09.恐怖のかくれんぼ



「勝手に家出した罰! 2週間も無断外出してたから、2週間外出禁止な!」



 そんなことを言われてから、まだ2日しか経っていない。骸は元々そう外出する方ではなかったが、いざ出るなと言われると、なぜか無性に外へ出たくなるものだ。
「……暇です……」
 ごろごろとベッドの上を無意味に転がる。骸のいない間に掃除したのか、盛大にこびりついたはずの血の跡は綺麗になくなっていた。
 掃除も暇つぶしくらいにはなったのに、と思いながら、また転がる。身体が小さい分、シングルベッドでも3回転はできた。1日丸々転がって過ごしたとしたら何回転になるのだろうか、なんてどうでもいいことが思い浮かんで、頭の中で計算してみた。
(1回転にかかる時間は――)

 コ……コン

 控えめなノックが響く。本当は気付いてほしくないのではないかと思えるほど、小さく微かな音だった。
「――何か用ですか」
 どうぞ、とは言わない。ジョットなら鍵をかけようが入るなと言おうが関係なく入って来るのだ。ノックの音といい、客人はジョットではない。なら、当然中に入れる必要もない。
「え! ……と、あの、その――」
 ノックの主は、予想外だったのか戸惑った声と小さい足踏みの音とを立てた。
「あの、だから、そのぉ……」
 しどろもどろしてハッキリと物を言わない様子には覚えがある。おそらく、雷の守護者だ。
「用がないなら、とっととどこかへ行ってくださいます?」
 ただでさえ苛々していた骸だ。声は冷たく素っ気ない。
「あっ、いや、よっ、用ならあるんですけど!」
 慌てたようにどもる声に、骸は更に苛立った。
「なら言いなさい」
「えっ、えーと、とにかく開けてもらわないことには進まないと言うか何と言――」
 
 バンっ

「さっさと言いなさい」
 言葉の途中で容赦なくドアを開けると、雷の守護者の怯えた顔が目の前で固まっていた。
「あ、あの、えー…できれば本当の姿で――」
「はぁ?」
「いえっ! 何でもないですっ!!」
 骸は相変わらずジョットと二人きりの時以外は大人の姿で通していた。ベッドに転がっていた時は子供の姿だったが、今は大人の姿だ。ジョットより背の高い雷の守護者だが、それでも今の骸の方が見下ろす形になった。
「で、用件は」
 引き攣る雷に対し、骸はどこまでも冷え切っていた。この男とは、確実に反りが合わない。雲の守護者とはまた違った意味でいけ好かないタイプだった。
「ハ、ハイ! えと、ひっ、暇だろうなと思って、コレ!!」
 先輩だとか年上だとかを全く感じさせない(誰であっても骸は感じないが)物言いに、更に苛立ちが募る。しかしため息をつきながらも、雷が差し出した小さな箱らしきものを見る。

  「――トランプ?」

 それはどこにでも売ってそうな、何の変哲もないトランプだった。箱には赤茶の曲線を組み合わせた複雑な模様が描かれている。おそらく中のカードも同じ柄だろう。
「ボスが、仲良くなるなら今がチャンスだってくれたんです!」
(そういうことは僕に言うべきではないだろうに……)
 余計なことを、とジョットを恨む。この15・6になろうかという癖毛の少年は、おそらく骸が頷くまでここらをうろつく気だろう。敵意がないとは言え、気配に敏感な骸にとってそれだけは避けたいことだった。
「……わかりました。ですが、ただ遊ぶだけではつまらないでしょう? 負けた方が罰ゲーム、ということでどうです」
 この時雷の守護者は気付くべきだった。骸の機嫌がすこぶる悪く、かつ骸の顔が嗜虐的に歪んだことに。
 
