黒曜お化け屋敷



「骸様! 次はあれに乗りましょう!」
「あんなもん子供だましら! こっちのにしましょーよ!」
「…どっちでもいい」
「まだまだ閉園まで時間はあるんですから、どっちも乗りましょうね」
「じゃあこっちのから先に乗るびょん!」
「あっちの方が空いてます」
「…どっちでもいい」
「じゃあじゃんけんしなさい。勝った方を先に乗りましょう」
「よっしゃぁ!! 最初はグーっ!」
「ジャンケンポン!」
「あいこでしょっ!」
「あいこでしょっ!」
「あいこでしょっ!」
「あいこでしょっ」
「あいこでしょ」
「あいこでしょ…」
「あいこで…」
「…またあいこ…」







 今日は日曜日。学校があろうがなかろうがお構いなしの骸たちだが、「遊園地は日曜に行くものです!」という骸のこだわりにより、人ゴミにもまれながらも遊園地に来ていた。
「…長い」
「あれはあれですごい確率ですけどねぇ」
 延々と続くあいこにより、犬とクロームの勝負は彼らが疲れ果てて無言になっても終わらなかった。手は半ば自動的に動いているものの(それでもあいこ)、二人ともうんざりした様子だ。
 それをベンチに腰掛けて眺めながら、骸と千種はのんびりとドリンク片手に寛いでいた。
「…おや?」
「どうかしましたか、骸様」
「あそこにいるのはーーー」





「いーやーだー!!」
「大丈夫ですよ十代目! こんなの子供だましですから!」
「係員さんの目の前で何言っちゃってんの獄寺くん!! そしてやっぱり俺には無理ぃぃぃぃ!!」
「あはは、忙しいのなー」
「笑いながら何で山本まで引っ張ってるの!? 普通止めない!?」
「大丈夫だって! 獄寺じゃないけど、このテのお化け屋敷はちゃちさを楽しむようなもんだし。怖くないって!」
「そーですよ! このB級テイストが面白いんです! さ、行きましょう!」
「ちょ、ホント無理! 駄目だって! 二人して全力で引っ張らないでって言うかマジで無理だからお願い勘弁してやめてとめてホンットに嫌なんだってばぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」





「沢田綱吉?」
「…の、ようですね」
 めちゃくちゃに抵抗しながらも自称右腕と暫定左腕の二人にしっかりとホールドされてお化け屋敷に消えていく少年を眺め、骸と千種は何とも言えない顔で固まっていた。
 とてもじゃないが、アレに負けたなどとは信じたくない。だが事実は事実。今更綱吉が頭を下げようが踏ん反り返ろうが逃げようがお化け屋敷ごときで泣きわめこうが変わりようがなかった。
「…何でしょうね、この釈然としないかんじは」
「…同感です」
 しばし無言で胸の中のもやもやぎりぎりしたものをどうにかしようとした。
 ーーーが、無理だった。
「ようはあんなちゃっちい子供騙しに怯える彼が悪いのです。克服させる手助けくらいしてあげるのが人情ってものですよね?」
 立ち上がった主の顔に浮かんだ爽やかな笑みに、千種は表情ひとつ変えないまま一筋の冷や汗を流した。









「〜〜〜ひぃやぁっ!?」
「あはは、これ良く出来てるなぁ〜!」
「〜〜〜ふぎゃっ!!」
「この角度! このダサさは芸術の域ですね!」
「〜〜〜っ!!!」
「お! 今のタイミングはホームラン級だな!」
「変な例えすんじゃねぇ! 今のタイミングはそう、例えるなら超高層ビルの爆破解体におけるダイナマイトの連動性能を極限まで研究調査した上に成り立つ新たな可能性を予測させつつ未来へ羽ばたく高性能爆薬の一一一」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「あ、十代目!?」「ツナ!?」




(も、無理! ホンット無理! 死ぬ気でも無理! 死んでも無理! っていうか死にたくないし! 生きていたいし! 俺まだ死んでないよね!? ここは冥界じゃないよね!? まさか六道輪廻ですか!? 俺生まれ変わっちゃったりなんだりしちゃうカンジですか!? そーいうのはアイツだけでじゅーぶんなんで! キャラ被っちゃうんで!!)
「〜〜〜ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぐぼっ!?」

 ずべしっ!

 3歩先も見えないような暗闇の中で全力疾走すれば当然とも言える結果に、綱吉は呆れるより先に安堵した。
(い、痛い! ということは、生きてる!? 俺生きてます!!)
 果たして冥界や六道に痛みがないのかどうかはわからないが、極度の緊張と興奮状態の綱吉には、辺りの温度が2・3度下がったことや覚えのある悪寒などは大した問題として認知されなかった。
「いたた…うぅ…」
 身を起こすと自然と辺りが目に入ったがーーー
「え、こ、凝りすぎじゃない!?」
 綱吉を囲むように立ち込める白い煙。真っ暗闇の中で不気味に白く目立つ。これでもかと言うほどサービス満点のもっくもくだ。
(ド、ドライアイス…だよね…?)
 手応えのないそれをもわもわと巻き上げて、綱吉は不吉な予感に身を震わせる。

