018.霧の彼岸花




「ミーロ、廊下は走るなよ! この廊下ただでさえ足音響くんだから」

 前方を軽やかに駆けていく小さな背中に声をかければ、その背中の主は首だけでこちらを振り向いて、手を振りながら角を曲がり見えなくなった。ほんの一瞬だったけれど、確かに笑顔を浮かべていたように見えた。

「……良かった」

 あれから2ヶ月が経ち、あの哀れな少年はようやく本来の快活な子供らしさを取り戻しつつあった。
 雨の守護者が彼をここに連れて来た当初は、随分と苦労したものだった。夜な夜なうなされて熱を出し、他者を――特に子供を恐れて屋敷中の鏡を割り、自分すら傷付ける程だった。孤児院に入れようという至極真っ当な提案が却下された要因はそこにある。ジョットとて、その意見には賛成だった。しかしその一方で、いつになく強固にミーロをここから出そうともしていた。もちろんここがマフィアの本拠地であることも大きいが、何より気にかかったのは骸のことだった。
「今日は雷のやつと街まで出掛けるそうですよ」
 ジョットと同じようにミーロを見送った嵐が、優しく微笑んで言った。
「あいつは強い子です。忘れることはできなくとも、乗り越えることはできるでしょう」
「……そっか」
 言葉を濁すジョットを、嵐は心配そうに覗き込んだ。
「気にするなと言う方が無理な話でしょうが、ミーロはミーロ、あいつはあいつです」
「……ああ」
 
 あいつ。

 ミーロにとっては恐怖の象徴であり、殺したいほど憎い相手。
 でも、ジョットにとっては、今でも――。
「こうなったのはあなたのせいじゃない。あまりご自分を責めないで下さい」
「……ありがとう。でも、そうじゃないんだ。――ここにさ、」
 とん、とジョットは自分の胸に手をあてた。
「ここに、骸に会いたがっている俺がいるんだ」
「ボス……」
「それがどんなに罪深いことかはわかってるけど、わかっているつもりだけど、それでもやっぱり、骸にもう一度会いたいんだ。会って話がしたい。もうあの頃には戻れないかもしれない。でも、今のままじゃ駄目なんだ。俺にとっても、骸にとっても」
 ミーロが屋敷に来た時、雨からの報告で骸を取り逃がしたこと、そして骸が傷を負ったことを知った。その時は生きた心地がしなかったものだ。骸がしたことは決して赦されることではないのに、ただただ骸の安否を思って苦悩する自分がいた。
 まるで父親気取りだった。
 そんな資格はもう、自分にはないのに。
 あの日、なくしてしまったのに。
「都合のいい話だよな。拒絶されるのが怖くて、あいつをすぐに迎えに行ってやることすらできなかったのに」
 それはきっと、あの子を傷つけただろうに。
 ずるいのは、わかってる。ひどいのも、わかってる。

「それでもやっぱり……譲れないんだ。迷惑かけて、ごめん」

 それでも。
 どうしても、それだけは――。





































「――え」

 何だ、これは。

「どこだ、ここ……?」

 どこまでも続くのではないかという先の見えない真っ赤な平原に、ジョットは立っていた。
 平原と言っても、辺り一面に同じ高さの彼岸花が生い茂り、まるで時が止まったかのように動かないせいでそう見えるだけだった。他には何もない。花はあっても木々はない。真っ青な空はあっても雲はない。太陽もない。風もなく匂いもない。生き物も呼吸もない。寒さも暑さもない。この手の感触や自分の存在すら確かとは言えない。
 そんな空虚で危うい場所だった。

「寂しいところ……」

 呟いて、彼岸花を掻き分けながら歩き出した。さわさわがさがさと音を立てるものの、それが本当に音なのかは自信がない。音として認識してはいるが、空気は全く揺らがないのだ。音が鳴っているような気がしているだけなのかもしれない。

(俺、どうしたんだっけ。死んで……ないよな?)

