駆けろ、グイド!
!注意!
ミルフィオーレとはいろいろあったけど同盟組んで平和に共存してます。
綱吉生きてます。骸さんは元の身体を取り戻してます。
マフィア嫌いと言いながらせかせか働いてくれちゃってます。黒曜組もしかり。
グイドは暗い過去持ちですが、頑張ってます。青春です。
頑張れ、グイド!
そんな話の完結編(?)です。
あれから。
グイドはもう、情けないだとかみっともないだとか、そういう小さなことに構っている余裕を失っていた。
(そう、まずは誤解を解くこと!!)
あの一件でよりにもよってクロームに最悪の誤解をされ、しかも一週間が経つ今でも弁解の機会がなかったという不幸続きだった。ことごとくクロームと予定が合わないあたり、意図的なものを感じてしまう。
というか、絶対意図的だ。
(……骸さん、怒ってたもんな……)
しっかりと心当たる暫定犯人を思い浮かべて、グイドは長く息を吐いた。怒らせると厄介というか、敵に回すと最悪というか。
(でもあれ、最初っから最後まで俺に落ち度はなかった気がするんだよな、悲しいことに)
その結論に至るのはもう何度目になるかわからないが、やはり納得がいかない。でもここで綱吉に詰め寄りでもしたら、確実に寿命が縮む事態が待ち受けているのはわかりきっていた。結局、どうにも動けないのだ。
(ようするに俺がすべきことは、まずクローム姉さんに会わせてもらえるよう骸さんを説得する! その際は土下座も厭わない! そして姉さんに会って誤解を解く! 女々しくならないようサックリと! そしてそしてあわよくば二人きりになり、きちんと告白! 勇気を持って大胆不敵に! 更にそしてぇっ……キ、キス、とか……!!)
「ぶほっ!」
脳内で予定を整理しているうちに煩悩ゾーンにまで思考が広がってしまい、グイドは思わず噎せた。ちなみに、特に何かを飲んでいたわけでもない。
(鼻血……は、出てない。セーフ!)
鼻の辺りを軽く拭って赤色が付かないことを確認してホッとする。いくらなんでも想像だけで鼻血ブーというのはいただけなかった。
(とにかく、もうダサいところは見せられないぞ。守られキャラみたいな立ち位置じゃなくて、もっとちゃんと、男らしく……)
「わかった。クロームは僕が護ろう」
(そうそう、それくらいでないと――って)
「ぅえっ!?」
今の誰っ、とグイドの思考は途端に乱れた。聞き覚えのある声に嫌な予感をじわじわともたげさせながら、少し先のT字路へ走る。
「ありがとうございます。クロームも、よろしく頼むね」
「うん。ボスの期待にそぐわないよう、頑張る」
(この声!)
聞き間違えてたまるかと内心で叫びながら、フルスロットルで現場に駆け付け、フルブレーキで急停止した。足下の絨毯のふかふか具合が明らかに減っただろうが、グイドの意識には掠ることもなかった。
「姉さん!!」
グイドの歩いていた廊下と反対側の別の廊下とを繋ぐ細い廊下に、三人はいた。
三人。
クロームと、綱吉と、それから――
「ひ、雲雀恭弥……!」
黒い髪に黒い瞳、更には漆黒な仕立ての良いスーツ。黒の連続で余計にシャープな印象を強めた雲雀恭弥は、グイドやクローム、犬や千種にとっても他の人間とは一線を画す男だった。
骸が気にかける相手。ただそれだけで、普通では有り得ない。
(な、なんでいるんだよ! しかもなんで……護る? 姉さんを……!?)
