14.
「今日集まってもらったのは、新たな同盟締結に向けての人員交換の決定事項の報告だ」
ボス自らの召集により、見慣れた守護者たちが円卓を囲んでいる。しかしそのうちの2席は空いていた。
「見ての通り、雲はいつものことだけど、晴がいないのはまさに今レンテファミリーに人員交換で派遣してるからだ」
まぁもう知ってるかもしれないけど、と思いながらも、一応報告すべきだろう。
「晴は派遣とか好きだし、たっての申し出だったからお言葉に甘えたんだ。みんなに相談してからにすべきかとも思ったけど、レッテの対応が思いの外早くてね。至急向かってもらった次第だ」
晴の守護者は他のマフィアを訪れるのが好きだった。本人いわく、極限の勝負ができる男を捜しているらしい。とは言っても、視認するのも難しい晴の拳を避けられる人間など極僅かしかいないし、大岩も粉砕する拳を受けてただで済む者などまずいないのだ。そんな男と極限の勝負など、できる者がいたらボンゴレに招待したいくらいだった。
「まあそんなわけだから、こっちにはレッテの人員が派遣されて来たんだ。ボスの秘書をやってた人で、武闘派ではないから変な突っ掛かり方は――してたのは晴だけか」
毎度訪れる人に勝負を挑んでいた晴は、今ここにはいない。少し寂しいものを感じながら、ジョットは扉の外へ声をかけた。
「とにかく、よろしく頼むよ」
重い扉が開いて、短く整えられた艶やかな黒髪の青年が静かにジョットの横に立った。
30そこらだろう彼は、整った鼻梁ときつくならない程度の切れ長の目を眼鏡で緩和した、柔和な好青年だった。
「ラティードと申します」
ガタン!
「――どうした?」
ジョットが、急に立ち上がって固まった骸に声をかける。先程までは全く興味がなさそうだったのに、今はラティードを不躾なほどに注視していた。いや、幻はまだ注視と呼べる視線だが、実体は睨むような窺うような凝視の視線だった。
「その目は……!」
しかし視線を受けるラティードもまた、骸に、否、骸の紅い目に釘づけになっていた。
自然、2人の視線は交差する。
「骸、知り合いか?」
知り合いなんて質の視線ではなかったが、じりじりした空気に耐えられず、いつもと違う骸に声をかけた。他人の前では名前で呼ばないと言うのがルールだったはずだが、骸に関してだけは、とっくに破られていた。
「――ムクロ?」
その名前にぴくりと反応したのは、ラティードだ。そして次の瞬間には、ほっとしたようながっかりしたような曖昧な表情で微笑んだ。
「失礼致しました。知人に少し似ていらしたもので。お会いするのは初めてですね」
その言葉に骸はぴくりと眉を寄せたが、幻には出さず、表面上は何もなかった風を装った。
「……ええ。ボンゴレ霧の守護者、六道骸です」
どうぞよろしく、と微笑む骸に、ジョットは違和感を拭えなかった。
「なぁ骸、ラティードと会ったことがあるのか?」
一通りの紹介を終えひとまず解散となったのち、ジョットは骸を自室に呼んだ。他人に聞かれたくないというより、何やら神経質になっている今の骸を刺激するのは良くないと踏んだからだ。
実際、普段2人きりの時は子供の姿に戻るのに、今の骸は相変わらず大人の姿をとっている。珍しいというより、むしろ異常と言うべきだろう。それくらい、二人の間に流れる空気は他とは一線を画していたのだが――。
「その前に、あの男を選んだのはあなたですか?」
ジョットにすら自らの姿と感情を隠した骸は、平淡な声で尋ねた。
しかしジョットの超直感には感知されていた。その裏の苛立ちと疑念、そして怒りを。
「……半分そうで、半分違う。あちらが出した候補の中から俺が選んだんだ」
「ではなぜあの男を?」
「理由なんてないよ。ただなんとなく、あの人じゃないといけないような気がしたんだ」
ジョットの予感は、ただの予感ではない。理由はなくとも必然があるのだ。
「……そうですか」
声に抑え切れなかった忌ま忌ましさを滲ませて、骸は踵を返した。
「骸! こっちの質問に答えてないだろ」
ジョットが骸の行く手を遮るように回り込んで、骸の歩みを止めさせる。
「今はまだ、言いたくありません」
ジョットの視線から逃げるように顔を背け、骸は呻くように言った。