 生きた心地はしないが、死ぬようなことをした覚えもなかった。気分が優れなくて早めに眠っただけのはず――。
(……ならこれは、夢?)
 夢にしてはやけにクリアだけれど、でも確かにこのいろんな要素が欠落した感じは夢に近い。
(確か、夢の中で夢だと気付くとなんでもできるんだよな)
 ならば。 

「……骸」

 夢でもいい。

「骸」

 いや、これが夢ならば、

「骸……!」

 出て来て。

「骸!」

 会いたいんだ。

「骸っ!」

 会わなきゃ、いけないんだ。

「骸ぉぉぉ!!」

 彼岸花の群れを折らんばかりに強引に掻き分けて、ひたすらに前へ身体を運ぶ。どこへ続くともわからないのに、その先に骸がいるなんて確信もないのに、それでも進まなければならないような気がして前へ前へと急ぐ。
 勢いよく掻き分けられているというのに彼岸花は折れることはなく、不気味に同じ姿を保ち続けた。ジョットが通ってできた道はすぐさま彼岸花で埋まり、できた端から消えていく。
 しかしジョットはそんな些細なことなど欠片も感知せず、ただただ進み続けた。

(あ、あれは――)

 何十、何百という彼岸花を掻き分けた先、ぽっかりと何もない空間が開けていた。曖昧に円を形作るその空間の真ん中に、見覚えのある物がぽつんと立っていた。
 静かに近づいて、それの前に膝をつく。
「……」
 うっすらと土を被っているその表面を手でこすれば、イタリアでは珍しい文字の羅列が露になった。

 『犬』、『千種』、『凪』。

 骸に深い縁のある3人の子供たちの名前。
 そう。これは、彼らの墓だった。
「そうか、ここはあの丘の……」
 ボンゴレの屋敷の裏に位置する、街を一望できる丘。死に執着のないはずの骸が、既に輪廻の輪を廻っているだろう彼らのために彼岸花を植えた場所だ。現実のその地はまだまだ花が咲くにはほど遠いが、いつかはこの場所のように朱色に満たされるだろう。
 では、ここはジョットが無意識のうちにあの丘の未来の姿を具現化した夢なのだろうか。
(確かあの時、骸は3人の名前と共に、自分の名前を刻んだんだ……)
 随分と遠い日のことのように感じながら、ジョットはゆっくりと墓石の文字を指でなぞっていった。

 犬。
  
 千種。
 
 凪。
 
 そして――

「……!? こ、これは――」




『 S e e r e 』




(『骸』じゃない……!!)
「ど、どうして――」
 戸惑うジョットの耳に、脳に、心に、声ともつかない小さな叫びが密やかに届いた。

 痛い……

「!?」

 暗い……

(この、声――骸か!?)
「骸っ! いるのか、骸!!」

 助けて……

「骸、どこだ!」
 辺りを見回すが、彼岸花は相変わらず動かない。空気すら動いてはいない。

 見えない……

 それでも聞こえる確かな“声”に、ジョットは思考を研ぎすませる。
(暗くて見えない……?)
「まさか……」

 どこ……父さん……

「――ごめん!」
 一声叫ぶと、ジョットは墓石の根本を手で掘り始めた。
 土がいやに冷たく、固い。まるでジョットのその手を拒むかのように。

 暗い……暗いよ……

「待ってろ骸! すぐ、すぐに出してやるからな!」
 これが夢だろうということも忘れて、ジョットは一心不乱に掘り続けた。

 苦しい……

「骸っ!」
 手が、見えた。力なくやんわりと丸められた、泥に塗れた白い手。何度も握りしめた手。まだまだ子供らしく、ジョットの手のひらと会わせれば間接1つ分ほども差がある小さな手。
 骸の、手だ。
「くそっ!」
 骸の身体に傷を付けないように慎重に、だが素早く周りを掘り進む。
 腕が見えて、肩が見えて来た。
 どうやら膝を抱き抱えるようにして横向きになって埋められているようだ。
(骸……!)
 ジョットは一心不乱に掘り続けた。ざわりと彼岸花が波打ったことにも、気づかぬくらいに。
 爪が割れるほど掘り進んだ頃、ようやく輪郭が現れて、青白い顔が見えた。
 間違いない。骸、だ。
「骸! 骸っ!!」
 脇に手を差し込んで、小さな身体を引き上げる。
 土の湿気のせいかじっとりと湿り気を帯びているものの、相変わらず軽い。そして何より、氷のように冷たかった。