先の発言もあって、グイドは雲雀に対する警戒を常のそれより遥かに強めていた。
しかし雲雀の方はと言えば、グイドに一度視線をやっただけで綱吉の方へ向き直り、何やら時刻や地名を口にしている。
(眼中にないってことか。くっそ――)
「グイド! 久しぶりね」
暗い気持ちを、鈴みたいな高く澄んだ音がたちまち消し去る。
「クローム姉さん……!」
名前を呼ばれるだけで、グイドは胸が高鳴るのを感じた。やはり自分が好きなのはこの人しかあり得ないと、簡単に頷けてしまえる。
「ひ、久しぶり。あ、あのさ姉さん――」
「悪いけど、おしゃべりしてる暇はないよ」
グイドの言葉を雲雀の平淡な声がばっさりと遮った。声には何の感情も含まれていないように思えたが、グイドは思わず肩を震わせてしまう。
グイドにとって、雲雀は一目置くに値する人物だ。他人に興味を持たぬ骸が気にかけ、常に動向に気を配るようグイド達に指示までしたのは、唯一雲雀のみ。ボンゴレ最強とも言われるその実力は骸と肩を並べ、実際ひょんなことから骸と雲雀がぶつかった時はそれはそれは大きな被害が出たものだ。もちろん、周りに。
「な、なんで、あん――あなた、が……」
「あのな、少し騒いでるファミリーがいるんだ。で、クロームに鎮圧をお願いしたんだけど、一人はさすがに心配だろ?」
だから雲雀さんに、と答えたのは綱吉だった。ぎらん、とグイドの視線に力が込められる。
「は、はは……。でもほら、最高のボディーガードだし」
(全っ然、嬉しくない!!)
じだんだを踏みたいのを堪えて、グイドはぎりぎりと拳を握りしめた。わかっていたことだけれど、グイドと守護者クラスの者達の間には明確な実力差があるのだ。中でも雲雀などはその最たる例で、当然グイドでは敵わない。
「暇がないって言ったの、聞こえなかった? 行くよ、クローム」
す、とグイドの視界を武骨な手が過ぎった。
(え……?)
それを目で追えば、ぴたりとクロームの前で止まる。
(えぇっ!?)
そしてその雲雀の手に、当然のようにクロームの手が伸びて――
(だ、駄目だっ!!)
「俺も行く!!」
反射的に、グイドは雲雀とクロームの間に身体をねじ込んで叫んでいた。
「グイド、偉い……!」
隣では何故か綱吉が拍手していたが、そのふざけた行動も今のグイドの意識には入っていなかった。
グイドの頭にあるのは、ただひとつだけ。
「クローム姉さんを護るのは俺だ!」
(い、言えたぁぁぁぁぁぁ!!!)
グイドはひとつの試練を乗り越えた後のような達成感に満ちた顔で、ふるふると余韻に浸っていた。ちなみに綱吉は感極まって大喝采だ。
しかし――
「グイドは駄目」
ぽつりと、小さいがよく通る声が場を凍らせた。まあ、具体的にはグイドと綱吉だが。雲雀はもちろん動じていない。
「え……っと……?」
信じられなくて、グイドは先程までとは全く違う震えを抑えてクロームの方を振り向く。ぎぎぎ、と音がしそうだ。
「グイドはすぐに無茶するもの。だから、来ては駄目」
特に感情を込めることなく言って、クロームは雲雀の手を掴んだ。すごく自然な動きだった。ためらいも何もない。
「ね、姉さん……!」
雲雀はグイドに視線を向けることもなくクロームの手を引き、用はないとばかりに歩き出す。別れの挨拶すらない。
「ま、待って……待ってよ、姉さん!」
グイドはまるで捨てられたみたいな切ない声で、クロームの雲雀と繋がっていない方の手を掴んだ。けれど、クロームは困ったように微笑んで、
「グイド、わがまま言っちゃ駄目よ」
グイドの手をやんわりと振り払う。そしてその手で自身より高い位置にあるグイドの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「大丈夫、すぐに帰るから。その時は、おいしいチョコレートケーキで迎えてね」
最後にさらりと前髪を撫でると、クロームはもう振り返ることはなく雲雀とともにその場をあとにした。残されたのは、ぼんやりとクロームの消えた先を見つめるグイドと、ばつが悪そうに頬をかく綱吉だけだ。
