちに召集をかけたのだが、当のツナ自身が盛大に遅刻してしまったのだ。
「ーーーて、あれ??」
がらんとした教室の中、人影は窓辺にたったひとつ。
窓から差し込む夕日に浮かぶ特徴的なシルエットは、六道骸だ。人差し指を口にあてて、静かにこちらを見ているようだ。
しぃ…
「はぁ? なんで??」
意味がわからないというようにツナは素っ頓狂な声をあげた。
すると、
「ん……」
もぞもぞと骸の胸のあたりで何かが動いた。
「あぁ、起きてしまいましたか」
「…骸様…?」
動いたものの正体はクローム髑髏だった。骸のセーターの中にうずまって眠っていたようだ。
(あのセーター、こないだのやつだ!)
クロームがツナの家で編み上げた、不格好な紺色のセーター。今は夕日を浴びて赤のような青のような、不思議な色に見える。左右の腕の長さが合っていなくて、やたらと首の穴が大きいのが特徴の不格好だけれど暖かいセーターだ。直した跡がところどころにある上にひとつひとつの編み目も大きいので、骸とクロームが二人で着るのには調度良いらしい。
「まだ眠いでしょう、クローム。もう少し寝ていなさい」
幼子を宥めるような穏やかな声はツナが聞いたことがないほどに優しい響きだった。
「はい」
従順なクロームは幸せそうに骸に寄り添い、また安らかな寝息をたてはじめた。
「まったく…。あなたは遅過ぎるし早過ぎるんですよ、沢田綱吉」
咎めていても幾分か声が柔らかいのは、腕の中にクロームを抱いているからだろうか。
「他の守護者なら、応接室にいますよ。今頃雲雀恭弥にでも咬み殺されてるんじゃないですか?」
「えぇっ!? 応接室!?」
(絶対雲雀さんに咬み殺されるし!!)
「ほら、とっとと行きなさい」
「はぁ…」
「って、骸たちも集合じゃん!!」
ま、今日はいっか。
静かな教室を後にして、ツナは頬を緩ませた。
甘いネタって書けない…。そして甘くない…。でも同じセーターに2人一緒って、想像する分には好きな図なんです。
2008.4.1