 そんなこととは露知らず、雷は嬉しそうに頷いた。

















「今頃あいつら仲良くトランプしてんのかなぁ。…想像つかないけど」
「想像つかないほど有り得ないと思ってるなら、雷のやつをけしかけるのやめてやって下さいよ……」
 手をとめてぼやくボスに、嵐は書類を整理しながらツッコむ。嵐としても、どう考えたって合わないあの二人が仲良くトランプなどと、とてもじゃないが想像できなかった。
「だって雷のやつは後輩――もとい、弟分ができて喜んでた割に何も行動起こさないし、肝心の弟分はあんなだし」
「それに自分は嫌いなサイン責めでストレスが溜まってるし、ですか」
 結局のところ、ジョットは骸に構いたいのだろう。しかし自分はつまらない書類の山にひたすらサインをし続けて徹夜状態。骸のところへ行く暇もない。そこで白羽の矢が立ったのが、運悪く屋敷で暇そうにしていた雷の守護者だったわけだ。
「とにかく、手を動かさないことには解放されませんよ」
 早く終わらせて雷のやつを助けなければ、と嵐は兄貴分としての使命感に駆られていた。今頃どうなっているのか全くわからないだけに、心配は募る。昔からしょっちゅう喧嘩をしていたが、なんだかんだで嵐と雷は兄弟同然の仲なのだ。
「そうは言ってもさぁ。飽きたんだよな、この作業」
「飽きても何でも、とにかく手を動かして下さいっ」
「そんなに心配しなくても、骸はそこまでひどいことはしないって」
 焦る嵐とは反対に、ジョットはどこまでものんびりとしていた。
「あなたにはそうかもしれませんが、雷のやつじゃ命がいくつあっても足りませんよ!!」
 あの会議の後、嵐は骸の口を塞いだというだけでひどい目にあったのだ。
 具体的には、ベッドの中に本物の蛇(しかも有毒)がうじゃうじゃいたり、雷の守護者だと思って肩を叩いたらたまたま来ていた雲の守護者だったり、しかも自分の姿がいつの間にやら骸のそれに変えられていて雲の守護者に本気で殴り掛かられたり、と散々だった。
 おそらく今の骸は機嫌が悪い。そんな骸に近付くなど、無事でいられるのはジョットくらいのものだろう。
「そんな大袈裟な〜。大丈夫だって!」
 どうしてこんなに楽観的になれるのかと嵐は頭を抱えたくなった。

 ココンっ

 突然、つんのめるようなノックが響く。
「お! 入っていいよ」
 なんとなくいつもとは違う気配だが、雷の守護者だろうと当たりを付けて、ジョットが入室をあっさり許可した。
「しっ、失礼します……」
 控えめな声は、やはり雷のものだった。
「おい、無事だったか!?」
 直ぐさま嵐が寄って来て、入って来た雷の頭のてっぺんからつま先まで無事を確かめる。そんな嵐をすまなそうな目で見上げ、雷が素早く右手を突き出した。
「ん?」

 ずびしっ

 いい音をたてて、右中指が嵐の額を弾いた。すなわち、渾身のデコピン。
「っだぁ〜!!」
 雷は意外と力が強い。守護者の中では骸を除けば最年少だが、身長は年々伸び続けていたし、当然力も年々強くなっているわけで。
「〜〜〜〜な、にすんだこのバカっ!!」
 突然の痛みに嵐の肩はふるふると振るえ、握りこぶしを作って雷に詰め寄る。その額の一点は既に赤くなってきて、その威力を物語っている。
「ゆっ、許して!」
 叫ぶように言うと、今度は素早くボスの方へ駆け寄る。
「……?」
 ボスは特に動くこともなく、接近する雷の姿をただ目で追った。
「本当にすみませんっ」