「あー……なんか、悪いことしちゃったな……」
「……なんで、あんたが謝る」
「えっ、あ、それもそうか。……ごめん」
「謝るな。余計、みじめになる」
グイドは深く息を吐いて、とぼとぼと歩き出した。屋敷の部屋には犬や千種が待っているはずだけれど、今は帰りたくなかった。
「………………ごめんな」
部屋と反対方向へ進むグイドを見送って、綱吉はぽつりと呟いた。
廃墟と呼ぶのが相応しくなりつつあるアパートの一室。
埃ばかりが目立つ黒ずんだベッドの上でグイドは膝を抱えて微動だにせず、その状態でもう数時間が経過していた。外はそのうちにどんどん暗くなり、室内と同じくらいになり、今ではむしろネオンと街灯があるだけ外の方が明るい。ひび割れた窓は星の僅かな光を押し潰し、強い人工光ばかりをぼんやりと通した。それでもやはり、室内は暗い。
「…………さ……ん」
繁華街に近いこの場所は、室内とは真逆の騒がしさで、グイドの耳にはわいわいがやがやとした騒音が引っ切りなしに届く。しかしそのどれもがグイドを動かすには値しない。待ちこがれるのも、会いたいのも、ひとりだけなのだ。
「…………姉さん……」
「そんなに行きたいなら、行けばいいのに」
「っ!?」
突然の声に、グイドは固まっていた身体を瞬時に動かして声のした方を見た。袖の内側に隠していたナイフを構え、殺気を放ちながら。
けれどそれはまたすぐ固まることになった。
「……白蘭、さん……?」
扉付近に気配もないまま寄り掛かっていた白い人物に、グイドはぽかんとするしかなかった。どうしてこの場所を知っているのか、どうしてここにいるのか、どうしてそんなチケットと切符みたいなものをひらひらさせているのか、わからないことだらけだ。
「ふふ、驚いた? ヤダよねー、超直感とかってさ。君がいるとこ筒抜けだよ?」
「ま、まさか……!」
「そーいうこと。ちなみに綱吉君じゃなくて僕が来たのは、キューピッド役にはこの僕こそぴったりだから!」
自信満々に言い放って、白蘭はグイドに歩み寄った。暗闇に特徴的な白がぼんやり灯って、蛍光灯みたいな見え方をする。
「ここにさ、二枚の紙切れがあるわけだ。一枚はボンゴレの屋敷に帰る電車の切符。ま、もうすぐ終電だけどね。で、もう一枚はイタリアの先っちょ行きのチケットだよ。確か無口な男女二人が旅行に行った場所だとかなんとか。……何が言いたいかわかるよね?」
にや、と悪役みたいな顔をして、白蘭は何も言えないでいるグイドにチケットを放った。
「ボンゴレの屋敷で晩餐会があるらしくてさ、専属パティシエがマシュマロフォンデュを振る舞ってくれるそうだよ。僕、是非とも食べたいんだよね〜、それ! だから、レオ君にはこっちのチケットをあげる。ああ、選択権? ないよ、ンなもん」
白蘭は一方的にべらべら喋って、楽しそうに笑った。いや、実際楽しんでいるのかもしれない。
「……僕としてはね、マフィアの抗争がどーたのこーたのより、ヒトの恋路の方が楽しいんだよ。追って追われて捕らえて逃げて、健康的でいいじゃない」
「白蘭さん……!」
「そうそう、穴蔵の中で古臭い根暗マフィアとイチャイチャしてもいいことないよって、骸君に言っといてくれる?」
軽くウインクなんて残して、白蘭は踵を返した。
「欲望に忠実であれ、しょーねん!」
後ろ向きに手を振りながら、台風のようだった白蘭はあっと言う間に扉の外へ消えた。
「…………」
いろんな意味ですごい人だと感心しながら、グイドはベッドに乗っているチケットを手にした。
「………………ん?」
それは紛れも無くチケットだった。もちろん、飛行機の。だが、ここから空港までタクシーを脅し付けても1時間はかかるのに、飛行機の離陸時間までその半分もない。
「えぇぇっ!?」
がばっ、とベッドの上に立ち上がり、チケットをひっくり返したり裏返したりしてみる。常識的に考えて、そんなことをしてもプリントされている数字が変わることはないわけで。
「ど、どーしろと!?」
せっかく道が出来たのに、と天を仰いだ時。
ババババババ!