 ――息を、していない。

 真実、“骸”だった。
「嫌だ、骸! 目を開けろよ!」
 熱を分け与えるように強く抱きしめて、声を震わせる。頭の奥の奥では、理解していた。そんなことをしても無駄なのだと。墓から掘り起こした子供が、どうして生きているというのか。
 墓は、死人の在処だ。
 そんなことはわかっていたけれど。
 けれど――。

「目を開けろ! お願いだから……骸っ――」




「それ、違いますよ」




 突然、だった。

「っ!?」

 いつの間にか墓石に寄り掛かるようにして、小さな影がこちらを見つめていた。
 覚えのある2色の視線。
 それは――

「む、骸……!?」

 その姿を、ジョットが見間違えるはずがない。

 六道骸。

 まぎれもなく、あの骸だった。
 だが、ジョットの腕の中の冷たい身体も、確かに骸だ。それもまた間違えようがない事実。
「な……!? ど、どういう――」
「だから、それ、違うんですよ」
 それ、と自分と全く同じ姿の動かぬ身体を指す。自分と同じ姿だというのに感慨も何も感じさせない様子は、何より骸らしい。
「あなたの持っているそれは、六道骸じゃない。墓石に刻まれていたでしょう?」
 こともなげに言われ、ジョットの思考が固まる。
 墓石。
 唯一見慣れた文字で彫られていた、その名前は――。


「――セ、エレ……?」


「クフフ、そう。少し……昔話をしましょうか」


 僕らの、話を。

































「昔と言ってもたかが10年と少し前。どこにでもいるような、ありふれた若夫婦の話から始めましょうか」
 墓石から身体を離し、ジョットに背を向けるように遠くを見つめ、骸は感情を見せずに語り出した。
「その夫婦は、早くに結婚したものの子宝には恵まれず、片田舎で二人だけの静かな暮らしを送っていました。信心深かったわけでもないのに、子供欲しさに教会へ足しげく通うほど二人は子供を待ち望んでいました。そんなある日、二人もついに子供を授かったのです。夫婦はそれはそれは大いに喜んで、無事の出産を祈って毎日教会で祈りを捧げました」
「それって……!」
「そう。その子供の名前はセエレ。あなたの腕の中で眠る子。『セエレ』と言う名前は、産まれる前から両親が付けてくれた名前でした。……でもね、母親の女の腹の中には、セエレの他に実はもうひとりいたんですよ。何世にも渡り生き続け、幾度となく死に、廻り続けた魂――六道骸がね」

「え……?」

 理解が追いつかず、ジョットは呆然と骸の背中を見つめた。骸は背中越しにそれを感じ取ったのか、ほんの少しだけこちらに顔を向けて微笑んだ。
「元々ね、セエレと六道骸は別の人物なんですよ。正確には、セエレの身体と魂に取り付いたのが六道骸。あれは、そうやって輪廻の旅を続ける存在なんです。そして取り付いた身体と本来の魂は、輪廻の力の影響を受ける。この呪われた紅い眼もそのひとつ。そして本来の魂は六道骸の膨大な記憶によって、産まれる前にしてこの世の全てを知ってしまう。大抵その段階で元の魂は崩壊して六道骸に吸収されてしまいますが、セエレは違いました。生まれたいと、愛されたいと、強く願ったから。数多の記憶の波に呑まれることなく、今を見つめることができたから」

 骸と家族になったあの日、ジョットは骸に今を見ろと言った。だが骸は――いや、セエレは、違ったのだ。弱くなどない。過去にも未来にも縛られず、強く強く生きようとしていたのだ。

「でも、1つの身体に2つの魂は大き過ぎる。このままでは身体の崩壊は免れない。そこで六道骸はセエレに賭けを持ち掛けました。もし産まれた時に父も母もセエレを拒絶したなら、その魂を捧げろと。六道骸の一部となれと。その代わり、もし両親がセエレを愛してくれたなら、六道骸は消える……。そういう賭けでした。両親の愛を信じていたセエレはその賭けに乗って、ひたすら時を待ちました。六道骸はそれを馬鹿にするでもなく、ただ見つめているだけでした。
 そして審判の日。呼吸のしかたなど生まれる前から知っていたセエレは、不様に鳴き叫ぶこともなく目を開け、耳を傾け、両親が愛を囁くのを待ちました。その口から自分の名がこぼれるのを待ちました。しかしようやく産まれた我が子への第一声は言葉ですらなく、引き攣った叫びだったのです。その瞬間、セエレは賭けに負けたことを知りました」