 ずびしっ

 謝りながらも渾身のデコピンを放つ。
「ぅだぁ!?」
 濁った声で痛みを訴えつつ、ジョットは鈍く痛む額を書類の束に埋めた。
「おまっ、本当に何してんだっ!!」
 まさかボスにまでやるとは思わず、嵐が慌てて雷を羽交い締めにする。
「あああっ、今は近寄っちゃダメです!」
「はぁ?」
 やけに必死な姿に、思わず手を離すと、その瞬間雷のもじゃもじゃした髪の中から何かが飛び出した。
「んなぁっ……蛇!?」
 それはどこかで見たことのある蛇だった。毒々しい配色のそれは、小さな全身から危険をアピールしている。確実に有毒だ。一発で即死決定の。
「こ、こいつはまさかっ、骸の蛇!?」
 ベッドの上で派手にのたくっていた姿を思い出して、ぞっとした。
「お前、骸に何させられてんだ!?」
 頭から蛇を生やした雷から距離を置きつつ、トランプからどうしてこうなるのかと歎く。
「……ば、罰ゲームですぅ……」
 雷は見る者の哀れみを誘うほどに肩を落とした。
「なんだ、お前達ちゃんとトランプしてたんだなぁ」
 ダメージから回復したジョットがからからと笑う。嵐同様、その額は赤くなっていた。
「で、どんな罰ゲームなんだ?」
 気を取り直して嵐が尋ねる。
「……ボスと守護者の中の3人にデコピンするんです」
「「えーと……はぁ、そう……」」
 骸にしては随分とかわいらしい内容に、思わずジョットと嵐は言葉をなくした。
「なんだ、そんなの簡単じゃないか。俺たちで二人だから、あと一人だろ? ――あ!」
「……あ!!」
 今、晴の守護者は同盟マフィアの元に書簡を届けに出ていていない。また、雨の守護者は同盟交渉前の下見に出てしまっている。つまり、残っている守護者は――。
「いやいやいや! 無理だろそれは!!」
「さっ、さすがにそれはヤバイんじゃ……」
 閃くトンファーを想像して、二人同時に顔を青ざめさせた。
「ですよね……。あの人にデコピンなんかしたら、僕なんか数秒で咬み殺されますよ……」
 かと言って、できませんでした〜、では骸に何をされるかわからない。前門の虎、後門の狼と言ったところか。
 雷の守護者はこの世の終わりのような表情で、どこか死相まで出ていた。
「で、その蛇は監視役ってわけか」
 いつのまにか雷の髪の中に戻って行った蛇は、どういう理屈かはわからないが骸の能力で召喚されたものだろう。監視役に毒蛇という時点で、骸の怖さが容易に想像できる。
 どうしたものか。雷と一緒になって悩む二人の頭からは、自分たちがデコピンされたことなどどこかへ行ってしまっていた。
「あ! なんだ、守護者ならもう一人いるじゃないか!」
 ジョットが、ぽん、と手を叩いた。
「骸本人さ。少なくとも雲に咬み殺されるよりはマシだろ?」
 そもそもそんな意地の悪い罰ゲームを考えたのは骸だろうし、文句は言えないはずだ。まぁ、骸の機嫌が更に悪化するのは確実だが。
「それはそれで怖いんですけど……!」
 頭の毒蛇を思ってジョット以外の二人はぶるりと大きく震えた。
「まぁとにかく、骸んとこに行こうぜ」
 なっ、と笑うとジョットはペンを置いて立ち上がる。結局サボりたいだけなのではないか、などと二人は思ったが、口に出すことはなかった。













「そうだよなぁ、いるわけないよなぁ……」
「あいつ絶対こうなることがわかってたクチですよ……」
「ど、どうしましょうっ!?」
 骸の部屋はもぬけの殻だった。それはそうか、となんとなく納得しながら、三人はそれぞれに頭を抱えた。
「骸のことだから、期限付きなんじゃないのか?」
「はいぃ、日没までですぅ……」
 骸の部屋は南向きだが、既に日の光は入っていない。時間はあまり残されていなかった。
「よ、ようはあいつを見つければいいんだろ?」
「そうは言っても、相手は隠れんぼの神様みたいな人ですよ……?」
 人の裏をかくのも得意なら、姿を隠すのも誰かに成り代わるのも騙すのも得意中の得意だろう。しかも実際身体は小さいし、幻術を抜きにしたって隠れ場所には困らない。
「まあまだ救いはあるぞ。骸はなんだかんだで律義だから、謹慎中に屋敷外に出ることはないさ」
 骸の能力を考えれば誰にも知られずに外へ出ることなどたやすいだろうに、なぜか骸はそういった行動をとらなかった。骸にとって、契約や約束といった事柄は非常に重みを持っているのだろう。しかしそんなことくらいで、雷の表情に光が射すことはなかった。
「屋敷内と言っても……」
 雷は廊下の先から先までぐるりと見回してため息をついた。この屋敷は文句なしに広いのだ。高さこそ2階建てだが、その分横に伸びていて、部屋の数は大小様々合わせれば150は優に超す。普通の子供一人捜すのでさえ一苦労だろうに、骸という人外が相手では無謀でしかない。
「と、とにかく、捜すしかないさ。人海戦術やらローラー作戦なんかを使いたいところだけど、協力者の中に骸がいたらおしまいだからな。なんとか三人で捜すぞ」
 


