016.





「先日、ロッツェファミリーの本部が何者かに襲撃を受けて壊滅したそうです。リアルデに続いてロッツェとなると、やはり骸が絡んでいるとしか思えません」

 ボンゴレファミリーが襲撃されてから2週間。ジョットは何かに取り付かれたように事後処理をこなし、その甲斐あってかボンゴレ内部も落ち着きを取り戻しつつあった。人が減って更に広く感じるようになった屋敷にも、少しずつ、ほんの少しずつ慣れ始めていた。
 しかし、未だに骸は姿を消したまま――。
「……よろしいのですか、放っておいて」
 反応のないジョットに痺れを切らし、嵐が詰め寄る。
 あの日、執務室でラティードの遺体とともに発見されたジョットは数日後に目を覚ましたものの、多くを語ることはなかった。ただ一言、ラティードを殺したのは俺だと、静かに零したきりだった。ラティードの遺体にあった特徴的な刺し傷についても、骸が消えた原因についても、心ここにあらずといった様子で答えることはなかった。
 右腕として、そして親友としてずっと側にいた嵐にも、その想いは計り切れない。今もそうだ。どうして動こうとしないのだろうか。骸の手掛かりがそこにあるのに、どうして。
 骸と、そして今は亡きラティードと、あの日あの時何があったのかはわからない。ラティードを殺したとジョットは言ったけれど、嵐は信じていなかった。ジョットが理由もなくそんなことをする人でないことくらい、とっくの昔に知っている。だからこそついて来たのだ。今も、これからも、それは変わらない。
 なのに……
「ボス――」

「俺の手さ、真っ赤なんだ。洗っても洗っても消えない。骸の頭、撫でてやれなくなっちゃった……」

 ジョットは自身の手を食い入るように見つめた。華奢だの弱そうだの、骸には散々言われたものだ。それでもジョットが頭を撫でてやれば、骸は黙ってじっとしていた。そのうち眠ってしまうこともしばしばで、とても微笑ましく思っていたけれど。
 もう、そんなこともない。そんな資格は、ない。
「ボス……」
「わかってる。わかっては、いるんだ。リアルデにロッツェ。やったのは骸だろう。そんなことはわかってる。でも、どうすればいい? 行って骸を止めればいいのか? 骸の父親を手に掛けたこの俺が!?」
 息を荒げて吠えてしまってから、恥じるように視線を外す。
「……ごめん、八つ当たりだな、これじゃ」
 弱々しい声で呻くと、顔を片手で覆って表情を隠した。そうでもしないと、どろどろした胸のうちを曝け出してしまう気がした。
「でも、わからないんだ。骸に何て言えばいいのか、どんな顔をして会えばいいのか。怖いんだ。否定されるのも、変わらず愛されるのも、怖くて怖くて堪らないんだ……」
「……ジョット……」

「ごめん。少しの間でいい。独りにしてくれ」





























 コンコン

「……」

 ガチャ

「……返事、してないはずなんだけど。あと、その窓鍵かけてたはずなんだけどな」

「あなただって、いつもそうだったでしょう」

 遠くを見るのには重宝する大きな窓から、小柄な影がするりと入り込んだ。
 月明かりを滑らかに反射して輝く髪は濃紺。光を宿す目は紅と蒼。
 見慣れた、色。
 一番好きな、色。
 宝石のように輝くそれは、いつだってジョットを見つめていた。
「……そうだっけ?」
「そうですよ」
「……そっか。――久しぶり、骸」
「ええ。お久しぶりですね」
 骸は動揺も感傷もなく、ただ微笑んだ。まるでそうするように作られた機械のように、奇妙に整然とした表情で。
「……ベローナを、潰したのか」
「ええ、まあ」
 事もなげに言い放つ骸は、よくよく見れば赤く濡れていた。むせ返るような血臭が部屋に充満していくのを感じて、どうしてもあの日を思い起こさせた。それでも全く動じない自分に気づいて、ひどく気持ちが悪い。
「調度切りが良かったので帰って来たんですけど、元気がありませんね、ジョット」
 そう言って首を傾げる骸に、ジョットは妙な違和感を感じていた。あの日の骸を思えば、こんなふうに接していられるはずがないのに。どうしてこんなにも普通なのだろうか。不気味なくらいに落ち着いていて、その目はしっかりとジョットを捉えて離さない。