 ざわり、と彼岸花が吹いてもいない風に揺らぐ。

「……しかし、六道骸はすぐにはセエレの魂を取り込まず、もう少しだけ様子を見ることにしました。セエレはまだ、両親を信じようとしていたからです。けれどその想いとは裏腹に、数年後には父が去り、そして母がこの身を殺めようとした時に、幼子の希望は脆くも崩れ去りました。六道骸は罵りもせず呆れもせず、ただ静かにセエレに寄り添い、ゆっくりと2つの魂は同化していきました。独りになってしまったセエレは、永遠に孤独であり続ける六道骸を受け入れたのです。
 そしてセエレも六道骸も互いに互いの区別がつかなくなった頃、彼らはあなたに出会った。彼らにとって、あなたは唯一の父親でした。どちらがどちらであろうと関係ない、共通の家族。……嬉しかった。とても、幸せな時間だった」

 骸はそばに生えていた彼岸花を一輪摘み取り、その可憐な朱色の細い花弁を優しくなぞる。その目にはやはり何の感情も浮かんでいなかった。ただ、かすむような疲労が色濃く刻まれていたように見えた。
 
「だが、ようやく安寧を得られたと思った矢先、あの男が現れました。半ば六道骸と同化したセエレの中には、実の父への小さな希望がほんのわずかに燻っていた。そしてそんな彼の前に、あの男はまるで立派な父親然として現れた。セエレはあなたに愛されたことで、父への淡い期待を抱いてしまったのですよ。深層心理の奥の奥、本人も気づかないうちに、もしかしたらあの男も再び自分を愛してくれるのではないかとね。でも、六道骸は認めませんでした。一度裏切った者を父と呼ぶなど彼には耐え難かったのです。
 それでも、あなたがいたから2人は1人でいられました。あなたという共通の父親がいたから、繋がっていられた。けれどあなたは――」

 くしゃり、と骸の手の中の彼岸花が握りつぶされた。はらはらと重力のままに落下したそれは、ひどく汚らしく地面を這いつくばる。まるで血のようだった。



「そしてあの日、セエレと六道骸は引き裂かれてしまった」



「骸、俺は――!」
「誤解しないで下さいね。僕はあなたを怨んでいるわけではない。だってあなたは、自らの手を汚してまで彼らを庇ってくれたでしょう? 罪から救い上げてくれたでしょう? だから怨んでなどいません。これは不運が重なっただけの話。結果として、セエレは2人、六道骸は1人の父親を失ってしまった。……セエレはね、耐えられなかったんですよ。これ以上なくすのも、あなたから奪うのも」

 その結果が、これ。
 骸はジョットの手の中にあるもう一人の自分を指差した。

「セエレは死んだ。六道骸を置いて。半身を失った六道骸は、壊れるしかなかった」

 こちらを振り向いた骸――“彼”は、寂しげに微笑んだ。

「今、六道骸は失ったものを求めているんです。失った父親を。自らが追い込んだあなたを。ちぎれた自分を。変わらぬ愛を。夢見た日々を。一度手にしたはずの幸せを――。どうか、彼を止めてほしい。このままだと、彼はいずれあなたを殺してしまう。僕は、それだけは耐えられません」
「……お前――お前は……?」
 骸とセエレを“彼ら”と呼ぶ、お前は――?
「……僕はただのカケラ。セエレと六道骸の狭間の引きちぎれた魂。かつて六道骸とひとつになり、そしてまた分かれた六道骸のうちのひとつ。広大な砂漠の中、割れた砂時計からこぼれ落ちた砂」
 その言葉に、ジョットの直感はある事実を告げていた。
 ジョットの眼が驚愕と悲しみに彩られる。

「お前、まさか……消える、のか?」

 それを言葉にした途端、ジョットの身体に震えが奔った。
 消える?
 骸が?
 ここにいる、君が?
  