 雷と嵐は1階北側から、ジョットは2階北側から分担して捜すことになり、二手に分かれた。






「協力してくださるのはありがたいけど、ボスが妙に乗り気なのは何でだろう……」
 1階の廊下の端の部屋から順に家具をひっくり返しながら、雷がぼそりと呟いた。
「カンヅメ状態からデコピン1つで抜け出せた上、やってることは結局のところ骸とかくれんぼだ。ボスにとっては願ったり叶ったりだからな」
 かく言う嵐もボス同様カンヅメから抜け出せたわけだが、こちらは弟分を切実に救い出そうと奮闘していた。
「咬み殺されたら化けて出ますよ、僕……」
 早くも悲愴な顔で、雷はベッドの下に手を突っ込んだ。一部屋だけでも隠れられる場所は多い上、骸は姿を消すことができる。視覚だけでは到底見つけられないだろう。
 暗澹たる思いを抱え、雷も嵐も今日何度目かのため息をついた。






「うーん」
 一方2階を捜すジョットは、目を閉じて感覚を研ぎ澄ませていた。
「やっぱり1階……のような気がするんだよな〜」
 ジョットの直感は1階から骸の気配を訴えていた。彼には昔から直感の域を超えた感覚が備わっていた。あくまで何となくわかる程度だが、正体を見破るなどといった点では有益だ。その直感が、骸は1階にいると伝えて来る。
(1階に行くか? でも、1階には2人が行ってるし、階段は5ヶ所もあるから、骸が2階に来るかもしれないし)
 あーでもないこーでもない、とうんうん唸りつつ、気配を探り続ける。
「――お?」
 1階から感じる骸の気配が移動している。
(隠れている――わけじゃないのか?)
しばし考えて、ジョットは1階を捜すために階段へと向かった。






「圧倒的に時間がねーんだ。手分けして捜すぞ」
 窓から差し込む光にオレンジ色が混ざって来たのを見て、嵐が指示を出す。
「お前はこのまま一部屋一部屋確認していけ。俺は会うやつ全員をチェックする」
 いいな、と念を押して、嵐はさっさと部屋を飛び出していった。
「だ、大丈夫かなぁ……」
 頼もしさと不安とを同時に感じながら、クローゼットの中身を放り投げる。空っぽになったクローゼットの中には、やはり誰もいなかった。






「うーん」
(やっぱり動いてる……ような、止まってる……ような)
 間をとると、動いては止まり、止まっては動くを繰り返している――だろうか。
(さすが骸って言うか何て言うか)
 そもそもトランプにせよかくれんぼにせよ、骸が負けるところなど想像もつかないのだ。ちょっとやそっとの覚悟では勝つことなどできないのではないか。雷が聞いたら『だったら差し向けないで下さいよ!!』とか言われそうだが。
「子供らしいんだか大人気ないんだか」
 自分もはっきりと当てはまることを言いながら、ジョットは骸の気配を追うことを決めた。






「いーなーいー!!」

 外は真っ赤に染まり、部屋の中も骸の眼のように赤い。骸の眼は綺麗だと思うが、今は赤いものを見るだけで苛々した。
「マズイ――マズイよこれはっ!」
 雲の守護者は逃げも隠れもしない。デコピンが成功するかはともかく、見つけるのはたやすいだろう。とにかく罰ゲームを終わらせることを第一に考えるのなら、そちらの方が遥かに楽だ。だが、その後の展開はどう転ぼうが最悪だ。
 一方、頭の上でしゅーしゅー音をたてている骸の蛇は、ひょっとしたら日没とともにその毒牙を突き刺すのかもしれない。だが所詮、蛇は蛇。トンファーを振り回す凶暴生物より勝機はある。……ある、か?  
(だっ、だめだ!)
 例え蛇をどうにかしたとして、罰ゲームを達成できなかった自分に骸はどのような制裁を加えるのか。はっきり言って、雷にとって骸は未知の生き物だった。何を考えているのかわからず、無駄に多彩な能力の全貌は誰にもわからない。
 それに今回の件でわかったことだが、彼は恐らくジョット以外に気を許すことはないのだろう。ジョットのいないところで感情をあらわにしている場面など見たことがないし、いくらポーカーとは言え、あそこまで終始無感情だとは思わなかった。
「ババ抜きとか? いや、ずっと僕のところからババは離れないだろうな。ジジ抜きならまだマシだったか。せめて7並べとかにすれば良かったな」
 済んだことをぐちぐちと後悔しつつ、いっそ『許してください!!』と叫んでみようかなどと考えてやめた。謝ってどうにかなる相手じゃない。
「そうだ、嵐兄とボスは?」
 別れて以降、一度も情報交換をしていない。僅かな可能性に賭けて、雷は部屋を飛び出した。



