迷子と蛇事件




「千種、犬…」

 クローム髑髏は息を切らして街中を走っていた。
 霧の守護者戦の後いつの間にか眠ってしまい、起きたときには辺りに二人の姿はなかった。自分は骸様ではないから置いていかれてしまったのだろう。

「…どこ…?」

 主たる骸のおかげかなんとなく二人のいる方向はわかるものの、ハッキリとした場所はわからなかった。入り組んだ道の多いこの街は、少ない情報量で人捜しをするのに向かないのだ。
 実際、捜し始めたのは昼前なのに、今はもう遠くに夕焼けが見える時間だ。

(夕日…悲しい色、寂しい色)

 一人で見る夕焼けは嫌いだった。あっという間に沈んでいく夕日まで自分を置いていってしまうようで。名前とともに決別したはずの過去を嫌でも思い起こさせてしまう。
 ぷるぷると頭を振って嫌な考えを振り払い、また走り出した。







「アイツ、ま〜たぐるぐる回ってるびょん」
「…」
 そんなクロームを、物陰からそっと観察する人影が二つ。城島犬と柿本千種だ。クロームが捜している張本人たちである。
「なにやってんらか」
「…」
 結局のところ、別に二人はクロームを避けているわけでも逃げているわけでもなく、クロームの後を尾けているだけなのだ。その気配をクロームは辿っているので、先程から同じところをぐるぐる回ってしまっているわけで、不毛なことこの上ない。
 そのことにお互い気付けないのは、やはり骸という大きなピースが欠けているからだろうか。二人と一人を繋ぐ最も重要な一人が足りていない。
「もうこんな時間だぴょん」
「…ああ」
 もうとっくに日は落ちて、星の見えない黒い夜空と眩しいネオンの下で、クロームはまだよろよろと走り続けていた。



「きゃっ!」
 ころん、とクロームがアスファルトの地面に転がる。
「見ろよ、黒曜の制服だぜ」
 クロームをわざと転ばせた男たちが囃し立てるように口笛を吹く。クロームが見たことのないような下品な笑みを浮かべて、クロームの身体を舐めるように眺めた。
「あのバカな黒曜にしては上玉だ」
「ーーー?」
 状況のわからないクロームはただ首をかしげるだけだ。
(この人たちは何を言っているのだろう。ひょっとして犬と千種を知っているの?)
「犬と千種、知らない?」
「ハァ?」
 しかし男は馬鹿にしたような笑いとともにクロームに顔を近づけた。タバコと酒の嫌な臭いが鼻にツンと来る。
「犬と千種を、知らない?」
 もう一度クロームが尋ねると、耐え兼ねたように男たちが笑い始めた。
「馬っ鹿じゃねぇの? 誰だよそれ、黒曜のクズどもか?」
 知ってるかよ? と、まわりの男たちにも仰ぐが、知らねーよ、と馬鹿にしたように返すだけだった。
(なんだ、知らないの.じゃあ犬と千種はどこにいるんだろう)
 クロームは立ち上がり、また二人を捜すために歩き出したが、

「おい、待てよ」

 クロームの行く手を阻むように男たちが先回りする。
(なんなんだろう、この人たち。私は二人を捜さないといけないのに)
「ーーーどいて」
「あぁん!? ナマ言ってんじゃねぇぞ!!」
「ここらはもう黒曜のナワバリじゃねーんだよ! あの六道とかいうクズが尻尾巻いて逃げちまったからなぁ」

「取り消して!!」

 反射的にクロームは叫んでいた。普段大きな声を出さないだけに、少しかすれてしまったが、それでも精一杯叫んだ。
「骸様はクズなんかじゃない! 今の言葉、取り消して!!」
 それを聞いて一気に場の空気が変わる。
「調子こいてんじゃねぇぞ、このアマ!」
 男たちの手がクロームにのびる。それでもクロームは一歩も退かない。退くわけにはいかなかった。

