11.不機嫌の治し方


「……なあ、この唇なんとかしてくれよ」

 1日経った今も、昨日の惨劇のあとは残ったままだった。今日は雨の守護者が下見に行っていたファミリーが来るというのに。
「あるがままの姿でいいじゃないですか」
 自分は幻術で大人の姿になって唇をうまく隠している骸が、ジョットを突き放す。元はと言えばジョットのせいなのだから、当然と言えなくもない。
「おもしろがられてうまくいくかもしれませんよ」
「絶対笑われておしまいだよっ」
 真っ赤に腫れ上がった唇は、何もせずともひりひりと痛む。動かすと尚更だった。ジョットはもちろん、見た目は隠している骸も同様だ。
「痛いんだから喋らせないでくださいよ。とにかく、自業自得。せいぜい優秀な右腕にでもフォローしてもらったらどうですか」
 最小限の口の動きで小さく言うと、骸はさっさと霧に身を隠して消えてしまった。
「は、薄情者ぉぉぉ!! イ、イタタ……」








「やっぱりダメでしたか」
「うん。あー、どうするかなぁ……」
「仕方ありません。ごく普通に、当たり前のように振る舞えば、あちらも深く追求することはないでしょうし、その隙を与えないようにしましょう」
「そ、そうだな。自然に自然に」
 結局のところ、何の策もないままか。
「……はぁ……」












「で、なんだろうな、この状況……」
「まぁ、ある意味運が良かったと言えないこともないですよね」
 足元にごろごろ転がっている、顔面を腫らしまくった男たちを無表情に眺める。
 ちなみに、唇を腫らしたジョットなどよりよほどひどいことになっていた。
「はぁ……そういうことにしとくか。みんなぁー無事かぁー!?」
 だだっ広い会議室を見渡して、痛む唇を無理矢理開いて大きく叫ぶ。
「「「「無事です」」」」
 各方向から声が返ってきたことに安堵しつつ、同時に呆れた。いくら敵陣の真っ只中かつ雨と嵐の守護者がいたとはいえ、こちらにほんのわずかのダメージすら与えられないとは。
「どっちにしろ決裂して良かったかな、これは」
 決裂と言うには実はいろんなことが一方的だった。
 まず第一に、やけに団体で会議にやって来たボスは、明らかに偽物だった。雨の守護者に前もって見に行かせていたから、こちらにはバレバレだ。そして、そんなこととは知りもしないでボスのふりをし続ける哀れな男は、何を思ったか突然銃を両手に構えてジョットを狙った。ところがすぐには撃たずに、手をあげろ、ときた。給仕係も掃除係も庭師すらも武闘派なボンゴレファミリーは、さして慌てることもなく笑いを堪えて事態を見守っていたのだが、そんなおかしな緊張状態の中、偽物は件のジョットの唇のことに触れてしまったのだ。
「何て言うか、少し可哀相に思えてきましたよ、俺は…」
 その結果、いろんな意味で墓穴を掘った彼は、一瞬のうちにジョットの拳によって顔をぼこぼこに歪まされ、地に伏すごろつき1号となった。あとはまぁ、敵味方入り乱れての乱戦となったのだが、ジョットや雨や嵐といった面々の前では彼らはただのサンドバッグにしか成り得なかったのだ。
「先に手を出した――わけでもないけど、とにかく悪いのはあっちだろ」
 あちらの場合は、悪かったのは運だろうが。
「それにさぁ、気のせいだと思いたいけど、外が騒がしい気がするんだよね」
「……空耳だと思い込もうとしてたんですけど、言っちゃいましたね」
 ジョットも嵐もうんざりした様子でため息をつく中、ただ一人雨の守護者だけはのほほんとして残酷な事実を述べた。
「なんか屋敷の外から攻められてるってさー。数ばっかみたいだけど、どーする?」