 日の入りは、もうすぐそこに迫っている。



「あ、嵐兄ぃ!!」
 思いの外早く嵐の守護者を見つけると、縋るような情けない声をあげて駆け寄った。
「どどうだった!? 見つけた!?」
 焦るあまり舌がうまく回らない。
「それが、さっきちらっとそれらしいのがいたんだが、撒かれちまった。まだ近くにいやがるはずだ。捜すぞ!」
 嵐の言葉に雷は勢い良く頷くと、嵐に続いて走り出した。

「おい、あれ!」

 廊下のT字路、壁際にちらりと見えた流れるような黒髪は、間違いなくいつもの骸の幻影だった。
「やっと見つけたぁっ!!」
 興奮して猛牛のように突進する雷を、嵐はただ静かに見つめていた。





 そのほんの少し前。


「お、あれはっ!」
 廊下の先、細く伸ばした長髪をなびかせる後姿は、骸の幻影の姿だった。
「ん?」
 確かに濃い気配はするが、何かが引っ掛かる。そもそも骸が姿も変えず堂々と歩いていること自体がおかしい。

「やっと見つけたぁっ」

 いつもは自信なさ気にしか喋らないはずの雷の叫びが聞こえた。次いで、土煙でも上げそうな勢いで雷自身が左の廊下から飛び出して来る。T字路の合流地点の壁にぶつかるスレスレで方向転換し、そのまま真っ直ぐ骸の元へ向かった。
「ちょ、ちょっと待て! そいつは違っモガ――っ!?」
 慌てて叫んだが、横からのびてきた手がジョットの口を塞いだ。その手の主は嵐の守護者だったが、その手は小さく冷たかった。




「ここで会ったが百年目ぇぇぇ!!」

 声を高らかに張り上げ、デコピンポーズの手を作る。この短期間の間に余程ストレスが溜まっていたのだろう、なんだかいろいろ激しかった。
(わかってますよボス! この姿は幻! あの子のデコはここらへんだぁぁぁ!!)
 記憶にある骸の本当の身長を考慮して、こちらを振り返った骸の胸あたりを目掛けて手を突き出す。

「デェェェェェコォォォォォォォピィィィィ――」

 ズドン!!

 幻を突き抜けて骸の額に届くはずの手が、なぜだかそのまま胸に当たった。
 もちろん中指を弾く前のほぼ拳骨に近い形で、かなりの勢いで入った。
「え……!?」
 予想外の手応えに、雷は相手の胸に確かに突き立っている手を見つめてあたふたしていた。
「――なに」
 強烈な一撃に揺らぐこともないまま、静かな、だが明らかに不機嫌な声が降って来た。聞いたことのある声と嫌な予感によろよろと視線を上げれば――

「ひぃぃぃぃっ!!?? くっ、雲のっ!!」
 
 そこにいたのは、釣り上がった目にぎらぎらとした光を宿した雲の守護者その人であった。
「な、なんでっ、ウソっ、えっ、えぇぇぇえ!?」
 慌てふためく雷に、雲は補食者の笑みを浮かべ、両腕にトンファーを構える。

「咬み殺すよ」








「クフ、単純バカは玩具には最適ですよね」
「お、お前なぁ……」
 嵐の顔でニヤリと厭味に笑い、嵐の姿をした骸はジョットの口から手を外した。
「ていうか、嵐はどうした?」
「バカ2号なら、食堂でオネンネしてますよ」
 あ、そう、とジョットは呆れたやら情けないやらで頭痛を感じた。