 ひた

「……」

 ひた…

「ーーーいや、聞いてない聞いてない」

 ぺちゃ、ん

「触ってない触ってない肩には何の感触もない」

 びちゃっ

「冷たくない湿ってないむしろカサカサだから!」

 ぺた…

「あ〜熱いな〜!! ちょっと暖房効き過ぎじゃないかなぁ係員さん!!」

 ぼたたっ

「って言うかぁ……」
 ロボットのようにぎこちない動きで立ち上がる。肩の感触もついてくるのは気のせいだと思いたいが、現実はそんなに甘くなかった。
「このお化け屋敷はサイコーです日本一ですホントマジでだからもう許して係員さんギブアップぅぅぅぃぁぁぁぁあああ!!」
 振り返り様になんだか紫と茶色の間くらいのお肌をした誰かさんを突き飛ばして、綱吉は再び全力で走り出した。
「ああぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜一一一」
 ドップラー効果でも起きていそうな速度で遠ざかる綱吉を、特徴的な笑い声が見送っていた。







「はぁっ、はぁっ、ぜはぁっ」
 フルマラソンのゴール直前かと思う程荒い息を上げて、綱吉はへろへろとその場に崩れ落ちた。
(な、なんで…こんなに…広いの…!?)
 おかしい。絶対おかしい。外周を一周するのに長くてもせいぜい10分そこらであろう見た目だったのだ。もちろん裏方の全てを見せるほど夢のない場所ではないから、見えない部分が意外と広い作りなのかもしれないが。それにしたってこれだけ走っても出口や非常口の明かりすら見えないとは。
「おか、しい、って…!」
 もう一つおかしいことに、走っている間、獄寺や山本の言うところのちゃちいB級テイストの装置を一度も見なかったのだ。もちろん綱吉自身ができるだけ周りに目をやらないよう意識していたこともあるが、それにしたってチラッとも視界に入らないことはないだろう。見えるのは白い煙だけ。走っているうちに気づいたことだが、どうやらこのしっとりと肌にまとわりつくような煙は霧のようだ。
「獄、寺、くん! や、山、本ぉ!」
 息が限界まで上がっているせいで随分とかすれてしまったが、音としてはそれなりに大きかった。大きかったはずである。
「ーーー獄、寺くん! 山本ぉっ!!」
 もう一度叫ぶ。だが、やはり虚しく響くだけで返事らしきものはない。
「嘘ぉ…」
 綱吉たち3人が入口の前で入る入らないと押し問答している間、誰もここへは入ってはいなかった。つまり、今現在ここには自分と獄寺と山本、それから係員さん(?)以外に人はいないということになる。
(さっきのは係員さん…だよな? そうだってことにしたって、あんな怖い見た目の人をもう一回捜すなんて俺には無理だし。2人は返事がないし。ど、どうする!)
 このままここでじっとしているなどもっと怖い。

 ぺた…

「うっひぃっ!?」
 不意に響いた気持ちの悪い足音に、綱吉の背筋が凍る。
(い、いや、待て! 目をつぶって助けを求めるんだ! 中身は係員さんなんだから、特殊メイクバリバリな見た目をどうにか克服すれば怖くないはず!)
「あ、あの、俺一一一」

 ぴちゃぴちゃっ

「ぃぃぃぃぃぃぇぅぁあああひぃぃぃぃっっ!!」
 冷たい何かが目を閉じた綱吉の頬を撫でた一一一いや、舐めた。
 得体の知れない唾液だかなんだかの液が綱吉の頬を滴り、床に落ちてまた音をたてる。それだけで綱吉の足を動かすには十分だった。
「あぁぁぁぁぁ一一一」
 目を閉じたままで素晴らしい加速。一瞬で最高速度に達し、そのまま一一一

 どごっ ずべしっ

 壁に激突した。
「いっだぁ…!!」
 とんでもない衝撃に男にしては軽い身体はぽーんと跳ね返り、黒く布張りされた床に背中から倒れ込んだ。
「う゛あぅ〜」
 痛みにごろごろと転がって悶えつつ、気付いた。
(壁! そうだ、確か迷路とかで迷った時は、壁伝いにずっと歩いていれば出口なり入口なりにたどり着くんだ!)
 バッと跳ね起き、壁に手をつく。
(目をつぶった状態で壁ぎわを歩き続ければーーー)
「完璧じゃん!!」

 んべちょ

「っ!?!?」
(な、何、このべちゃべちゃぐちょぐちょした半固形状の壁は!?)

 ぬちゃ…

「〜〜〜〜っ!!」
(目、目を開けるか!? い、いや、見てどうする! どうせこれも誰かがうまいこと作ったスライムかなんかの突然変異体かなんかなんだし、見るだけ無駄無駄む一一一)

 きゅっ

「っ!? 〜〜っっ!??」
(な、何! これは何!! 俺の手掴んでんのどなた様!? っていうか、なんで壁が掴んでくるの!? ハイテク過ぎない!? こんなのお化け屋敷なんかに使わないで、もっとノーベル賞とか狙った方がいいんじゃないの!?)