「けれど、あなたの采配には意味がある。それだけは忘れないでください」
一方的に告げると、骸はジョットの体の脇を擦り抜けるようにして部屋を出て行った。
最後まで、本当の姿を見せることはなかった。
「なんだよ、それ……」
わけがわからない不安を感じながら、ジョットはただ佇むことしかできなかった。
ラティードは、ボスの秘書をやっているだけあって事務処理能力には目をみはるものがあった。ジョットの秘書を兼ねている嵐も右腕としては優秀だったが、それは戦闘能力も含めての評価であって、事務的な面だけを取って見れば特別優れているわけではない。当然、ラティードから学ぶことは多かった。逆にラティードもまた、戦闘面に関してはボンゴレから学ぶことは有り余るほどあった。
あくまで今回の人員交換の目的は、互いの信頼を深めることにある。本来隠すべきノウハウなどを積極的に開示したのもそのためだった。
「では、本日はこれで失礼致します」
そう言って慣れた手つきで書類を片付けたラティードは、柔和な笑みを浮かべた。
帰ると言っても、ボンゴレの屋敷に割り当てられた自室へだ。ここへ来て早一週間。穏やかで人のいいラティードは、ボンゴレファミリーにごく自然に馴染んでいた。
「お疲れ様。明日また頼むよ」
そう言ってラティードの背中を見届けると、ジョットはくるりと表情を変えて、嵐に向き直った。
「で、いつまで嵐の格好してんだよ、骸」
今日一日、骸はずっと嵐のフリをしていた。一目で気づいたジョットは、本物の嵐はどうしたのかと心配しつつも、骸の行動を気にかけざるを得なかった。
その原因。それは殺気…だった。
嵐を形作る幻の中で、骸はラティードを監視していた。憎悪と疑念を練り込んだ殺気を滲ませて。骸をよく知るジョットには、それがいつ殺してもおかしくない状態だったことは容易にわかった。
「――別に。なんでもありません」
にべもなく言うと、骸は瞬きの間に別の男の姿をとった。骸をそのまま大きくしたようないつもの姿ではない、どこにでもいそうな青年で、全く知らない姿だった。
「だったらいつもの格好でいいだろ。子供の姿じゃなくてもいいから」
「別に僕がどんな格好でもあなたにはわかるんですから、何だっていいでしょう」
骸は殺気こそ引っ込めたものの、むき出しの警戒心は変わらなかった。
「お前、最近変だよ。ラティードとの間に何があったのかは、お前が言いたくないなら聞かない。けど、このままでいいのか?」
「……何が」
「向き合わないままで、逃げてていいのか?」
ジョットの言葉に、骸は信じられないものを見る目でジョットを見つめた。彼はただ、超直感で感じたことを言っただけなのかもしれない。でも、それでも――
「僕が逃げている? は、違いますよ! 逃げたのはあちらの方だ!」
突然の激昂に、ジョットは呆然としていた。骸の声は、子供のままだった。
「あなたにはわからなくていい……! でも、何も言わないでください! あなたにそんなことを言われたら、僕は…僕はどうしたらいいんですか!」
骸の声は震えていた。
置き去りにされた子供を思わせる、縋り付くような悲しくて寂しい声だった。
「骸……」
ジョットは骸に近付き、そっと背中に手を回した。ぎゅっと抱き寄せた小さな身体は、ひどく頼りなく、儚かった。
「何をそんなに不安がってるんだ」
ぽんぽんと骸の頭を軽く叩き、撫でる。その度に骸の肩がびくりと動いた。何かに怯えるようなその仕種は、普段の骸からは考えられなかった。
「 」
ぽつりと、密着したジョットにも聞こえないくらいの小さな小さな声で、骸は何かを呟いた。
「――え? わっ!」
聞き返すジョットを一際強く抱きしめたと思うと、骸はジョットの手からするりと逃れた。
「骸っ」
見知らぬ姿の骸は、そのまま扉の隙間を擦り抜けるようにして部屋を去っていった。
「骸……」
僕を置いていかないで……。
「今日はここまででいいよ」
「はい。あ、あの――」
「どうした?」
珍しく言いにくそうに口ごもったラティードに、ジョットが首を傾げる。
「昨日、嵐の方はどちらにいらっしゃったんですか?」
「っ!」
「え――!?」