「そんなことより、あのおバカさんにトランプ持たせてけしかけたの、あなたなんですって?」

 いい笑顔でジョットの肩をぽんと叩く。骸の姿であんなふうに笑えばかわいいだろうに、とジョットは場違いなことを思いながら、嫌な予感に汗を流した。
「クフフ。……仲良く咬み殺されなさい!」
 ジョットの視界を霧が一瞬で覆い隠す。次の瞬間には骸の姿も嵐の姿もなかった。
「んな!? おい、骸!!」

「――骸?」

 今まさに雷を咬み殺し中だった雲が意識をこちらへ向けた。
「あーいや、えーと、もういないんですけど……」
「君、いつの間にいたの」
「いや、さっきからずっと――って、え?」
 何かおかしい。雲がもっといい獲物を見つけたと言うようにゆっくりとジョットの方へ近寄る。もちろん両手には血の付いたトンファー。その餌食となっていた雷は、雲の気がそれた瞬間に全力で逃げ出していた。
 意外とタフだよなぁ、などと現実逃避しながら、ジョットは強まる予感に自然と一歩下がる。
「あんな草食動物じゃ物足りなくてね。遊んでよ、ちびっ子」
「え? ええ??」
 慌てて顔の前で手を振るが、雲の足は止まらない。
 と言うか、それ以前に――
「はっ!? 何だよコレぇぇぇ!!!???」
 顔の前に持ってきた手は、いつもより遥かに指が長く、すらりと整っていた。腕も足も長く、極めつけに、ジョットでは到底有り得ない黒く艶やかな長髪。細く束ねた一筋がはらりと揺れている。重さも感触もないそれは、十中八九、骸の幻だった。
(あっ、あいつ! 俺に幻貼付けて行きやがったぁぁぁ!!)
「ちょ、ちょっと待った! タンマ!!」
「行くよ」
「げっ! ホントにちょっと待って! 待ってくださいってばぁぁぁグゲフゴっ!!」














「ぅう……」
「ボス、大丈夫ですか……?」
 身体のあちこちを腫れ上がらせながら嵐に肩を貸され、ジョットはなんとか執務室に帰って来た。
「あの人、なんであんなに血気盛んなんだよ……」
 一方的に骸(ジョット)が咬み殺されるのを不審に思ったあたりで、ようやく幻は解けたのだ。しかし手を止めてくれたまでは良かったものの、まんまと骸に騙されたことで猛烈に不機嫌になり、今度は八つ当たりをされ、皆で必死に止めた結果今に至る。
 何にせよジョットはボロボロだ。ひょっとしたら、途中でうまいこと逃げた雷よりひどいかもしれない。
「そして今度はサイン攻めか……」
 元々仕事が溜まっていたのをほったらかしてかくれんぼに興じていたのだ。興じるとは言いつつこんなざまだけれど、どちらにしろ仕事は終わっていなかった。
「肉体的にも精神的にもずたぼろなんですけど……」
 重い身体を引きずって椅子に座る。あぁ、幻覚だろうか、机の上に山積みにされていたはずの書類がなくなってるように見えるのは。
「……」
 手で書類の積んであった場所を確認する。感触がない。幻とかそういうんでなく、本気で書類がない。
「え、あれ??」
「――え」
 2人とも頭をひねっていると、部屋にノックが響いた。嵐の補佐官だ。
「申し訳ありません、先ほどの書類に不備が見つかりまして、もう1度サインをお願いします」
 そう言って差し出したのは、ジョットには全く覚えのない書類だった。
「えーと、ごめん、他の書類は?」
「は? 全て提出なされたでしょう」
「は、はぁ?」
「ああ、それと、書類の中にこんなメモが挟まっておりましたよ」
 全く話が噛み合わない中、今度は丁寧に折り畳まれた小さな紙が差し出された。
 ジョットが急いで受け取って開く。

『いい暇つぶしになりました。余計なお世話でしょうけど、もう少し字を綺麗にする努力をしてはいかがです? 真似るこちらもやりにくい』

 その整った字は、おそらく――

「……素直じゃないなぁ、もう」

 少し顔をニヤつかせながら、明日は何か作ってやろうと決めた。













骸さん相手じゃどんな勝負も勝てない気がします。なんて便利な幻覚能力! チートと言われようが構いません!

2008.4.1

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