「なっ!?」
聞き覚えのある機械音が迫り、丁度アパートの真上あたりで発信源が止まった。
急いでベッドから飛び降り、がらりと窓を開――かなかったので、迷わずブチ割った。
バリンという景気のいい音を境に、機械音は爆音に進化した。
ンバリバリバリバリバリ!!
「わっ」
叩き付けてくる風の中でなんとか目をこらせば、あの音といえばあの乗り物、あの乗り物といえばこの乗り方、みたいなノリで、綱はしごがぶら下がっていた。
『ガガッ……ピゴー……夕飯いらねーなら連絡しろって何回言わせるんらゴラァ!! って柿ピーが言ってるびょーん!』
きーん……。
グイド及び周辺住民の鼓膜に物凄いダメージを与えた特徴ある声の主は、誰がどう考えても一人しか考えられない。
「け、犬兄さん!?」
『ガッ、ガガ……めんどい。来るのか来ないのか、さっさと決めて』
落ち着いた別の声の主もまたわかりやすい。
「千種兄さんまで!?」
『はい、もんろーむよーれーす! カウントらウンスタート! じゅー、きゅー、んっと……さーん、にーぃ――』
「ちょっ……!?」
グイドは慌ててはしごを掴んだ。
『一名様ごあんな〜い!』
陽気な放送と同時にヘリは急上昇し、グイドはガラスの破片を必死で避けながら夜空へ旅立った。
「あの……む――ひば、り。いつまでその格好を?」
敵地の真っ只中にいるというのに、クロームはそちらの方が気になるらしい。敵の動きを探りつつも、ちらちらと雲雀の方を視線をやって落ち着かない。
「一応この任務が終わるまではこのままでいま……おっと。このままだよ。沢田との約束があるしね」
雲雀の方は余裕めいた笑みを浮かべていたが、途中で半ば無理矢理無愛想な顔を作った。
「……?」
クロームは小首を傾げつつも、それ以上追究することはなかった。
雲雀は笑いを堪えながら、耳を澄ます。
「……ああ、動き出したみたいだね。伝令。A班配置につけ。B班は裏口から、C班は西口から、D班はテラスから突入。E班からG班までは屋敷を包囲して待機。正面口は開けておいて」
『『『ラジャー』』』
襟についた飾りボタン型スピーカーから複数の返事が返る。
「さて。僕らは適当にお膳立てだけして、ネズミが飛び出してくるのをのんびり待とうか」
「……」
「クローム?」
「やっぱり何か気持ち悪いわ……」
「フフ、あと少しの辛抱だから我慢しなよ」
くすくす笑う雲雀を見つめ、クロームはほんの少し眉を寄せた。
「…………ここからどーしろと……?」
とりあえず飛行機に駆け込み、なんとか現地に着いたまでは良かった。もちろん、犬や千種には感謝してもしきれないし、白蘭にも感謝しているし、綱吉に関しては……まぁ、『どーも』の一言くらいは言っておこうかと思うくらいには感謝していた。でも、ここからが一番問題なのではないか。
「足が……ないじゃん」
ちなみに金もない。
おこづかいですよ、なんて月初めに骸から渡された小切手は、0の数が勢い良く並び過ぎていて驚きのあまり引きちぎってしまったのだ。不遇の子供時代を送って来ただけに、グイドには刺激が強過ぎる金額だった。結局、年齢相応の金額――と思わしき額を受け取ったものの、それは新しいナイフと入れ代わりにとっくに消えている。
何とはなしにポケットに手を突っ込むと、やはりチャリンチャリンと硬貨の音がするだけで紙幣の感触はなかった。
(……切ない)
あの時素直に受け取っていれば、丸っこい車の1台や2台くらい余裕で買えたろうに。
一応ボンゴレと関わりのあるマフィアのアジトは頭に入っているけれど、なかなかどうして大抵が行きにくい場所であることが多い。まあ、街中にズドンとアジトを構えられても困るわけだが。
(徒歩なんていったら、着く頃にはもう撤収してるだろうな)