ジョットはもちろん、書類を整理していた嵐も驚いたように固まった。
骸の幻を常人が見破るのは難しい。しかもまだ会って1週間そこらしか共に過ごしていない人物だ。
「よく気付きましたね」
嵐が感嘆の声を漏らした。昨日は骸に眠らされていたのだが、起きた時には書類も部下への指示もいつもと全く変わらずこなされた後だった。側近ですら骸がすり代わっていたことに気付いてなかったというのに、会って数日の彼がそれを見破るとは。
「自分でも不思議です。でも、何か――なんと言えばいいのかわからないのですが……」
はっきり言葉にはできない様子で、ラティードは困ったように微笑んだ。
ジョットの直感は、やはり2人の間に何かあると訴えていた。
「あのさ。骸――霧の守護者と、昔何かあった?」
意を決して尋ねる。骸はわからなくていいと言っていたが、大切な家族のことだ、放ってはおけない。
「いえ、お会いしたのは初めてのはずです。あれ以来お会いしていませんし」
「確か、知人に似てるんだったよな。その、知人というのは? あぁ、全てを言う必要はないし、嫌なら言わなくて構わないから」
ジョットの言葉に、ラティードは瞼を閉じ、心を落ち着けて口を開いた。
「――息子、です。紅と蒼の瞳を持って生まれた、恐ろしいほどに聡い子」
どこか遠い目は、慈しむようでも悲しむようでもあり、根底に潜む恐怖を押し隠そうとしているようでもあった。
「生きているなら、もうすぐ10歳になります」
骸に年齢を聞いても、はっきりとはわからないと言っていたが、見た目からするとおそらくそのくらいだろう。
(じゃあ、この人は……!)
「その息子さんは、今は?」
嵐もまた確信しかけているようで、確認の意味を込めて尋ねた。
「お恥ずかしい話ですが、わからないのです」
「わからないとは?」
「私は、妻と子供を置いて逃げたのです。狂っていく妻も、狂わせていく息子も見ていられず、すべてを捨てて」
(そうか、骸……)
骸がジョットの家族になったあの日。ただ一度だけ、両親の話をしてくれたことがある。父とも母とも呼ばず、自分をこの世に生み出してしまった夫婦の話を、淡々と。
父親は今よりもっと小さな頃にいなくなったと言っていた。恨むでもなく憎むでもなく、さも当然のことのように。
そして母親は、骸を――。
「少し前に、風の噂で妻が死んだことを知りました。同時に、あの子が生きているであろうことも」
母親は骸を殺そうとして、逆に殺されたのだ。骸はそのことに何の感慨もないと言っていた。いつものことだから、と。
「臆病な私がマフィアなんて仕事を選んだのは、ひょっとしたらあの子を待っているからなのかもしれません。私が出ていくのを無感動に見つめていたあの子が、いつか私を殺しに来てくれることを」
「……あなたは、最低だ」
低い声でジョットが呟いた。
「ボス――!」
「どうして息子の手を汚させようとするんだ! もう充分に傷付いているのに、どうしてまた!?」
「っ!」
「そうやって自分だけが楽になれる道を選ぶのは卑怯だ! あなたはまだ向き合ってすらいないじゃないか! 今もまた逃げているだけだ!」
骸はそんなことを生まれる度に繰り返してきたのだ。それがいつか当たり前になって、諦めに変わるまで。
骸は決して家族を見捨てない。一度家族と認めた者に対する執着は、悲しい諦めの裏返しだった。
「もっとちゃんと見ろよ……! あなたが手を伸ばすだけで、偶然は必然に変わる!」
あんなにも側にいたのに、触れられるほど側にいたのに、骸はただ見ているだけだった。
殺しは、しなかった。まだ可能性はあるのだ。
「諦めるな」
しこりを残したまま1ヶ月間の人員交換の半分が過ぎ、晴の守護者は一旦こちらに戻ることになった。ラティードはといえば、当然レンテファミリーに戻っていった。
定例会議の議題は自然と人員交換の報告がメインとなり、今後の対応を練ることとなった。
(どうでもいい……)
守護者たちが帰って来た晴を労い、質問攻めにする中、骸は一際冷めていた。
(あと2週間)
それが過ぎれば元に戻る。この胸の奥に渦巻く想いも、綺麗に消えるはずだ。
(放って置けばいい。どうせあの男は逃げることしかできないのだから)