「全く…誰に許可をもらってこの子に触れてるんですか」

「!?」
 少女の雰囲気が突如として変わった。
 触れればドロリと熔かされそうな、黒く熱い歪んだ気配。周囲の空気までドス黒く見える。

「手を離せ、と言っているのがわかりませんかねぇ…ゲスが」

 ひゅん、と風を切る音。そしてぼとぼとと、何かが足元に落ちる。
「ひ、ひぃっ!?」
 しゃっ、と男たちに飛び掛かったそれらは、太くうねる大蛇たちだった。その牙からは、確実に死をもたらすだろう毒液が現在進行形で滴り続ける。
「うぁっ、ああぁぁ!?」
 蛇たちに追い立てられ、情けない声をあげながら男たちは通りを全力で逃げるしかなかった。その脱兎のごとき後ろ姿はいっそ愉快なほど情けないものだったが、クロームはーーーいや、クロームの姿をした骸は、眉間にしわを寄せて不機嫌をあらわにしていた。
「この国の男子には品位というものが足りませんねーーーところで犬、千種。いつまで隠れてるつもりです?」
「は、はい…」
 少し離れた角から、犬と千種が歩み出る。この状況は二人にとって決して芳しいものではなかった。だらだらと背中に冷や汗が流れていくのを感じながら、背筋を伸ばして固まる。
「この子を頼むと言ったはずですが?」
「ら、らってーーー」
「だって、じゃありません!」
 ぴしゃりと言い返すと、犬は子犬のように身を縮めた。
「あなたもですよ、千種」
「…はい」
 千種は犬より感情が表に出にくいが、いつもより更に猫背になった気がする。
 そんな二人の姿に、クロームの姿をした骸は幾分か表情を和らげた。
「ここは女の子が夜に出歩くには汚すぎますね。少しキレイにしてから帰りなさい。それでチャラにしてあげますよ」
 それを聞いて、二人がぱっと顔を上げる。
「あなたたちがクロームを心配してついてきたのは知っていますからね。あとは、もう少し素直になることですよ」
 先に帰りますね、と骸は踵を返し、さっさとアジトの方へと歩き出した。


 結局その後、残された二人はこの地域の不良たちを徹底的に一掃した。
 目撃者によれば、二人が暴れまわるその様は、どこか八つ当たりのようであったとか。





ーーーーー後日ーーーーー


「ーーー街中にヘビ?」

 クロームは新聞の地域覧の記事に目をとめた。記事いわく、街中に突如として大蛇が現れ、街は一時大パニックになったという。いまだにその大蛇は捕われておらず、街は今も厳戒態勢の厳重警備が敷かれ、目撃情報を求めているらしい。
「二人とも、何か知ってる?」
 ソファーに寝そべる犬と千種に尋ねると、

「……知ってっけろ知らねーっつの」
「眠い…ほっといて」
とダルそうな声が返ってきた。

「…?? 変なの」











「いたか!?」
「こっちにはいません!」
「警部! あちらの公園で蛇と蛇に追われている少年たちを見たとの情報が!!」
「追われている!? それは本当か!」
「はい! 確かな情報です」
「先輩、追加情報です! へとへとのぼろぼろになった少年たちの目の前で蛇が忽然と消えたそうです!」
「はぁ!? 消えただと!? バカなこと言ってないでとっとと探せ!」
「い、いえ、本当に霞むようにして消え去ったそうで…!」
「んなアホらしいこと信じられるか! こっちはこっちであっちこっちで同時多発しやがった暴行事件の調査もしなきゃなんねーんだ! 黙って仕事しろ!!」
「警部、暴行事件の情報が入りました! 被害者の証言によれば、獣みたいな少年に噛まれたあげくヨーヨーでめった打ちにされたとか」
「どこの大道芸人だそりゃぁ! どいつもこいつも真面目に仕事しろやボケぇぇ!!」












「「へくしょんっ!」」
「2人とも風邪?」







初めて書いた黒曜ネタでした。
骸さんは霧戦でお疲れのため機嫌も悪かったわけで。そしてあたしの書く犬と千種ってこういう役回り多いような気が…。

2008.4.1