雲雀の仕事は特別早いと記憶している。なんでも、考える間もなく突入して適当に咬み殺して飽きたら帰って、後は風紀委員とかいうグイドには理解しづらい団体が始末をしてくれるというパターンが出来上がっているらしい。根っから殲滅作戦とか急襲作戦とか、そういう物騒な任務に向いているのだ。そんな男にクロームを任せるわけにはいかない、とグイドは決意を新たにした。
(ようするに、金を使わず足を手に入れればいいわけだよな……)
「…………」
チラリ。
路駐のバイクに目が止まる。
(お、怒るかな、クローム姉さん。いや、でも骸さんもなんだかんだでそういうモラルに関してはないに等しいし。犬兄さんや千種兄さんだって、あのヘリボンゴレから奪――いや、拝借して来たらしいし……)
い、いいかな。いいかな?
ちらっ、ちらっ、と目の前にある“足”に視線をやる。
「あっ」
そのうちの1台に思わず目が釘付けになった。大きさ、フォルム、特徴的なエンジン、まさに男のロマンの塊みたいなその大型バイク。
(うっそ、ハーレー!?)
しかもよく見れば、排出ガスの規制で廃止になったはずの旧式ツインカムを積んでいる。
条例違反はいけないと思うよ、うん。
実質指名手配犯に近い立場のグイドだが、これ幸いとばかりにバイクに近づいた。
(ごめんね、姉さん……)
持ち主ではなく何故かクロームに罪悪感を感じながらも、グイドはハーレーのエンジンに手をかけた。キーなしでエンジンをかける方法を十に満たない頃に習得していたなんて、さすがにクロームには言えない。
「む――ひ、ばり。あの、もう撤収しても良いような……」
「早く帰りたいみたいだね」
「いえ。ただ、出来るだけ早く帰らないとグイドが心配するから」
「まあ、淋しがってはいるだろうね。いろんな意味で」
「……?」
「いや、何でもないよ」
にやにやと意地悪く口角を吊り上げて、雲雀は足元に転がる黒服の男を爪先でつつく。ぐったり気絶中の男は何の反応も見せない。この男、一応はこのファミリーのボスだったのだが、鳩尾を槍の柄でちょっと小突いただけで呆気なくノックアウトしてしまい、早々に片が付いてしまったのだ。部下達もほとんどが武器を捨てて投降しているし、もうこのファミリーは落ちたも同然だ。クローム達の任務もほぼ完了である。
「この分だと賭けは僕の勝ちですかねぇ……」
ぽつりと呟いた言葉に、クロームは首を傾げた。
「あの、骸様――」
「姉さん!!」
「え……?」
やけに必死な叫びに振り向けば、小枝やら葉っぱやら……ミノ虫やら、いろんなものをいっぱいくっつけた少年がゼィゼィ言いながら駆けて来ていた。見間違えるはずもない、クロームにとっては可愛い弟――グイドだ。
「……おやおや」
雲雀は呆れとも感嘆ともとれるため息をついて、グイドがぶつけてくる殺気を受け流す。しかしグイドの視線自体はクロームに釘付けで、二人の間の真っ直ぐな道程だけ朝焼けのような清々しさがあった。
まあ、ようするにちょっと眩しい。
雲雀がそんなことを思っているとは知らず(知りたいとも思っていないだろうが)、グイドは一直線にダッシュし続けた。全く速度が落ちないが、もうあと十メートルくらいである。
一方、グイドの目的地となっているクロームは、困惑もあらわに瞬きを繰り返しながらもグイドを見つめる。
「グイド、どうして――」
「……! クロームっ!」
「姉さん、後ろ!!」
叫ぶと同時、グイドの限界まで伸ばされた手がクロームの袖先をぎりぎりで掴み、グン、と強く引く。
「ぁ――」
体重差に加えてスピードもあったため、クロームは引かれるままにグイドの背後に回り、逆にグイドはクロームのいた場所に両手を広げて立ちはだかった。
「あ……っ!」
クロームの視界にはグイドの広い背中と、その奥のスナイパーライフルの黒い光が飛び込んだ。幻覚は間に合わない。浮いた身体ではグイドと再び入れ替わることも出来ない。
クロームの目が絶望に見開かれる間に、乾いた銃声が耳を貫いた。
狙いはクロームの――いや、グイドの胸。
(姉さんは――)
姉さんは、俺が護る!