 ぴと…

「ひぃっ!!??!?!?」
 頬に触れた粘着質の冷たい何かに、ついに綱吉の目がわずかながら開いた。そこにあった一一一いや、いたのはーーー

「いっっ、いやぎゃぁぁぁああぁぁああぁぁ!!!」

 ホラービデオから抜け出して来たような、焼け爛れた茶色い肌の隙間から不健康を通り越した紫色の何かをびちゃびちゃ垂らした女が壁に埋まっていた。女だとわかるのは、濡れて肌にぺったりくっついた髪が気持ち悪いほど長かったからだが、それは綱吉の頬や腕にも張り付いて存在を主張していた。
「来ないでぇぇぇぇっ!!」
 今日何度目かの全力疾走は、しかし目の前に現れた別の何かによって阻まれた。
「ひ、ひぃぃぃぃぃ!?」
 今度は黒ずんだ茶色の肌の一一一
「ゾゾゾンビぃぃぃぃ!!」
 背中を下にした四つん這いでしゃかしゃかと雲のように高速で後ずさりしたが、

 どんっ

 とお約束に背中が何かとぶつかった。
「ぃっ!! エイリァァァァァァァンッッ!!!」
 這うように離れると、目の前に林業の方々がよく使う工具が落ちて来た。
「ひっ、じぇいそぉぉぉぉんっっ!!!」
 目の前にはホッケーの面を被った大男(凶器つき)、背後には口からさらに口が出て来てよだれダラダラ垂らしちゃうつやつやした生き物、その隣には茶色い肌の半死体、壁には腐った貞子さん。
(ここっ、純和風ホラーハウスとかじゃなかったっけ!? なんでこんなに多国籍なの!?)
 じりじり迫る4人(3人と1匹?)に囲まれて、綱吉は壁際に追い詰められた。
 だが壁には紅一点が待ち構えている。にっちもさっちも。そんな言葉が頭に浮かんだ。
「こ、来ないで下さい…」

 じりっ

「十分楽しみましたから!」

 じりりっ

「もう無理だってば!」

 じりじり

「だ、だから来ないでって!」

 じりじりじりじりじりじり

 ブチィっ!!

「来るなってぇ、言ってるだろぉがぁぁぁぁぁあ!!!」

 どぐぼっ!!!

 限界を超えて死ぬ気になった綱吉の右ストレートがジェイソンの鳩尾を直撃した。
「ぐっ!?」
(え…!?)
 思いの外軽い手応えに、綱吉の死ぬ気が鈍る。
 ジェイソンは綱吉の渾身の一撃をまともに受けて吹っ飛んだ。
「「「む、骸様(さん)!!」」」
 他のモンスターズから聞き覚えのある声と単語が飛び出したことで、綱吉の脳裏に嫌な予感がよぎる。
(…こ、この悪寒は、まさかーーー?)
「…やってくれますね、沢田綱吉」
 ゆらぁり、といった擬音が相応しい動きでジェイソンだったものが起き上がる。
「う、嘘っ!?」
 特徴のある髪型、怜悧に整った顔、休日だと言うのに見慣れた黒曜の制服。綱吉にとっては存在自体が恐怖の対象になりうる人物。

「六道骸っ!?」

 先程までとは全く違う悲鳴を上げて後ずさる。
「おっと〜! 悪ぃけろ、今逃がしたら怒られっからな」「おとなしくしたら」「…ごめんね、ボス」
 元モンスターズ一一一骸配下の面々が綱吉をがっしり掴んでぽいっと骸の方へ放る。
「ひとがせっかく恐怖心克服のお手伝いをしてあげようとしたのに、それのお礼が渾身のパンチとはねぇ」
「ひ、ひぃぃぃぃ! し、知らなかったんだよぉ! っていうか頼んでないしっ!」

「問答無用です!」

「ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」








「そーいや、なんれこのチョイスらったんら?」
「骸様がたまたま昨日DVD借りて見たから」
「…私、見てない」
「お前ホラーらめじゃんか」
「犬もでしょ」
 我関せずを決め込む3人の背後で、ギャーだのヒーだの悲鳴が絶え間無く響いていた。









 後日。

「10代目! この映画見に行きましょうよ!」
「お、ジェイソンシリーズの新作か。俺も見たいな」
「ひっ、む、骸!?」
「はい? いえ、ジェイソンですけど??」
「ツナ?」
「いやーっ! いやーっ!! 骸が来るぅぅぅぅ!!!」
「え、10代目!? ど、どうしたんです!?」
「おい、ツナ?」
「嫌だぁぁぁぁ!! 許してジェイソォォォン!!」

 綱吉の意味不明な叫びが昼下がりの教室にこだましたとかしないとか。







お化け屋敷の関係者様ごめんなさい。獄寺や山本の言っていることは8割あたしの趣味です。怖いのが楽しいんじゃない!あのいかにも〜な雰囲気とちゃちさが楽しいんだ!!

2008.4.1