「……ねぇ。僕が慰めてあげましょうか」

「え――」

 する……

 一瞬のことだった。理解が追いつかず、ほんの少し生じた隙。その間にジョットの視界から骸は消え、代わりに艷かしい女の手が背後からジョットの首に回されていた。

  「な――!?」

   驚いて立ち上がりかけた身体を、やんわりと押さえながら女の声が耳元で響く。
「クフフ。この姿、前世の僕だと言ったらどうします?」
「な、何を言ってるんだ!?」
 ジョットの頭を抱き寄せて絡み取るかのように密着している骸の姿は、あの時の――いつかのパーティーの時そのままの姿だった。流れるような深い黒髪に、深緑色で統一されたマーメイドラインのドレス。派手ではないがきらびやかなプラチナのアクセサリー。そして匂いたつような美貌。
 あの日ジョットの指示通りに骸が作り上げた、虚構の女。
 その、はずだった。
「おや、本当ですよ。好みなんでしょう? だからほら、ね…?」
 淫靡な響きを含んだ声で囁くと、そのふくよかな赤い唇をジョットのそれに重ね――

「やめろっ!!」

 ドンッ

 手加減なしで突き飛ばされて、柔らかいが重みのある身体は床に転がった。
(い、今……!)
 確かな手応えが、あった。子供の小さな身体ではなく、女の柔らかなそれの。触り慣れないその感触は、まるでジョットの全てを浸食しようというように今なおその手に残っている。
「ひどいですねぇ……。女子供には優しくしなさいって小さい頃に教わりませんでした? 僕、どちらにも当て嵌まってるんですよ」
 大して気にした風もなく、骸はゆらりと立ち上がった。その声も、見た目も、感触も、全てがジョットの知る骸からかけ離れていた。骸でもなく、人間ですらないような、まるで別の生き物にすり替わられてしまったような錯覚を覚えて吐き気がこみ上げた。
「な、なんで……!?」
 ジョットは困惑を隠せない様子で、自らの手と骸とを見つめた。
「なぜ触れるのかって? だって、そうしないとあなたに触れてもらえないでしょう?」
 さもどうでもよさそうな返答は、ジョットが納得できるものではなかった。しかし骸はそんなことなど気にしたそぶりもなく、妖しく微笑んで見せる。
 別人の、笑みだった。

  「あなたのために実体化したんですから、あなたの好きにしていいんですよ」

「……っ」
 ジョットは氷のように固まるしかなかった。恐ろしいくらいの違和感に、二の句が告げない。
 こんなのが骸のはずがない。骸はそんなこと言わない。あの子が、こんな――。

(なんなんだよ、これ……! 何がどうなって――)

「あぁ、そんなに怯えないでくださいよ」
 その様子に骸はクフフ、といつものように笑った。いつも通りに。ジョットが知っている骸のように。それでも違和感はなくなるどころか強まっていくばかりだった。骸の皮を被っているのは、誰?
「そういえば、女に迫られるのはお嫌いでしたっけ。では、こちらがお好みで?」
 そう言った次の瞬間には、妖艶な美女は怜悧な美青年――見慣れた骸の偽りの姿へと形を変えていた。
 ただひとつ違うのは、それが実体を伴っているということだ。空気の流れでわかる。そこには確かに大人の肉体が存在するのだ。まるで雲と戦っていた時のように。
 第五の道、人間道。あの子はそう言っていた。最も忌まわしい能力だとも。

「ねぇ、何をしたっていいんですよ」

 声も、聞き慣れた声だった。骸本来の声をそのまま低くしたような、透明感のある声。ジョットは骸の子供特有の高い声も好きだったけれど、偽りのはずのこの声も気に入っていた。きっと大きくなった骸はその声を得るのだろうと予感していたから。
 しかし今その声で囁かれるのは、骸の口から聞いたこともない、甘く誘うような言葉だった。こんな言葉を聞きたかったわけではないのに。
「骸、俺には……! 俺には、今のお前がわからない……!」
 絞り出された悲しげな声に、骸は首を傾げた。妙に子供っぽいその仕種は、ジョットのよく知る骸と重なった。
 だが、違う。何かが決定的に、致命的に、違う。
「何がわからないんです? 僕にはあなたの方が理解できませんが」
 すっ、と骸の右手がジョットの頬に伸ばされる。

「――駄目だっ!!」

 ばしぃっ

 反射的にその手を振り払って、ジョットは悲痛な表情で視線を逸らした。
「俺に触れちゃ、いけない……!」

「…………どうして」

 はっ、とジョットが顔を上げると、随分と低い位置に俯いた幼い頭があった。その小さな声は、温かな日々を思い起こさせるボーイソプラノ。自分にしか見せない、ありのままの骸。
「ねぇ、どうして? 僕が穢れているから? 醜いから? 呪われているから?」
 しかし今、それはまるで怨霊の声のように不気味に響いた。

  「あなたは甘い人ですよね。こんな僕のために自らの手を汚したんですから。あなたは優しい人ですよね。血に塗れてしまったあなたの手で僕を汚さないように気遣ってくれるんですから」