悲痛な覚悟を灯し、グイドは達成感に似た何かを感じていた。やっと護れるんだ。
凶弾がグイドの右胸を貫くその瞬間、
キンッ……
「やらせるわけがないでしょうが」
横から割り入った三叉の槍が弾を弾いていた。
「え……っ?」
有り得ないものを見て硬直するグイドの前で、雲雀は槍の柄で軽く大地を叩いた。途端、そこを基点にメキメキと大地が盛り上がり、林の奥まで伸びていく。直後に「のわぁ!?」なんて情けない声があって、すぐ静かになった。
「え、え? えぇぇ!?」
状況が理解出来ないグイドはぱかぱか口を開け閉めして、目を真ん丸にしていた。
雲雀はバツが悪そうに槍を回し、どこへともなく消し去ってしまう。その槍の持ち主はグイドの知る限り二人しかいないし、銃弾を弾くなんて芸当が出来るのはごくごく限られている。
「な、なんで――」
尋ねようとしたグイドに、雲雀は顎をしゃくって背後を示した。
「……?」
グイドは不審に思いながらもゆっくりと振り向く。
ひっく……ぅ、ひぐっ
「んなぁっ!!??」
ぽたぽた、ぽろぽろ。
とめどなく涙を零して座り込むクロームの姿に、グイドは哀れなほど狼狽した。
「ね、姉さんっ? えと、あのっ、その、えとぉ……!」
「大嫌い」
「……!!」
小さな呟きに、グイドは心臓が停まるかと思った。
というか、破裂してしまったのではないかと思うほど胸が痛い。
「あ……の…………っ」
どう、しよう。
グイドの頭の中はどうしようどうすればどうしたら、とそればかりで埋め尽くされた。
そこへ追い討ちとばかりにクロームの濡れた視線が鋭く突き刺さる。
「大嫌い。大嫌い。大嫌い! グイドなんて……っ、大嫌い……!」
「ご、ごめ……ごめん、なさいっ……あ、あの……俺……っ」
嫌わないでと叫ぶ一歩手前だった。
「私はいいの」
小さな声が、それを留めさせた。
「私は一度死んだ身だもの。だから、いつ死んでもいいの。でもグイドが死ぬのはダメよ……絶対、ダメ、なのに……っ! 嫌い……グイドなんて、大きら――っ!?」
気付いたら、グイドはクロームを思いきり抱きしめていた。
細く折れそうな身体をしっかりと抱き寄せて、互いの鼓動を感じる程密着する。冷たい手をしたクロームだが、触れた身体はやはり暖かかった。血が流れる音まで聞こえる気がした。
「ごめん、俺が馬鹿だった……でも、でもっ! 姉さんまで馬鹿にならないで……!」
「グイ――」
「死んでもいいなんて言わないで……! 俺にクロームを嫌わせないで……っ」
「グイド――」
「俺、頼りないけど。弱い、けど! でも頑張るから……絶対絶対、生きて護ってみせるから、だから死んでいいなんて、悲しいこと言わないで!」
「…………グイド」
「大好きなんだ、クローム! 俺が、クロームを護る!」
「もしもし、綱吉君?」
『骸? グイドは間に合った!?』
「……一番に聞くことがそれですか」
はぁ、と深く息を吐いて、雲雀は骸へと姿を変えていく。霧が晴れるように本当の姿をさらして、骸は不機嫌を隠しもせず眉根を寄せた。どうせ電話の相手に顔は見えないのだ。
「ひどいですねぇ。普通まず僕が無事かどうかから聞きません?」