「クフフ、僕みたいな微かな存在にまで同情してくれるんですか? 本当、我らが父さんは優しいですね」
「お、俺には――!」
「『父親の資格はない』……ですか?」
「っ!」
 言葉の先を読まれて、ジョットはびくりと固まった。
「そんなのはどうでもいいんです。セエレはあなたの中に父親を求めましたが、僕はあなたがあなたであればそれでいい。僕を――いえ、彼らを愛してくれればそれでいい。だからあなたが今もセエレを抱きしめてくれているというだけで、僕はこんなにも嬉しいんです」
 表情の乏しかった“彼”は、ほんの僅かに微笑んだ。嘘も幻もない、あるがままの微笑だった。綺麗で、儚くて、ただ美しい。
「確かにあなたは僕らのために父親の資格を手放したのかもしれないけれど、本来そんなものは必要ない。今のあなたの気持ちがあれば、それだけで十分です」
「でも、俺はラティードを――お前達の、本当の父親を……! そんな俺がお前達を幸せにできるはずないじゃないか!」
 その表情を見ていられなくて、ジョットは顔を背けた。どんな顔をしていいのかわからなかった。
「本当に、そうでしょうか。少なくとも、今ここにいる僕は幸せですよ。最期にあなたに会えたんだから」
「……!」
「ねぇ、僕のことも抱きしめてくれませんか?」
 “彼”は子供らしい仕草でジョットの頬に手を伸ばした。ほんの少しためらいながらも、ひんやりとした指で優しく触れてくる。 
「……っ」
「最期くらい、温もりを求めたっていいでしょう? ほら、ジョット」
「……うん」
 無防備に手を差し伸べる骸を、優しく、強く、胸に抱きとめる。セエレの冷たい身体とともに、きつく。その腕に繋ぎ止めるように。熱を分けるように。こぼれ落ちぬように。散らさぬように。いつかまた、果てのない道の先で、繋がるように。

「……やっぱり、あなたは暖かいですね」

「……っ……そうか」

「セエレも言っていましたけど、僕からも」

 ジョットの胸に顔を押し付けて、骸はゆっくりと確かめるように囁いた。




「迷惑かけて、ごめんなさい。それから、愛してくれてありがとう」




「……迷惑だなんてっ、馬鹿だなぁ、もう……っ」

「クフフ……。あぁ……満ち足りた気分だ」

「……うん……っ」

 ジョットの腕の中で、紅と蒼の瞳が、透けていく。
 紅は彼岸花の強烈な朱に浸食されて、蒼は突き抜けるような空に覆われて。
 同じ顔をした二人は、同じ夢に融けていく。
 夢の終わりは儚く、ひたすらに虚しかった。


 ここは、六道骸の夢――。
 鮮やかに散り行く、壊れかけた世界。 


「さようなら、ジョット。僕のすべてだった、あなた……」

 
 ジョットの腕に感じられた重みが、ふわりと軽くなって、ある瞬間を境に、唐突に消えた。
 あとには何も残らなかった。ガラスの欠片も砂の粒も残さず、静かに彼らは存在を手放してしまった。
 彼岸花が揺れて、ざわめいて、静止する。
 もう、何もなかった。
 彼らがいた痕跡も、墓も、空も、彼岸花も、すべてが真っ白に染まって、現実に還っていく。


「骸っ、骸……! ごめん、ごめんな……!」







 本当に、ごめん……!





































「あ――」
 気付けば、目に入ったのは見慣れた天井だった。
 起き上がった拍子にはらはらと涙が零れてシャツを濡らしたけれど、冷たくはなかった。

「骸……」

 ぐ、と拳を握りしめて、ベッドから降りる。
 止まってはいられない。
 もうこれ以上、あの子を――あの子たちを苦しめたくはないから。

「もう、迷わない」



 もう一度、お前と――。  

































 同時刻。


「……ん……ぅ」
 痛みに軋む体を起こせば、花などとは無縁の汚らしい木の床が目に入った。
 この廃屋に身を潜めて2ヶ月。
 傷は癒えても魂の飢餓はついてまわっていたはずなのに、今はなぜか満ち足りた思いがあった。

「……どうして……?」



 その紅い眼からは、涙がとめどなく溢れ続けていた。














































2008.5.26




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