「……庭師にすら負けるって、どんなマフィアですか」

 外にたくさんの気配を感じて(気配を隠すことさえできないようだった)窓の外を見れば、がさがさわさわさと数十人の男たちが銃を構えて突進してくるところだった。
 この瞬間骸が感じたことと言えば、なぜ銃を持ちながら至近距離に近づくのだろうか、ということだった。狙撃能力が乏しいにしたって、わざわざ相手の間合いに入らずともやりようはあるだろうに。爆弾でも抱えているのかと警戒したのもつかの間、ほんの数秒の間に庭師たちのハサミの餌食になってしまった。彼らはまだ生きているようだが、的確に腱を断ち切られているので動けない。
「なんて情けない……」
 とどめを刺す気にすらならなかった。こんなやつらが何人集まろうがボンゴレの敵ではない。
「霧さんよ、こいつらどうする?」
 ハサミにこびり付いた血をボロ巾で拭いながら(骸以外の子供が見たら泣きそうな光景だ)、庭師長のレッツォが太い眉毛を困ったように寄せる。
「どうもこうも、てきとーにふん縛って地下室にでも転がしとけばいいんじゃないですか?」
 骸はかなりどうでも良さげに答えた。口を開くだけでも腫れた唇が痛むのだ。本当はあまり喋りたくない。
「はいよ。縄足りるかなぁ」
 ざっと数えただけでも、総勢20人はいる。しかも館の各所から多数のざわめきが聞こえることを考えれば、これからまだまだ縄が必要になるだろう。
「ああ、誰でもいいですから根性なさそうなのを選んで尋問しといてもらえます?」
「庭師に頼むことですかね、そりゃ」
「ほら、僕まだ一応謹慎中の身なんで」
 男たちがごろごろ転がって呻いているのは庭で、骸がいるのは館の廊下だ。つまり、一応骸は中にいて、男たちと庭師たちは外にいるということになる。
 そういうわけですから、と上っ面の幻影だけでにこやかに笑った。が、
「守護者様〜指示を〜!」
 なんて声がどこかから聞こえて、その笑みはぎこちなく固まった。







「――縄がなくなった? でしたらカーテンでも毛布も使っちゃってください。面倒でしたら殺っちゃって庭に転がしといてもいいですから。
 ――ボスが怒る? そう思うなら他の方法を考えて下さい。腕や足を折るなりぶった切るなりなんでもいいですよ。
 ――地下室に入りきらない? 隙間なく詰めたんですか? 奴隷船のように詰めなさい。
 ――怪我がひどい? 知りませんよそんなの。良心が痛むなら自分の部屋にでも入れてあげればどうです。
 ――雷のバカがいなくなった? 子守りまで僕に押し付けないでくださいよ。あんなのでも守護者なんですから、放っておいても構わないでしょう。心配なら心優しい方が捜しに行ってあげたらいかがです。
 ――尋問が終わった? わかりました、今行きますから」

 結局、いつになく口を動かすことになってしまって、骸の苛立ちは頂点に達しつつあった。







「で? 報告を聞きましょうか」
「会議に出席したのは偽のボスで、本物は屋敷の裏の丘に陣取っているそうですぜ」
「……丘に?」
 ぴくりと骸の整った柳眉が寄せられる。
「彼岸花を植えて間もないってのに、芽が潰されちまいま――」

 ズドっ

 尋問後らしい切り傷だらけの男の頬に、骸の三叉剣が突き立てられた。
「んふぇっ――!?」
 突然の激痛と衝撃で、その男は愉快な顔のまま即座に意識を失った。
「……尋問、ということにしておいて下さいね」
 口だけの笑みを浮かべて、骸は三叉剣を容赦なく引き抜いた。

「ちょっと墓参りに行って来ます。それくらいは、いいでしょう?」













「ボスっ!」
「レッツォ! 怪我は――ないな」
 ところどころに血をこびりつかせながらも傷はないことを確認して、ジョットは安堵のため息をついた。
 しかしレッツォは慌てて走って来たようで、肩で息をしている。
「はぁ、はっ、ボス、大変です。裏の丘に今回の首謀者がいるらしく、霧さんがえらくご立腹で……」
「――あの丘に!?」
 墓参りなど滅多にしなかったが、骸にとってはあの丘は聖地のようなものだ。それを土足で踏みにじられたとあっては、黙ってなどいられないだろう。
「えぇ。彼岸花の球根を植えて、ようやく芽が出たところだったんですが……」
「彼岸花? あいつ……」
 初耳だった。たまに墓石が磨かれていたり雑草が抜かれていたりと、手入れされていたことがあったが、まさか花を植えていたとは思わなかった。
(らしいと言うべきか、らしくないと言うべきか)
 とにかく、万が一にも骸が負傷することなどないが、急がないと相手の生命に関わる。敵の心配をしなければならないなんて、まったくおかしな話だ。
「わかった。骸は俺が止めるから、嵐に雨、後のことは頼むな」
「はい」
「りょーかい」
 ジョットが甘いのは今に始まったことではないし、そんなジョットだからこそ皆がついて来たのだ。嵐も雨も、駆けていくジョットの背を好ましく見送った。









「――骸!」
 清涼な風がそよぐ丘。その最も見晴らしのいい場所にある墓は、何事もなかったかのように存在し続けていた。そして何をするでもなく佇むのは骸唯一人。
「おや、墓参りですか? それともわざわざ僕を咎めにでも来ましたか」
 不自然なほど自然にそこにいる骸は、困るでもなくそう言った。
「……いや」
 ジョットの目は骸の足元、墓の周囲に刻まれた多数の足跡と、何か大きな物がはいずり回ったような跡、そして成すすべなく蹂躙された小さな若草色の芽たちを見つめていた。
 あるのは、それだけ。肝心の足の主は、いない。何かがあったのは確かなのに、その空間は気持ちが悪いくらいに静まり返っていた。
「骸、あのさ――」