 でも、と骸は顔を上げる。ジョットを見据えるその瞳の紅は、今はもう血の色に染まっていた。骸の身体から滴る、黒くなりつつあるそれと、同じ色に。
「でも、僕はもうこんなに真っ赤なんですよ。ねえ、まだ足りないんですか?」
「な、何言ってるんだよ……! 今のお前、おかしいよ! こんなのっ……こんなのお前じゃない!!」

「――僕をおかしくしたのはあなたでしょう!!」

 叫びにも似た鋭い声を上げて骸はジョットに飛び掛かり、執務机にたたき付けた。鈍く大きな音が響きわたっても、ジョットには自分の状態が信じられなかった。
 しかし骸の小さな両手は、確かにジョットの首を強く絞めつけてくる。
(こ、の……力は……!?)
「かはっ……ぁ……!」
 小柄とは言え大人のジョットを押さえ付けたことといい、ぎりぎりと的確に気道を圧迫するその力といい、尋常ではない。少なくとも、ジョットの知る小さな骸の力とは思えなかった。

「親子? 兄弟? 友人? 恋人? 形なんてどうでもいい。僕を愛してくれたら、それでよかったのに――!」

 血の色の瞳の奥に狂気を滲ませて、更に手に力を込める。骸はそのまま狂ったようにジョットの身体を何度も机に打ち付けた。

「ねえ! もう一度撫でて! 抱きしめて! 僕を見て! 僕だけを愛して! ねぇ、愛して! 愛して愛して愛して愛して愛して愛してあいしてあいしてあいしてあいしてアイシテアイシテアイシ――」

 ドンっドン!

「ボス!? どうかしましたか!?」

 扉の外から嵐の焦りを帯びた声が聞こえて、骸はぴたりとその動きを止めた。時が止まったかのように、突然に。
 そしてするりとあっけなくジョットの首を絞めていた手を外すと、先ほどまでとは対照的な穏やかな笑みを浮かべた。
「がはっげほ……っぐ! ごほっ」
 ジョットは急激に肺に空気が戻ったせいで激しくむせて、目には涙を滲ませた。
 何もかもが理解できなかった。
 いっそ夢であったらいいのに。起きたら骸が隣に寝ていて、自分はその可愛らしい寝顔を眺めて、そして気づいた骸は顔を真っ赤にして怒るのだ。ふざけてじゃれあって、首を小さな手で優しく絞められて。やめろよな〜、なんて言いながら布団から転げ落ちて。それなら、大丈夫。理解できる。ヒドいなぁ、と笑って言える。
 お願いだから、何もかも夢であって――。

  「邪魔が入ってしまいましたね」

 静かな様子で呟くと、骸はゆっくりとジョットの額に唇を寄せて触れるだけの口づけを落とした。子供にしては低い体温の、それでもあたたかい感触は、ジョットに現実を刻み込む口づけだった。これは、現実。笑えるはず、ないじゃないか。
「続きはまた、いずれ」
 人差し指でジョットの涙をすくいとると、骸は綺麗に微笑んでその身を離した。

「ボス、失礼します!」

 ドガンッ

 強烈な爆発音とともに木製の扉が吹っ飛ぶ。

「ご無事で――!?」

 …骸? と小さく呟く声が聞こえて、嵐の威勢が萎んでいくのがわかった。
「クフフ、せいぜい傷心のジョットを励ましてあげてくださいよ。少しくらい抵抗してくれないと、すぐに殺してしまいそうで……怖い」
 超然と笑む骸の周囲を霧が覆う。
 行ってしまう。夢でも何でもなく、骸が行ってしまう。これが、どうしようもない現実。
「ごほっ、む、骸……!」
 力の入らぬ手を虚空に伸ばす。骸の手を振り払ったその手は、骸には届かない。

「Arrivederci」

「待って! 行くな、骸っ! 骸ぉぉぉっ!!」


 霧が晴れた時、既にそこに骸の姿はなかった。



















 それから数日後。また1つ、ファミリーが消えた。

 犯人の目撃者はいない。

 だが、その近辺で子供の甲高い笑い声が聞こえたという。










































カオスっぷりが前面に出てきてしまいました。自分、ヤンデレ大好きなんです。そして骸さんにジョットを誘惑させてみたかったんです。ちなみにこの回はあんまり捏造度の上昇率は高くないですが、そろそろ頂点に辿り着きそうです。この次の次くらいがたぶんトンデモ。

余談ですが、私が話を書く上でのモットー(理想かも?)として、「何事にも理由がある」ということがあります。骸さんがああなった理由、なぜジョットに傾倒したのか、あの言葉の意味、あの行動の真意、一応全てに理由があります。というか、捏造しようとしました。失敗してますけれど。
読みにくいだろうなぁ、とか、こじつけ過ぎるかなぁ、とか、日々悶々としておりますが、皆様の心に少しでも何かが残っていただければ幸いです。
それにしても、いつ書き終わることやら……。



2008.4.27

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