エピローグ




 それから。
 ほんの少しだけ前進し、互いに少しだけ立ち位置が変わったことを自覚しつつも、やっぱりグイドはグイドでクロームはクローム姉さんのままだった。
 姉は姉、弟は弟。
 急にくるりと変わることなど出来ない。

「あ!」

 廊下の先に愛するその人の姿を見つけ、グイドは胸を高鳴らせた。お互いに多忙なので、会うのは随分と久しぶりな気がする。
(……あっちの世界では会ったりしてたけど)
 とにかく、生身で会えるのは相変わらず珍しいのだ。嬉しくてスキップしたくなるのを堪えて、でも手を振るのは堪え切れなかった。
「クロー――」

「あ、骸様!」

「……!!」
 高く上げてぶんぶん振っていた手をぴたりと止めて、グイドは顔面の筋肉を引き攣らせた。そんなグイドに気付くことなく、クロームは目の前に現れた“彼”――グイドの主でもある六道骸に駆け寄った。端から見てもその足取りがとても軽いのがわかって、更にグイドの顔を歪めさせる要因になった。
(……まだ、勝てないか)
 やっぱり悔しい。それはもう歯ぎしりしたいくらいに。
 でも最近は、少し――ほんの少しだけ、変わったのだ。
「グイド、何してるの。グイドもおいで」
 骸の方へ駆け寄ろうとしていたのに、クロームはくるりとグイドの方を向いて微笑む。
「あ、うん」
 クロームはよくグイドを見つけるようになった。以前ならば骸を目にすると他のことは意識から放り出されて、数秒の間クロームと骸だけの世界が構築されていたのに。今はその僅かな時間に、グイドもお呼ばれするようになっていた。
「お帰りなさい、骸様」
「お帰りなさい、骸さん」
 二人並んで骸を出迎える。嫉妬はあっても、そんなものちぎって掃いて捨てる程度のもので、尊敬の念の方が明らかに大きかった。
「ええ、ただいま帰りましたよ、二人とも。クロームもお帰りなさい。ほら、グイドも」
 骸に促され、グイドはそういえばまだクロームに『おかえり』と言っていないことに気付く。
「あ、う、はい。えと、お帰りなさい、クロ……ク、クロ……クロームっ…………姉さん」
(あぁ……っ!)
 ぽつりと付け足してしまった単語に、自己嫌悪が襲って来る。あの時以来、クロームを名前で呼ぶことが出来ていないのだ。呼ぼう呼ぼうと思っても、血管が切れるくらい念じても、チキンなグイドは予防線を張ってしまう。前に進むことで弟ですらいられなくなったらと思うとどうしても身がすくむのだ。
 あの時は女神様か何かが微笑んでくれていたのだろう。
(俺ってホント――)

「おや。まだ姉さんですか、薄情者」

「へ?」
「む、骸様っ!」
 意味を問い返す前に、何故かクロームが慌てたように骸に縋る。
「クローム。グイドはまだまだお子様ですから、お前からきちんと言わないとわからないんですよ。グイドのなけなしの勇気に応える気があるのなら、お前も勇気を出しなさい」
「で、でも……あの……」
 クロームは視線をさ迷わせて、俯いてしまう。
「クローム。大丈夫ですから。それとも、僕の言葉は信じられませんか?」
「っ、いいえ! そんなことは……!」
「なら、言っておあげなさい」
「…………は、はいっ」
 骸に促され、クロームは意を決したように顔を上げグイドを真っ直ぐ見つめた。
「……えと、あのね、グイド。あの、あのね、わ……私ねっ」
「……?」
「わ、わた、私っ――」

「やっほー!! 青春二人組と愛しの骸君!」

「なっ……!」
 ひょっこりとクロームとグイドの間に乱入して来たのは、自称恋のキューピッド、白蘭だった。にこにこと悪意のカケラもない笑顔を浮かべているが、今まさにキューピッドを退役してしまったことには全く気付いていない。
「びゃ、白蘭……なんてタイミングの悪いっ! 空気を読みなさい馬鹿が!」
「のわっ!?」
 槍の一撃をひらりとかわし、白蘭はいきなりの事態におろおろしだす。
「何なに、いきなり!? 僕今日はまだ何にもしてないって! こう見えて案外客観的にモノ見れるんだからね僕! 今日の僕は何ひとつ悪いことしてないよ!?」
「グダグダうるさい! その時点で空気を読めてないんですよ!」
 ぶぉんぶぉんと連続で繰り出される槍をひらりひらりとかわしつつ、白蘭は骸の本気を感じて冷や汗をかいた。
「な、なんだかよくわかんないけど……た、退散っ!!」
「こら、待ちなさい!!」
 逃げる白蘭と追う骸の背を見つめて、クロームもグイドもぽかんとしていた。
「…………」
「…………」
 少しして、遠くの方でドカンドコンガスンとすごい音がする。
「フフっ」
 クロームが耐え切れなくなってくすくす笑い出す。
「……え、姉さ――」

(ん……!?)

 ひとり置いてけぼり気分のグイドの唇に、ぽったりと柔らかな唇が重なった。それが誰のものなのか、いや、それが唇であることすら理解する前に唇は離れたけれど、湿った唇同士が離れまいと引っ張り合う感触がやたらとリアルだった。
 というか、リアルだ。
 リアルなんだ。
 リアルだよな?
 え、ウソ!?
 これ、現実!?
 ホントに!?
「ねねねねねえさ――」
「違う、クローム」
「っ!?」
「クロームよ、グイド。姉さんだけど、姉さんじゃないの」
 グイドの頭はいまだかつてない程フル回転していた。
 姉さんだけど、姉さんではない。その、真意は?
 ひょっとしてひょっとしたりする?
 自惚れていい……のだろうか。
「………………っ」
 深く、息を吸う。
 しかし唇が紡いだのは、たった一言だけ。


「く、クローム!」


 そして返すクロームもまた、深く息を吸い、紡ぐ。


「……何かしら、大好きなグイド!」


 クロームのふんわりとした微笑みに、グイドの歓喜の笑顔が重なるまで……あと、数秒。











なんとなく恥ずかしいエピローグ。
くっつけていいのかかなり迷ったので、表にポンとは載せませんでした。
そして実は更なるエピソードがあったり→蛇足


2008.11.6