「ここには最初から誰もいなかった」

 骸の刺すような冷たい声がジョットの言葉を遮った。
「そういうことにしておいて下さい」
 ね、と念を押す骸の笑みは、やはりどこか嘘っぽかった。











 結局、首謀者――もとい、あちらのボスは見つからなかった。骸の言う通り最初からいなかったことになって、その存在は丸ごと消されてしまったのだ。
 ボンゴレに捕らえられた者たちは、大した害にもならないだろうという情けない理由で釈放されたが、水を零さず飲むことが一生できなくなった仲間の姿を見て、一様に今後一切マフィアに関わらないと誓った。
 こちらの被害はない。ただ、墓を彩るはずの花がなくなっただけ。
 今は夕焼けが彼岸花の代わりに丘を赤く彩っていた。
(――安いものです)
 花なんて、別になくてもいいのだ。死人は文句など言えやしないし、言えたとしても、きっと彼らは言わないだろう。
「……?」
 丘に近付くにつれ、何か音が聞こえてきた。ザクザクと、何かを突き刺すような音。人を刺す音に似ているな、なんて物騒なことを平然と考えながら一歩一歩近付く。

  「……え――」

 そこにいたのは、顔から足まで全身泥まみれになりながらも、スコップ片手に土を掘り返す男――ジョットだった。
 骸の微かな声に気付き、ジョットがハッと顔を上げる。悪戯がバレた子供のような顔だった。
「あちゃぁ、見つかったか」
「何、やってんですか」
「新しい球根植えてんだ。レッツォにさっき買って来てもらったから」
 ほら、とごろごろした球根の入った袋を持ち上げてみせる。
「古いのも、ひょっとしたらまた芽が出て来るかもしれないからどこかに植え替えようと思って」
 額に滲む汗をシャツの袖で拭う姿は、なぜかきらきらと輝いて見えた。
 骸は、なんでそこまで、と口にしようとしてやめた。きっと『なんとなく』とか『当たり前だろ』とかそんな答えだろうから。
 そういう人、だから。
「せっかく腫れも収まってきたというのに、またひどい顔になって――」
 土のこびりついたジョットの頬に小さな手で触れる。骸自身も気付かないうちに幻術は解けて、顔をくしゃくしゃに歪めた子供の姿があらわになっていた。
「馬鹿なんじゃないですか」
 そんな顔を隠すように骸はジョットの胸に顔を埋めた。小さな手がジョットの背中に回され、ぎゅっとシャツを握りしめられるのが伝わってきて、ジョットは思わず破顔する。
 それを気配で察したのか、骸はもう一度小さく、馬鹿じゃないですか、と呟いた。
 しかし、

  「っ!」

 ドンっ

 骸に突き飛ばされ、ジョットは元々中途半端な姿勢だっただけにバランスを崩した。
「わわっ!」
 突然のことに驚いたジョットの視界の中で、顔を真っ赤に染めた骸の姿が幻影に包まれていく。思い切り尻餅をついた頃には、骸はいつもの嘘っぽい笑みを浮かべた大人の姿になっていた。
「ボス〜!」
 遠くから嵐の声が響いた。ジョットはようやく事態を理解し、同時に、嵐たち守護者3名のタイミングの悪さに顔をしかめた。
「お〜い、大丈夫か?」
 いつもより動きやすい着物でやってきた雨が、しかめっ面で尻餅をついているジョットに心配そうに声をかけた。
「骸お前! ボスに何かしたのか!」
 すかさず嵐が骸に噛み付き、それを半袖短パン姿の雷が横から抑えて抑えて、と必死で止めている。
「別に何も。あなた達こそ、何しに来たんです」
 声に不機嫌を滲ませながら骸が探るように睨む。
「ははっ、何言ってんだ。手伝いに来たに決まってるだろ?」
 意に介した風もなく、雨が朗らかに笑った。
「――は?」
「だから、俺らも球根植えんの手伝おうと思って来たんだっての」
 言わせんなよな、と嵐はぶっきらぼうに言うと、さっさとジョットのそばにしゃがみ込んだ。
「そーいうことらしいですよ」
 雷も少し笑って、嵐に続く。
「ほら、お前もぼーっとしてないでさっさとやるぞ」
 雨も、ニカッと邪気のない笑みを浮かべた。
「は?」
「ま、いーや。ほら骸、とにかく日が暮れる前に終わらせよう。な?」
 ジョットが笑って手を差し延べる。

「〜〜〜〜馬鹿ばっかりですねっ!」

 早口に言い捨てて、骸は視線をどこへともなく投げた。
 頬が熱いのは、きっと夕日のせい。そういうことにしよう。


(……眩しい、な……)





















彼岸花は有毒で、もぐらや野犬などの墓荒らしの常習犯的存在を遠ざけてくれます。土葬のお供に最適ですね。

2008.4.1

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