あの日のように。
こちらはただ見ているだけでいい。
追いはしない。
追う必要もない。
「骸。骸?」
(――それでいい)
「骸!」
ハッ、と気付けば、会議はいつの間にか終わっていたようで、ジョットが心配そうに覗き込んでいた。
「……なんです?」
こんなに近付かれるまで気付かなかったことを恥じつつも、心を落ち着ける。
(今の僕は骸。そう、六道骸なのだから)
「あのさ、ラティードが――お前と話したいって」
「…………今、なんと?」
「ラティードが――」
「その名前を出さないでください!」
抑え切れず吠えるように叫んでしまってから、骸はばつが悪そうに顔を背けた。
まだこの場には他の守護者たちもいるのだ。視線が集まっているのが感じられて、気分が悪い。
「失礼します」
立ち上がった骸の細い腕をジョットが掴む。
「離してください!」
「駄目だ。あの人は過去と向き合うと決めた。だからお前も逃げるな」
「――!」
ぴくりと骸の目が細く眇められた。
「……あの男が何を話したかは知りませんが、前にも言ったはずだ、あなたには何も言ってほしくないと!」
掴まれた腕を振り払おうとするが、ジョットは離そうとしなかった。
「聞け、骸!」
「嫌です! 僕にとっての父親は、最初からあなただけです……! なのに、今更あの男と何を話せと言うんですか!?」
「それを決めるのは俺じゃない。俺は確かにお前の家族だ。それは揺るがない。でも、あの人の家族はもうお前だけなんだぞ」
「それこそ僕には関係のないことだ。今の僕に、あなた以外の家族なんていりません!」
バタンっ
突然開け放たれた扉から入って来たのは、焦りを満面に浮かべたラティードだった。
「――!!」
骸は引き攣ったように固まり、言葉を失った。
しかしラティードは骸をちらりと一瞥しただけで、視線をジョットへと向けた。
「ご無礼をお許し下さい。至急報告すべきことがあります」
ただならぬ雰囲気に、ジョットは骸の腕を離し、頷いた。
「レンテファミリーの下層部が蜂起いたしました。かねてから計画されていたようで、ロッツェ、ベローナ、リアルデの3ファミリーがバックについています」
「何!?」
ロッツェファミリー、ベローナファミリー、リアルデファミリーと言えば、新参のボンゴレより歴史のある古参のファミリーであり、その分誇りも高い。
それがたかだか1ファミリーの、それも下層部の蜂起ごときに手を貸すとは思えなかった。
「我がボスは、あなたもご存知の通り穏健派です。そしてあなた方ボンゴレも、力を持ちながらむやみに行使することはない。麻薬などにも手を出さない。そんな我々が同盟などと、彼らにとっては目の上のたんこぶになるのが目に見えていたのでしょうね。その結果、うちの血気盛んな若衆が利用されたのです」
感情を押し殺した報告に、ジョットは奥歯を噛み締めた。
「ドン・レッテは?」
「お一人で屋敷に残られました」
その意味するところを思うと、身を切られるような思いに襲われた。
(……立派な方だ。あなたの決意を無駄にはしない)
「ボンゴレにも危険が迫っているんだな?」
「はい」
ちらりと再度骸を見て、ラティードは決心したように口を開く。
「無礼を承知で申し上げます。この地をお離れになってください」
「なっ――」
それはつまり逃げろということ。敵に背を向けるなど、いくら穏健派とは言えマフィアとして我慢できることではない。
しかし。
「それは――」
「何を言うかと思えば、逃げろですって?」
ジョットの声を遮って、険を滲ませた骸の声が響いた。
「本当に逃げるのがお好きですね」
「骸!」
ジョットの制止も聞かず、骸は苛立ちを隠さぬまま続ける。
「僕から逃げて妻から逃げてマフィアから逃げて、今度はボスすら囮に使って逃げるとは。そんなにもご自分の身が大事ですか!」
「骸、お前――」
「いいんですボンゴレ。――どう思われようとも構いません」
骸の蔑みの目を受け入れて、ラティードは骸に歩み寄った。
警戒するように骸が目を細める。
「許されるとは思っていない。私は人として最低だ。でも――」
にわかに外が騒がしくなってきた。
(まさか、もう!?)