『そんなことよりグイドは!?』
そんなこと、ね。
カチンと来つつ、骸は抱き合う二人に視線をやる。
何やら恥ずかしいことを囁いているグイドは、いつの間にやら『姉さん』がとれて『クローム』と名前で呼んでいることにもきっと気付いていないのだろう。クロームはクロームで、グイドの背に小さな手を回し、温もりを確かめるように撫でている。微笑ましいを通り越して、少し……ため息をつきたくなる光景だ。
(巣立ちの時……ですかね)
骸の胸を満たしたのは、少しの寂しさに、気のせい未満の悔しさだった。それは娘を嫁にやる父親の心境に近いものだ。
『なあ、骸! むーくーろー!?』
「うるっさいですねぇ……。ハイハイ、あなたが手取り足取り誘導したグイドは間に合ったしいいところを見せたし、なんだかいいカンジになってますよ今まさに!」
『ホント!? やっっっったぁぁぁぁぁぁぁ!!』
「っ!」
耳をつんざくとはこのことか。綱吉の声は携帯電話の限界を超えてものすごいノイズとなって骸の聴覚に大打撃を与えた。犬に耳元で叫ばれるよりひどい。
『良かったな、グイドぉ!! ちょ、泣いていい!? てか、泣くよ!? ぐしっ……』
「本当に泣かないで下さいよ、情けない……」
『うるさい!! とにかく、賭けは俺の、勝ち、だからなぁ……ぐすっ。グイドとクロームのこと、認め、ろよ……ひっく……!』
「……わかってますよ。認めればいいんでしょ、認めれば!」
『良かったなグイドぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』
「っ!」
耐え切れなくなって、ついに骸は電話を切った。地球温暖化を早めるくらいため息をついてもいいだろうか。
「…………クロームがそれを望むなら、仕方ありませんけどね……はぁ……」
でも、そんな簡単に納得出来るほど骸は生易しくなかった。
ずんずんグイドとクロームの元へ歩み寄る。
「いつまで僕のクロームにひっついてんですか!!」
ずどむっ!!
「ぐぉぇっ!?」
脇腹に一発。骸の強烈過ぎるパンチを受けて、グイドは真横にフッ飛ばされた。
ゴロゴロゴロ、ビタン!
グイドは数十メートル転がったのち、けやきの木に熱いキスをして停まった。
「グイド……っ」
クロームは直ぐさま駆け寄ってグイドの傍に膝をつき、グイドを助け起こす。
完全にノビているグイドを介抱しようと迷わず膝枕をしてしまうあたり、骸は頭を抱えたくなった。
(なんですか、このちょっといいシーンは! 僕がまるで悪役じゃないですか!)
ここに綱吉がいたなら、「実際そうじゃん!」などとツッコミを入れてくれるのだが、生憎とここには二人の世界を作るグイドとクロームと、一人悶々とする骸しかいなかった。どうにもうまくいかないものだ。
「まったく、生意気な息子だ……」
そう言いながらも、骸はそっと微笑んだ。
その後、目を覚ましたグイドはクロームの膝の上で鼻血を噴くというとんでもなく恥ずかしいことをしたのだが、クロームはただ優しく微笑んでいたという。
突発グイド→クローム、一応これにて完結です!
そんなわけで、蛇足感漂うオマケ
2008.11.6