窓の近くにいた雨の守護者を見れば、窓の外を確認したのち、こちらに目配せしてきた。
間違いないようだ。この屋敷は間もなく襲撃される。
「それでも私は、お前の父でありたい!」
ガシャン!
「!?」
ラティードが骸に覆いかぶさったのと窓ガラスが割れたのとはほぼ同時だった。
ドン ズガンっ ドド ドン ドン
連続する銃声の中、動揺ゆえか幻を維持できなかった骸は、子供の姿をかつての父にさらしながら目を見開いていた。
ようやく銃声が止んだ頃、
「みんな怪我はないか!?」
「こっちは大丈夫だ」
「俺もです」
「おう!」
「はい、大丈夫です!」
ジョットの呼びかけに応える守護者たちは、ガラスの破片こそ被っていたものの、皆無傷だ。
「骸、ラティード、無事か?」
ジョットに声をかけられても、2人は応えることができなかった。
ようやく息子の本当の姿を見たラティードは、感情を表すかのように震えの止まらない手を、骸の頬にそっと添えた。
「……大きくなったな、セエ――」
「その名で呼ぶなっ!!」
バシンッと音を立ててその手が払われた。
ラティードに庇われる形になっているのに気付いた骸は嫌悪に顔を歪め、懸命に這い出る。
どうしてか、頬が熱かった。
どうしてか、心臓が早鐘のようにうるさかった。
(こんなっ、こんなこと、認めない――!)
「くっ――」
この男より自分が小さいのが気に食わなかった。どうしたって守られているようで。彼が父親みたいで。自分が全てを認めてしまったようで堪らなくなる。
一刻も早く姿を隠したくて、幻を練ろうと右目に精神を集中させる。
「っ!?」
しかし右目が生み出したのは覚えのある激痛だけだった。
(また、こんなときに――!)
ずきりずきりと、疼くような痛み。意思を持っているかのように強弱をつけるそれは、骸の集中を容易に掻き乱した。
(どうして!? 僕はこの男を認めてなどいない! あの日を忘れてなどいない! なのにどうして邪魔をする……!)
「くぅっ、う……!!」
右目を押さえて動けない骸に、身を起こしたラティードが手を伸ばす。振り払いたくて仕方ないのに、右目の痛みが身体の自由を根こそぎ奪って叶わない。
ラティードの腕が骸の小さな身体を持ち上げ、自身の胸に押し付けるように、骸を護ろうとするかのように力強く抱き抱えた。
「お、降ろせ……!」
痛みに震える声で叫んでも、ラティードの腕から力が抜けることはなく、むしろ苦しいくらいに抱き寄せられた。
「みんな、各部隊に伝令を! こちらの礼儀を叩き込んでやれってな!」
ジョットの指示もどこか遠くの出来事のように聞こえる。
他の守護者たちが部屋を飛び出して行くのを尻目に、骸はどうしようもない悔しさと苛立ちにまみれていた。
(どうして――どうしてっ!)
生理的なものだと思いたい涙が、湧き水のように溢れてきた。痛みで遠退きかけた意識では幻を使って覆い隠すことすらできない。全部、曝け出すなんて――
「ラティード!」
「はい」
「骸を」
ジョットの視線が骸に向けられた。親が子を見る目に近い、骸が唯一信頼を寄せる温かな視線。
無意識のうちに、骸は手を伸ばしていた。離れゆくものを掴もうとするかのように。縋り付くかのように。
「骸を、頼む」
「っ!!」
骸の目が驚愕に見開かれた。痛みすら忘れるほどの衝撃に、頭の中が真っ白になって信じられない思いでいっぱいになった。
「はい!」
迷いなく頷くラティードに抱えられたまま、骸はふるふると頭を振る。
「……ぁ」
(嘘――でしょう?)
ジョットは自分も戦線に加わるべく愛用のグローブを手にはめ、守護者の後を追って駆け出した。
「待って……」
意識が急速に遠退くのを感じながら、掠れる声を絞り出す。
「置いて行かないで……!」
父さん!!
2008.4.7
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